舌診入門 病気でなく病人を診る医学
2001年09月09日(日)
講師 国立療養所南福岡病院 歯科医長 柿木保明先生
日時 2001年9月9日(日) 午前9時から12時
場所 金沢都ホテル能登の間
主催 石川県保険医協会
歯周病と全身疾患の編集作業もめどが立ち、いよいよ保険医協会の学術も活動開始です。そんな折りに、評論別冊の舌診入門を目にした。久しぶりにワクワクした。毎日毎日、舌のある口を見ているのにほとんど意識していなかったことに驚く。地道な積み重ねに頭が下がる。一刻も早く話が聞きたくて電話した。快く引き受けてもらえた。
9月9日(日)午前9時から午後1時まで金沢都ホテル能登の間において、講師に国立療養所南福岡病院歯科医長の柿木保明氏をお招きし、舌診入門についての歯科学術講演会が開かれた。
臨床医は、顔色や皮膚、舌、脈を診て、病気を判断してきたが、近年では、検査技術の進歩に伴い、患者自身を観察する機会が失われてきている。歯科医学も西洋医学を基本とし、健康者を対象に発展してきた。局所の病気に拘り、局所的な原因を追求してきた。
舌の観察を通じて体内の状態を知る「舌診」が忘れがちな「病人を診る」視点に気づかせてくれる。特に自分自身で訴えることができない全身疾患患者や高齢者、障害者などでは重要な観察法になる。
毎日舌を診ていると、実に楽しい。微熱による黄色い舌苔、風邪気味にみられる舌尖部のみの発赤、ストレスに対する抵抗力低下にみられる地図状舌、喉の詰まり感と唾液分泌低下にみられる舌側縁の歯痕、肝機能障害や右心不全にみられる舌深静脈の静脈瘤とさまざまである。これからの臨床のヒントが隠されいる。
舌苔が厚くなるのは、上皮の角化が亢進して糸状乳頭が長くなり、これに剥離細胞や粘液、食べかすや細菌が付着したものです。つまり、積層した状態ではなく、生い茂った草むらに細菌などが繁殖したものです。だから、強い力で舌苔を擦ると、舌の糸状乳頭が傷ついてしまう。体調を整えると糸状乳頭が短くなり、舌苔もきれいになる。舌ケアの大事なポイントです。
参考文献
柿木保明、西原達次編著:歯科医師・歯科衛生士のための舌診入門.日本歯科評論2001
別冊、ヒョーロン、東京、2001.
抄録
21世紀の到来で、いよいよ高齢社会が現実のものとなり、歯科界においても、高齢者や障害のある患者に対する医療やケア、保健指導の必要性が問われてきたことから、予防医学に対する認識も高まりつつある。ライフスタイルの多様化から、受診する患者の全身状態や疾病もさまざまで、それぞれの患者にあった治療や指導が必要になってくると思われる。
古くから、臨床医は、顔色や皮膚、舌、脈などを診て、病気を判断してきたが、近年では、検査技術の進歩で検査結果からの診断が可能となったことで、患者自身を観察する機会が失われてきたのが現状であろう。一方、歯科医学は西洋医学を基本とし、健康者を対象として発展してきたため、舌診などの東洋医学的手法を取り入れた教育はほとんどなく、臨床で応用されることは少なかった。
舌は全身の鏡といわれており、全身状態の変化が舌の変化としてあらわれる。舌の観察を通じて体内の状態を知ることを、舌診という。舌診は東洋医学的診断法のうち、望診、すなわち視診の中で、最も重要であるとされてきた。これは、舌苔や舌の状態が全身と大きく関連しているからである。舌苔の色調は舌苔内に生息している細菌が産生する色素などに影響されていることから、全身状態や口腔内環境と関連する。舌体(舌質)の色調は、血液の状態と関連し、舌粘膜の状態は、粘膜上皮の再生力や乳頭内の血液循環などと関連している。これらを総合的に評価することで、全身状態の傾向を読み取ることができる。
歯科臨床では、舌は治療の妨げであり、いかに排除するかに神経を集中してきた。しかし、よく観察するとさまざまな舌所見が発見できる。この所見は、西洋医学的には正常範囲に含まれるものがほとんどであるが、東洋医学的な観点から観察すると、不可解な口腔症状の原因が判明したり、難治性口腔疾患の治療に役立つ情報が得られる。また、う蝕や歯周治療、インプラントなどの臨床成績を上げたい時、舌診から得られる全身情報は大いに役立つであろう。
舌診は、長年にわたる舌所見と全身状態との関係について調べた疫学研究の成果といえることから、健康状態の傾向を知るには十分な情報を有している。このような多くの全身情報を示している舌所見から、漢方治療が必要となる場合も多い。また、難治性疼痛や舌痛症、口腔乾燥症、口腔違和感、慢性症状など、西洋医学的治療で効果のない症例で、漢方薬の果たす役割は大きい。
口腔といえども、全身の一部である。体質と環境から症状を改善させる努力は、これからの歯科診療でも重要な位置を占めるようになると考える。その意味でも、舌診や漢方薬といった東洋医学の技術を臨床の場に取り入れることは、プライマリケアの一翼を担う意味からも有用であろう。
略歴: 1955年 宮崎県都城市生まれ
1980年 福岡県立九州歯科大学卒業
1980年 産業医科大学歯科口腔外科医員
1981年 国立療養所南福岡病院歯科医師
1986年 同 歯科医長
専門: 障害者歯科、有病高齢者歯科、舌痛症、口腔乾燥症、
睡眠時無呼吸の歯科スプリント、東洋医学的治療(舌診、漢方治療)
産業歯科、労働衛生、他
役職等
厚歯会・会長 (厚歯会=国立病院歯科医師会)
日本障害者歯科学会・理事
福岡口腔ケア研究会・会長
日本口腔ケア研究会・幹事
福岡県社会保険診療報酬支払基金審査委員
研究・教育
厚生労働省・長寿科学研究「高齢者の口腔乾燥症と唾液物性に関する研究」主任研究者
厚生省国立病院療養所共同基盤研究「ハイリスク患者の口腔ケア研究」・主任研究者
九州歯科大学歯学部・非常勤講師(予防歯科学-総合講義)
福岡医療短期大学・非常勤講師(高齢者歯科学・障害者歯科学)
その他
厚生省認定臨床修練指導歯科医
労働衛生コンサルタント(保健衛生)
介護支援専門員 など
主な著書・論文
・歯科医師・歯科衛生士のための舌診入門.ヒョーロン、2001.
・臨床オーラルケア(編著)、日総研 2000年8月31日刊行
・伝承から科学へⅡ口腔保険と全身的な健康状態の関係について(分担執筆)、口腔保健協会
・障害者歯科ガイドブック(分担執筆)、医歯薬
・歯科保健指導ハンドブック(分担執筆)、医歯薬
・全身疾患を有する患者の対処法(共著)、医歯薬
・介護保険と口腔ケア(執筆協力)、医歯薬
・介護保険認定審査会ハンドブック(分担執筆)、医歯薬
・在宅における口腔ケアとケアマネジメントの実際、トータルケアマネジメント
・介護者が知っておきたい義歯管理のポイント、高齢者ケア
・アスピリン喘息患者の口腔疼痛に対する漢方療法、痛みと漢方
・口腔疼痛に対する修治ブシ末加味方の治療効果、痛みと漢方
・タバコと口腔粘膜・口腔癌との関係、歯界展望、1999年10月
・口腔乾燥症の診断・評価と臨床対応、歯界展望、2000年2月号
・高齢者だから気を付けたい毎日の口腔ケア、臨床老年看護(日総研)平成12年連載
・舌診で口とからだの関係を理解する、臨床老年看護(日総研)平成12年1~6号連載
・口腔内環境と全身との関係、日本歯科評論、平成12年1月-12月連載
・舌診の歯科臨床と口腔ケアへの応用、日本歯科評論2000年10月号、他学会雑誌等
・学会雑誌(日本障害者歯科学会、口腔科学会など)他
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