第8回食育講演会
2011年11月13日(日)
臨床口腔生理学に基づいた食育
「口から食べていない乳幼児や要介護者に歯科はどのような栄養支援ができるか?」
講 師 舘村 卓 氏
大阪大学大学院歯学研究科 高次脳口腔機能学講座 准教授
一般社団法人TOUCH 理事長
と き: 2011年11月13日(日) 午前9:30~12:30
ところ: ホテル金沢 4階エメラルド→【5階 アプローズ】(定員100人)
対 象: 歯科医師、医師、会員医療機関のスタッフ、食育関連職種の方など
参加費: 無 料 第8回食育講演会チラシ
主 催:石川県保険医協会食育プロジェクト
脳内の引き出しの数と回転不足のために、舘村先生の話されていることの本質を理解することは容易ではなかった。しかし、摂食嚥下の世界への歯科医としての方向性はここにあると思った。今後企画を検討し再度挑戦してみたい。先週の里村先生とともに元気になる講演会だった。
メモ
1.今の食育の前提
1)自分で食べられる
2)安全に飲み込める
3)栄養吸収機能は正常
これらの前提から外れた場合、「教育」の概念での対応は難しくなる
通院できない在宅や施設での口から食べていない乳幼児や要介護者に、口腔機能(生理)に基づいて歯科医師やスタッフが対処し、また家族や他職種に前提条件が整っていないことを適切に伝える
2.栄養バランスの良い経腸栄養剤を長期的に続けると、なぜふくよかな栄養失調を起こすのか?
Alb値が下がる、電解質バランスが乱れる(低Na血症、高Ca血症)、それなのに高コレステロール血症であり、ふくよかである。そして、時間経過すると痩せる(体重減少、肌の艶がなくなる、骨ばる、褥傷など)。
低Na血症 眠くなる
高Ca血症 尿路結石ができやすい
①液体の経腸栄養剤は腸管を早く通過しするために、使用当初の病院では下痢を起こしやすく栄養吸収障害を起こす。そして、施設や在宅の頃には、腸管は蠕動運動の微弱なため廃用性萎縮を起こし、その吸収面積も小さくなり、便秘も起こしやすく栄養吸収障害を起こす。
②ふくよかなので栄養障害を起こしているとは思っていない。しかし、Alb値が下がっているので、同じ栄養剤の追加をする。運動していないので高コレステロール血症になり、ふくよかになる。
③バランスが悪くなっているので、一律に追加するのではなく、微量元素の分析をして足りないところを補うようにする。
3.秋から冬にかけて食品を詰まらせる窒息が多い。
①鼻が詰まっている人が多い時期
②口蓋にパンが張り付いているが、次々に押し込む
4.気管カニューレと経鼻栄養チューブは1週間ほどで歯垢を付着させている
歯垢の細菌数は便と同じ。しかし、便は水溶性だが、歯垢は水溶性ではない。
1)歯垢が原因の熱発の特徴
①38~38.5度程度の発熱
②胸写には陳旧性の像以外は見られない
③解熱処置を行うと1日程度で改善する
④CRPは陽性となる
口が汚れていて口腔ケアが必要
5.ヨード製剤のうがい
1)定着と乾燥すれば効果があり
有機物があれば無効となる
2)収斂作用があり、頬粘膜などは引きつり痛くなる
6.口腔清掃に対する概念の変遷
・歯科疾患が予防される
・誤嚥性肺炎が予防される
・咀嚼嚥下能が賦活される
7.なぜ、人は誤嚥するのか
1)犬、ネコ以外の動物は誤嚥しない
2)人には新たに咽頭ができた
3)咽頭が長くなると誤嚥しやすい
男だけが70~75歳になると、喉頭下垂になり誤嚥しやすくなる
喉頭軟骨が大きいために重くなる
8.乳児には咽頭がほとんど無く、哺乳と呼吸が同時にできる
9.原始反射
栄養摂取のために乳首を捜すために
探索反射、吸啜反射、口唇反射
異物排除のために
咬反射、挺舌反射
10.要介護者の嚥下障害の段階は、高齢者の個性が広いので離乳食期を参考にする
1)原始反射が顕在化した場合
口腔周囲のマッサージ(脱感作)
2)上顎前歯があれば上唇の筋は鍛えられ、入れ歯を入れていないと上唇が内側に翻転し鍛えられない。上顎だけでも義歯を入れる。
3)舌が前後運動のみしかできないとき
上顎に義歯を装着し、離乳初期のドロドロ状を食べさせる
舌の上や縁を歯ブラシで押して鍛える
舌が上下、左右に動くようになってから下顎の義歯を作る
4)刻み食はまとまりにくい
5)1日のリズム(昼夜逆転)や環境(昼も暗い部屋)を評価する
6)食べる前に口腔ケア
(唾液が出たり、舌表面がきれいになり味が分かるようになる)
7)口唇、舌などの鍛え方
ボタン訓練法 厚みを加えていく
リッププレート咬合床型 舌触りを悪くして舌を動かすようにする
少し疲れる程度に訓練する
8)姿勢と開口量
正立位 閉口容易
後屈位 開口傾向 大きな閉口力が必要
仰臥位 閉口困難・口腔乾燥
9)摂食嚥下機能を賦活する方法
①起座位を採る
下顎位の改善
顎関節の拘縮防止
呼吸路の確保
胸郭が狭くならないように腰を伸ばす
バギーベルトをゆるめる
②口唇閉鎖強度を改善する
③舌を前方位に誘導する
10)口腔期の役割=咽頭へ送る推進力を作る
十分唾液と混ぜ合わされ嚥下が可能になると、
①舌が口蓋を圧迫する力が食塊に加えられる
②舌の側縁が持ち上がって中央部に凹みが生じる
③凹みを食塊は滑り落ちて咽頭へ流れていく
食品の性状や形状を口蓋が感知し、ずり落ちていく速度を決めている
水よりも牛乳は飲み込む1回量が多くなる
口蓋帆挙筋活動量を調べた結果
鼻咽腔閉鎖不全
11)うまく食べられるための姿勢
①踵をしっかり床につける 体幹をコントロールする
靴の中で踵が浮いている 膝裏と椅子にすき間があるかチェックする
車椅子の足載せ部は起こして床に 足載せに力を入れると前に倒れる
②前傾姿勢になると浅い呼吸になる
ベッド上で足を伸ばす
ソファーに座ってテーブルが低い
③ベッドの背もたれを30度よりもっと起こす
11.離乳食がうまくいかない時
①早産の場合は、スタートラインまでの日数も加味する
②決め決めに考えない
5回に3回ぐらい成功するペースで徐々に負荷をかけていく(手抜きをする)
③食べ方が遅い時には舌小帯をよく見る
④鼻が詰まっているかどうかで食べられる物が変わる
参考として
口腔機能障害はどうして生じるのか ~口は使わなければ使えなくなる~
日本歯科医師会雑誌 2011年10月号 6頁から
著書 「臨床の口腔生理学に基づく 摂食・嚥下障害のキュアとケア」
医歯薬出版 4200円
石川保険医新聞 報告者 副会長 平田 米里(野々市町…歯科)
講演は内容豊富で、3時間15分にも及ぶ長いものでしたが、随所にユーモアを盛り込んだ巧みな話術のためでしょうか、飽きることなく、笑い転げているうちに終わってしまった感があります。
舘村先生は30年ほど前に大学で鼻咽腔閉鎖不全の診断・治療に携わり始め、そこで得られた対処法が嚥下障害にも応用できる事を知ったことで、口腔機能障害の治療にも関与することとなったようです。したがって講演内容は、それ以降の口蓋裂や神経筋難病、脳血管障害、認知症などの方々に対して口腔機能(食べる・話す)障害の治療に携わった経験や、得意とする筋電図等の臨床口腔生理学研究等を基に構成さた格調高いものと思えました。また、単に「通説」をそのまま受け入れることを良しとせず、明確なエビデンスを追求しようとする研究スタンスにも敬服せざるを得ませんでした。
以下、氏の講演のイントロ部分を中心に紹介することとします。
今までの歯科医療では「通院ができて歯科用チェアにも座れ、指示に従える人」を対象に治療を行ってきました。治療すれば咀嚼嚥下機能が回復するケースを主に扱ってきたからです。しかし、現在ではそれだけでは患者のQOLを回復できないケースが増えてきました。例えば、近年では救急救命医療が発達して救命率が向上しましたが、急性期での治療現場では『口から食べること』は最後とされることがほとんどで、口腔機能が元の状態に回復しないまま退院となったケース等がそれです。
また、この講演会は食育講演会と銘打っていますが、「厚労省や文科省のいう食育」は「自分で、安全に食べられ、栄養吸収もできる」事が前提となっていて、その条件が欠けると対応が困難となる事を先ずお話ししておきますとの前置きの後、今回はこれらの『経口摂取できない場合』における「歯科の取り組み」についてお話しすることにしますと講演を続けられました。
・・・以下、抜粋したいくつかの項目に簡単なメモを添える形で紹介します。・・・
≪何故に経口摂取が望まれるのか≫では、非経口摂取によるバランスの良い栄養剤による「ふくよかな栄養失調」に注意する必要があります。嚥下リハでは口腔咽頭機能の回復とともに、咽頭機能に応じた食物の調理法が望まれます。一方、経口摂取の難しい理由は呼吸と同じ経路を使うことにあります。
≪嚥下障害を疑ったら≫では、VFやVEはゴールドスタンダードでしょうか?安全に嚥下検査ができる条件や正常像を知ることが必要。
≪何故、人は誤嚥するのか≫では、馬と違って、人には咽頭がある故。
≪食物摂取機能の発達過程、(初期・中期・後期)≫では、哺乳時、乳児嚥下の特徴、成人との比較により理解度を高めます。離乳が可能な条件は首が据わり、原始反射が消えること。離乳初期の食物の要件等に関して理解する事。
≪摂食・咀嚼・嚥下機能、(先行期・準備期・口腔期・咽頭期)≫では・・・・・・
そのほか、ボタン訓練法は効くのでしょうか、姿勢と開口量、仰臥位と横隔膜、嚥下補助装置、粘性に左右される至適嚥下量・・等と続きました。詳細を知りたい方には『摂食・嚥下障害のキュアとケア・医歯薬出版・舘村卓 著』が参考になるかと思います。(ページの合間に囲み記事のように配置されている37個のNOTEも面白いです。たとえば、N24「お粥にすると上手く嚥下できるかー食事の途中でむせ出すのはなぜか」、N35「なぜ臼歯部から口腔ケアするのか」など。)今回は紙面不足でとても書き込めません。最後に、氏の決め台詞『実践なき理論は無力、理論なき実践は暴力』を紹介して報告を終わりとさせていただきます。
【抄録】
全身疾患と歯科との関係が明らかになるにつれて、食育を含めて歯科からも栄養について語られるようになりました。しかしながら、歯科と栄養の関係についての話では、まず食事摂取上の現在の傾向が紹介され、その一つに「糖分の過剰摂取」があり、それは歯科疾患にも通じるため「糖分の摂取制限」が重要であるとの結びになることが多いようです。また「自分の歯で噛んで食べることはQOLの向上である」との言葉も耳にしますが、歯科的介入の内容とQOLとの関係を定量的に検討した研究は渉猟した範囲では見当たりません。「糖分の摂取を制限」して歯科疾患を予防し、「QOLを向上させる」という視点では、教育現場や医療福祉現場で摂食嚥下機能に障害を有する人々への具体的な介入方法が思い浮かびません。そのため、口腔衛生状態は良好で多くの歯が残っていますが、栄養は非経口的(PEG、NGチューブ等)で液体の栄養剤を摂取している人に歯科から介入することは少ないのが現状の様です。
近年、救急医療が進歩し、救命率は格段に向上しました。その一方で、社会参加する上で必要な口の機能障害は放置されたままの方が増えています。これまで「来院して、自力で仰臥位を採り、呼吸路の安全性が確保され、経口摂取している意識レベルに問題のない」方の「歯科疾患の治療」を私たちはゴールとしていました。それは歯科疾患を治療すれば一過性に生じた咀嚼嚥下機能の障害が解決する方々だったからです。しかしながら、口から食べる機能の障害への対応を求めておられるのは、このような条件を満たすことができなくなった方々とその御家族です。全身的に問題のなかった時に担当した方々が要介護状態になられた時に、栄養支援の一環として私たちは歯科医療者として何ができるかを、口腔生理学的視点から考えてみたいと思います。
講師略歴
昭和56年 大阪大学歯学部卒業
昭和60年 大阪大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
平成12年 大阪大学歯学部附属病院 顎口腔機能治療部 助教授兼副部長
平成19年 4月~ 大阪大学大学院歯学研究科 高次脳口腔機能学講座 准教授
平成19年11月~ 一般社団法人TOUCH(※)代表理事
平成 9年10月 イリノイ大学 鼻咽腔閉鎖機能の共同研究と言語病理学教育の調査
※TOUCH
d.hatena.ne.jp/DocTak/
平成18年、口腔ケアを通じて「生涯、口から食べること、そして人らしく生きることを支援する」を合言葉に設立した中間法人。業務は、施設の特性と利用者の様態や要請に基づいて、対象者の評価と職員の知識・技能レベルの評価を行ない、ニーズに応じたサービスが提供できるように職員と施設の質を高めるプログラム(講習・実習、定期的再評価)の提供を行っている。定期的に基礎セミナーとアドバンストセミナーを開催している。大学ならびに社員の臨床および研究を通じて得られた知見を、広く社会に還元することを目的としている。平成21年 社団法人に移行した。
< 事前申込み必要 > 申込締切:11/7(月)
電話、Email、FAXのうち、いずれかの方法でお申し込みください
①医療機関・団体名
②申込者名
③電話番号
④参加者名と職種
石川県保険医協会
ishikawahokeni.jp/
金沢市尾張町2-8-23
太陽生命金沢ビル8階
電話:076(222)5373
FAX:076(231)5156
E-mail:ishikawa-hok@doc-net.or.jp