歯周病に対する当院の考え方
2010年09月16日(木)
第13回 なんでも学術!なんでも回答?よろず勉強会
医科に必要な最近の歯科のミニ知識
―自身の口の健康にも役立つ―
講 師 石川県保険医協会歯科部
小島歯科医院 院長 小島 登
と き 2010年9月16日(木)午後7時半~9時
ところ 金沢都ホテル
対 象 保険医協会会員、言語聴覚士
主 催 石川県保険医協会 学術保険部・歯科部 第13回よろず勉強会・案内
申込み 電話 076-222-5373
FAX 076-231-5156
これまで歯科医が医科について学ぶ講演会は度々企画されてきましたが、医科側が歯科について学ぶ機会はなかなかありませんでした。そういえば、患者さんから歯科治療について相談を受けても、適切なアドバイスができていたか心もとないですし、何よりも自分自身の歯の健康など考える暇もなかったのです。
今回は、歯科部の協力を得ての開催です。医者として「時には患者」として、皆さんのお口の健康について語り合いましょう。
抄録 小島 登
通院している医科の先生に対して思う、次のようなことを60分ほどお話します。このあたりを議論し、共通認識ができれば、先生ご自身の口の中も健康になり、患者さんからの質問にも適切な対応ができるようになると考えています。また、今回初めての試みですので、様々な対話の中から次回のテーマを探していきたいと思います。
どういう状態を歯肉炎・歯周炎というのでしょうか
なぜ歯周炎が進んでいくのでしょうか
プロービングはなぜ必要なのでしょうか
歯科医はどういう時に歯周炎が治癒したと判断するのでしょうか
定期検診が必要なのでしょうか
歯科衛生士による赤染め指導やクリーニングを受けましょう
講演要旨
1.歯周病に対する当院の考え方
①歯周組織とは
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歯の機能を支持する歯の周囲の組織であり、歯肉、歯根膜、セメント質、歯槽骨です。
注目は1mmのコラーゲンバンドル(強固な結合組織)です。
②どういう状態を歯肉炎・歯周炎というのでしょうか
歯周病とは歯周組織にみられる疾患群の総称。狭義では歯肉炎、歯周炎及び咬合性外傷が相当します。さらに今日のお話ではプラークに起因する歯肉炎、歯周炎のみをさしています。
歯肉炎は非特異的感染(きれいになるとよくなる)であり、歯肉に限局した炎症により発赤、腫脹が見られ、無痛に出血します。すべての歯肉炎が歯周炎を発症するわけではありません。歯周炎は歯周病原性細菌に感染することでのみ発症します。コラーゲンバンドル付着部位の根尖側への後退(attachment lossと呼ぶ)、歯の支持組織の喪失が特徴です。レントゲン写真にて歯槽骨吸収が見られます。
歯周病原菌には、
Porphyromonas gingivalis
Tannerella(Bacteroides)forsythensis
Treponema denticola
Prevotella intermedia
Aggregatibacter(Actinobacillus)actinomycetemcomitans
などが考えられています。
③なぜ歯周炎が進んでいくのでしょうか
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歯肉と上皮付着が発生学的に異なるからです。歯肉表層には、角化層があり、どんなに細菌が繁殖しても傷がない限り絶対に侵入することはありません。これに対して歯に接している歯肉(上皮付着)部には、角化層がなく、生きた細胞が並んでいます。一般的には、細胞と細胞は、お互いのデスモゾームと言われる吸盤のようなもので接着しています。しかし、この部位では、エナメル質は死んだ細胞だからデスモゾームはなく、この生きた細胞のデスモゾームで吸着した状態になっています。つまり、ガラス板に吸盤を半接着した状態であり、ここに出入り口があるため、傷を付けなくても血が出たり、細菌の出すアミノ酸も歯肉内に入ってきます。歯周炎は細菌の出すアミノ酸の歯肉内への侵入から始まります。
④歯科医はどういう時に歯周炎が治癒したと判断するのでしょうか
歯周炎の原因は一定量以上の細菌繁殖(バイオフィルム)です。しかし現時点で、歯周炎の鑑別診断や進行の予見に耐えうる細菌検査は確立されていません。また、P.g菌などは外注検査で定性・定量検査は可能ですが、たとえ原因菌がわかったとしてもそれに対する適切な治療法も確立されていません。それゆえ細菌と宿主の免疫応答のバランスの崩れを原因と考え、診断は歯肉炎であり、出血しなくなったとき治癒とします。
⑤プロービングはなぜ必要なのでしょうか
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プロービングは、歯と歯肉の境目の隙間に探針(プローブ)を挿入して、歯周炎の進行度合い(臨床的な歯周ポケットの深さや歯周組織の抵抗力)を調べる重要な検査です。プロービング・デプスは、解剖学的な歯周ポケットの深さと区別し、治療方針や予後の予想に役立ち、良くなっているか悪くなってきたかの目安になります。また、年齢も考慮しなければなりません。そして、最も大切なことは、プロービング時の出血の有無です。それにより、その先端部位における炎症の活性度がわかります。
参考として 歯間部歯肉を自然な形に
kojima-dental-office.net/20090513-301
歯間ブラシは、単に入るから使うのではなく、その目的を考えて使用すべきである。
たとえば、歯肉に炎症があり出血するから使用するなど。
⑥定期検診が必要なのでしょうか
kojima-dental-office.net/news/2009/03/07/1748
歯が痛い時だけ歯科医院に通う人は、40、50才では平均0.4本/年、60才を超えると毎年1本の歯を失いますが、歯科医院で定期的に検診とクリーニングを受けている人は、事故などの外傷時を含めても、各年代を通して平均約0.1本/年と非常に少なくなります(新庄文明:「老年歯科医学」第3巻1号より)。できるだけリスクに応じた間隔で定期検診と歯科衛生士によるカウンセリングやブラッシング指導、クリーニングを受けることをお勧めします。
⑦歯科衛生士による赤染め指導やクリーニングを受けましょう
kojima-dental-office.net/news/2009/08/25/1818
口の中を綺麗に手入れする技術を覚え、習慣になるようにします。不充分なところは歯科医院で定期的にクリーニングしてもらいましょう。
参考に「予防のポイントはセルフケア(日本歯科医師会)」
www.jda.or.jp/tv/41.html
症例の供覧
2.歯肉炎
kojima-dental-office.net/20081014-1081
症例1 13才女性 初診 1982年3月26日
初診時の赤く腫れた歯肉炎の状態と、ブラッシング指導と食事指導により良くなった1ヶ月半後の健康な歯肉の状態を対比しました。
症例2 14才男性 初診 1984年8月28日
30年以上の臨床で1例だけ経験した潰瘍性歯肉炎と1ヶ月後の状態を見ながら、当時かなりのストレスと全身疾患を疑い、痛みへの対応に苦労した思い出をお話ししました。脱灰と虫歯
kojima-dental-office.net/20080819-245#more-245
実質欠損したものは修復します。しかし、白濁した脱灰部分は原因を見つけて生活改善します。ミュータンス菌、ラクトバチラス菌の数と唾液量・酸を中和する唾液の力を調べて、それぞれの患者さんに応じたできるだけ負担の少ない方法を提案し、どんな優先順位を付けるのかカウンセリングします。
3.歯周炎
kojima-dental-office.net/20080728-1041
症例1 54才女性 初診 1987年2月12日 主訴は上顎2から2の歯肉出血
ブラッシングと食事の仕方などの患者さんの努力だけで、歯肉が少しずつ良くなっていく4年間の記録を見てもらいました。
症例2 43才女性の症例 初診は1992年1月6日
主訴は右上1番口蓋側の発赤・腫脹
患者自身のプラークコントロールが身に付いた後の3ヶ月後に、麻酔をして、切開し、根面を綺麗にしました。その後20年以上定期検診を続けられ、綺麗な歯肉を維持しています。
歯周病原因菌増殖の影響が歯肉にとどまらず、コラ-ゲン・バンドルを越えて歯槽骨にまで及び、歯周炎の結果として骨吸収が見られます。患者自身が行う原因に対するプラ-クコントロ-ルに少し遅れて、後遺症に対して評価して処置を行い、機能回復を目指します。歯肉の発赤、腫脹の改善が見られてから、処置が治療環境を整えて治癒の手助けになります。治療と処置を区別して考えています。
4.腎臓疾患と歯周炎
kojima-dental-office.net/19970927-3074#more-3074
症例1 41才男性 初診 1993年9月27日
慢性糸球体腎炎に罹患した患者さんの歯肉の状態を見てもらいました。
腎臓疾患の歯肉では『もこもことした』繊維性腫脹は著しいですが、発赤はあまり見られません。歯肉はどちらかと言えば蒼白です。炎症の変化が現れにくく、変化も遅いです。プラークコントロールにより歯肉の改善は見られます。
参考として、5年間の喫煙によりメラニン色素沈着が増加した歯肉と、白斑が2年半の禁煙できれいに変化した口蓋粘膜を見てもらいました。親の喫煙が子どもの歯肉にもメラニン沈着を引き起こすことも付け加えました。
kojima-dental-office.net/20080927-2084
症例2 39才男性 初診 1989年11月14日
腎不全にて腹膜透析中と、1995年8月の腎移植後の歯肉の状態を見ました。初診時、歯肉腫脹は見られますが、発赤は見られません。綺麗に磨けるようになりましたが、歯肉の状態はほとんど変わりませんでした。腎移植後歯肉の表情が変わり、発赤、腫脹が強くなっていきました。レントゲン写真でも著しい骨吸収が認められました。免疫抑制剤の影響と思われます。セルフケアを包み込む短い間隔のプロフェショナルケアで早くから見守っていきたかったです。
参考までに、免疫抑制剤の歯肉への影響について見てみました。石川県立中央病院で施行された心臓移植後の免疫抑制剤の影響と思われる歯肉腫脹と局所麻酔下で行われた歯肉切除術後の状態です。
5.糖尿病と歯周炎
kojima-dental-office.net/20161222-3084
糖尿病と歯周病との関係がなぜ今注目を浴びてきているのでしょうか。近年、「歯周病」が6番目の合併症として捉えられるようになってきました。すなわち、
①糖尿病の人は歯周病になりやすい(かなりエビデンスが高いです)
高血糖が直接悪さをしませんが、ヘモグロビンと結びついた最終糖化産物が、線維芽細胞、マクロファージ、血管内皮細胞、好中球に働きかけて、治癒不全や組織障害、血管透過性亢進、好中球機能低下を起こし、破壊を速めて歯周炎を進行させます。
②歯周炎の人は糖尿病になりやすい(エビデンスは①に比べると低いです)
歯周炎の人は血清TNF-α(サイトカイン)を増加させて、それがインスリン抵抗性(インスリンの働きで細胞内にグルコースを取り込む一連の機構をブロックしてしまう)を導きます。
症例1 53才男性 初診 1987年5月8日
糖尿病患者の歯肉は『ぶよぶよした』発赤・腫脹が強くあらわれますが、歯肉の改善もわかりやすいです。初診時に見られた『ぶよぶよした』赤く腫れた歯肉は本人の努力によってだんだんきれいになっていきました。しかし、プラ-クコントロ-ルを続けることは大変なことであり、4年すぎる頃から崩れ始め、何とかしてあげたいが徐々に歯が喪失していきました。プロフェッショナルケアで多いに補っていきたいです。
症例2 49才男性 初診 1994年7月26日
糖尿病と高血圧の患者の10年間の歯肉の状態を見ました。初診時から本人の努力と当院でのクリーニングを続けて、体の調子が悪い時は腫れることもありましたが、何とか歯を維持することが出来ていました。それでも、長い間ただれた弱々しい赤く腫れた歯肉が続いていました。しかし、10年後、春から1時間畑仕事をするようになってから、みるみる歯肉の状態も良くなり、体の調子も良くなり薬の量も減ってきました。
症例3 37才男性 初診 1989年11月11日
県立中央病院から紹介されてきた糖尿病に罹患した患者は、初診時歯肉の弱々しい発赤と排膿が見られ、数年で無歯顎になると心配していました。プラークコントロールにより、口臭が気にならなくなり、出血も少なくなりました。希望を持って毎月10年余クリーニングを続け、その後も2,3ヶ月に1度現在も通院しています。臼歯部の歯牙喪失も徐々に増えてきましたが、義歯による咀嚼機能もその都度回復し、美味しく食べ続けています。全身的にも落ち着いた状態が続いています。
症例4 22才男性 初診 2002年9月3日
kojima-dental-office.net/20041028-3015
主訴 歯肉からの出血 既往歴 Ⅰ型糖尿病、網膜症
2002年8月22日に内灘町で開かれていた北陸小児糖尿病サマーキャンプで口腔内の検診とお話をさせていただいた時に参加されていた患者さんが、お母さんに付き添われて来院しました。歯肉は全体に赤く腫れ、プラークも非常に多い状態でした。
ほとんど視力がないので(赤染めの赤がほんの僅かに見えるらしい)、1本1本の歯にブラシを確実に当てる感覚を掴んでもらうために指導に昼食をはさんで1日かかりました。半年後の来院時にはプラークコントロールはかなり改善され、歯肉の状態もよくなっていました。
しかし、夜間の低血糖時にアメをなめる、歯の脱灰リスクと、遠隔地のため通院困難でセルフケアを補うプロフェッショナルケアを定期的にできないことが今後の課題です。
第13回よろず勉強会報告記事
石川県保険医協会学術保険部主催の「第13回何でも学術・よろず勉強会」が9月15日金沢都ホテルで開催され、今回は内灘町で御開業の小島登先生に「医科に必要な最近の歯科のミニ知識」というテーマでレクチャーをお願いしました。小島先生は当協会の歯科部副部長の重責を果たしながら日常臨床では歯周病の治療に精力的に取り組んでおられます。歯周病と全身疾患の関連はここ数年のトピックスでもあり当日は医科・歯科あわせて20人の参加がありました。
講演内容は歯周組織の局所解剖から歯肉炎、歯周炎の定義に始まりその診断と治療、更には腎臓病、糖尿病あるいは喫煙との関連など多岐にわたりました。長期間の経過を追跡した多くの症例をご紹介いただき歯周病の治療の重要性を再認識させられました。尚、講演要旨は本誌に掲載されていますので是非御一読下さい。
講演後の質疑応答も大変活発なものとなりました。実際のブラッシングの方法から歯間ブラシの使い方、歯周病の原因菌に関する事、あるいは再生治療に関する事までの幅広い質疑が行われ予定時間があっという間に過ぎてしまいました。
医科歯科連携の研究会は保険医協会のもっとも得意とする分野で特に歯科から医科への発信は他に例をみないユニークな取り組みであると自負しています。今後も同様の勉強会をシリーズ化する予定ですのでできるだけ多くの先生方にご参加いただきたいと考えています。
「持論」 … 『石川保険医新聞』第462号主張欄 (2010年10月号)
よろず勉強会で
医科歯科連携のために
歯科を学ぼう
医科歯科連携は、今、最もホットな話題である。糖尿病と歯周病、冠動脈硬化と歯周病など、全身疾患における歯科領域の重要性が、新たな臨床研究のテーマとして期待を集めている。さらに、高齢化社会において避けて通れない「食の問題」、摂食・嚥下リハビリテーションや誤嚥性肺炎の予防に果たす歯科的対応・口腔ケアの意義は、社会的な注目を浴びているとすらいえよう。もっと日常診療レベルでも、降圧剤による歯肉肥厚や薬剤性の口腔乾燥症、ビスホスホネート系薬剤と顎骨壊死の関係など、知らずには済まされないこの分野の情報を、常にアップデートしておく必要がある。
医科歯科共同体といえる保険医協会は、こういった医科歯科連携の母体として、まさにふさわしく、これまで発刊された『歯科に必要な最新医科情報』(1999年)、『ペリオドンタルメディシン』(2002年)、そして最新刊『歯科に必要な一般医学』などの出版物は、石川協会の実践の証しとして、全国的にも高い評価を得ている。
しかし、これらの活動は、ほとんどが歯科会員が医科の知識を学んできた軌跡であり、医科会員が歯科のことを同じくらい勉強をしてきたかと問われれば、大いに疑問である。歯周病と全身疾患について共同研究しようとすれば、歯周病の診断治療を医科側が知らずに、研究デザインに対する具体的なアドバイスはなし得ない。同じ内科であっても、五年もたてば、消化器内科医が血液内科の治療法の進歩に度肝を抜かれる時代である。歯科治療が、進歩していないはずはない。
医科歯科連携の実現は、医科が歯科のことをもっと知ることから始まる。そのために、よろず勉強会「医科に必要な最新の歯科のミニ知識」を企画した。大事な企画ではあるが、「よろず勉強会」という気楽な会に仕立てて、多くの会員諸氏に気軽に足を運んでいただきたい。そして、シリーズ化して育てていきたい。医科と歯科の本当の歩み寄りから、次のステップへの道が開けるものと信じる。
<石川保険医新聞 第462号より転載>