のぼるくんの世界

のぼる君の歯科知識

ジジイの台所

2023年01月29日(日)


沢野ひとし著
集英社
2022年11月30日発行
1600円
 この本は、料理本ではなく、あくまで台所が主役。
 一般的に60歳前後、定年後をジジイと言う。定年後には、4つの選択肢がある。仕事、趣味、ボランテイア、そして「何もしない」。蕎麦は孤独に慣れているが、焼きそばは寂しがり屋。一人で焼きそばを食べている人は、訳ありの人が多い。
 ジジイにとって、台所は唯一の足が地に着いた生活の場であり、心のよりどころになる。上昇志向の場であり、瞑想にふける茶室でもある。時には息抜きの場所、ひとり居酒屋やワインバーであっても良い。夢見られる台所は生きる糧でもある。台所を友達に、職場や書斎と思って生きていこう。家の中で、これほど創造の中枢を担う場があるだろうか。人は台所によって頭を、そして心を育てる。だからジジイは台所に魅せられる。
 気持ちに張りがなく、気分がふさいでいる時も、自分で淹れた一杯のコーヒーでジジイは元気になれる。台所は人が元気になれる場所であり、幸せになれる場所でもある。だからこそ明るく清潔を保ちたい。
 我が家の畑
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 ジェンダー・ギャップ 自分が家事に費やす時間
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1.台所の心得
 ①寺の厨房
 20年前に奈良の寺の厨房、炊事場を覗いて心打たれたことがある。清楚、清潔、清貧という言葉が頭をよぎる空間だった。調理器具は表に出されておらず、余計なものが一切ない。シンクの上はピカピカに磨かれ、眩しく光っている。そこには、沈黙の時間が流れていた。寡黙な厨房には心地良い「気」が絶え間なく流れていることを実感した。足下には、細長い窓があり、さらに頭上にも同じ形の窓がある。これがあるために、換気が充分に行き届いている。スイッチを入れるとうるさい音を立てるプロペラ型の換気扇はそこにはなかった。木製の棚の扉を開けると、その中にはアルミの鍋や魚を焼く網、フライパンが整然と置かれていた。
 寺の炊事場の隣にあった土間には、泥の付いた野菜籠も気兼ねなく置ける。漬け物の貯蔵や発酵食品を置けるのも土間ならではの機能。外の自然と家の中の台所を繋げる中間領域、多機能性を再確認させられた。
 ②台所に「気」を入れる
 寺を見学した後、家に戻ったら台所に「気」を入れるべしとジジイは悟り、大決心をした。余分な台所用品を見直す。処分の基本路線は「今後十年」である。台所の扉を全開にしたまま、それらだけを縁側で日光浴をさせ、他は処分する段ボール箱に入れる。
 台所用品は見せるものではなく、使い勝手が何よりである。調理道具を買う時の鉄則は「どこにしまい、どう使うか考えること」。「一生もの」に気をつける。台所用品に凝ってはいけない。使うことなく一生が終わる。
 電気調理器具を便利と思いこむが、逆に料理を作る時に邪魔になり、処分したものが数え切れないほど多い。電気調理器具にいくら高感度な温度センサーや人工知能が搭載されていても、豚の角煮や魚の煮物はガス台の鍋で作るほうが早くて、ふっくら仕上がる。肉じゃがも電気調理器具での味ははっきりと落ちる。レシピ本も、電気調理器具が一見豊かな家庭料理ができると勘違いさせ、罪深い。
 ③台所の鉄則
 戻す場所を必ず決めておくこと。皿洗いは、「洗う」だけではなく、水滴を拭い、棚に戻すこと。鍋やフライパンは洗った後、すぐさま布巾で拭き、ひっくり返して収納する。水切りしたまま放置すると汚れが付く。水切りしただけで元の場所に収めると、湿気が増し、やがてカビの住み家となる。
2.ジジイの健康法
 夜更かしは仕事の能率が上がらず、あれこれ悩みが渦巻き、飲酒の量ばかりが増える結果となる。夜は悪魔が散歩し、誘惑する時間と認識した。
 徹底的に朝型の生活に変えた。起床したら、先ずつま先で洗面所に向かう。つま先立ちはジジイの丸まった背筋を伸ばし、ふくらはぎ、お尻の筋肉が鍛えられ、なによりも腰の痛みを解消してくれる。
 ジジイにとって食べることと排泄は、生きることにおいて息をするくらいに大切な行い。歳を取ると大腸が弱って便秘気味になってくる。
 生きる手がかりは、健康イコール台所と結する。ジジイの毎日は、台所から始まると言っていい。食欲はあるのか、きちんと食べられるのか、大事な健康のバロメーターを朝起きて判断できる。
 ①まずは長期保存できる食品を台所に集結させよう
 生姜、ニンニク、ニラ、唐辛子、納豆、味噌、酢、キムチ、糠漬けと発酵食品にきのこ類。リンゴは抗炎症にも良い。
 ジジイには意識して取りたい食品。黒糖、豆乳、蜂蜜、大豆、人参、蓮根、ゴボウ、里芋、昆布、海苔、アマニ油、エゴマ油。
 ②乾物は太陽からの贈り物
 日本は乾物を取り入れ、献立に生かしてきた。椎茸、海苔、昆布、スルメ、煮干し、そして米。保存が利き、旨味も増す。現代の多忙な生活にも合うので、大いに活用したい。
 ③冷蔵庫に入れてはいけない食材
 ・常温保存で充分な食材
  イモ類(ジャガイモやサツマイモ)
    特にサツマイモは冷やすと低温障害を起こし、腐りやすくなる。
  根菜類(タマネギ、ショウガ、ニンニク)は、風通しのいい場所に置く。
  夏野菜類(キュウリ、ナス、ピーマン、トマト、カボチャ)も冷蔵庫の外で保管。
 ・冷蔵庫には、肉類(クジラ、クマ、シカなど)、魚、牛乳、卵、バター。
   ビールは冷やしすぎるとホップの味が消えてしまう。
 ④作り置き
  ミツカンの「カンタン酢」を使用した「皮付き酢ショウガ」。ショウガの皮近くに最も多いジンゲロールは、血管を広げ、血流をスムーズにさせて、体温も上げる。
 ジジイの料理に、あれこれ作り置きは必要ない。「いつか使う時が来る」と思って作っても、ジジイにとって「いつか」はない。
 冷凍可能とばかりに作り置きに励むことも要注意。素人の冷凍技術では1週間も経つと美味しく食べられない。せいぜい3日ぐらいが限度。レンジで解凍するだけで食べられるといっても、凍らせた愛まで解凍できない。作りたては味が生きている。
 ⑤お取り寄せ便
 お取り寄せ便には旅への願望がある。知らない土地や、どこかの海に憧れ、ほのかな旅情を感じ、注文してしまう。人間の舌は贅沢なもので、いつものスーパーや生協から不意に離れてみたくなる。舌も心も旅に出たい。
 ・道の駅「風穴の里」で見つけた信州味噌「二年味噌」
 ・万能和風だし「茅乃舎だし」
 ・奥能登「二三味珈琲」で焙煎しているコーヒー豆は、深入りで、香りと味が抜群
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 ・八重山・波照間島産の黒糖
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 ・八戸の「青南蛮漬」
3.ジジイのレシピ
 台所は、ジジイにとって断食道場ではない。台所に立つ以上、ジジイも料理を作らなくてはならない。台所では、季節の移り変わりも感じたい。
 美味しいものが生まれる場所には、いつも笑顔があり、台所は、ジジイにとって、また家族にとって、全ての始まりである。
 シニア世代と気付いたら、「男の料理」のうんちくを語るのではなく、誰でもできる料理を作ろう。ジジイの料理は、新しいものを作るより、これまで食べたもの、食べ慣れたものを、自分の手でフライパンを活用して作ってみよう。
 料理に手抜きするようなコツはない。まずはレシピに学べ。料理のレシピは、基本に立ち戻らせてくれる。習慣になるまで続ける。料理は確かに奥が深い。食材の切り方や炒め方で味が変わる。
 香辛料はあくまでも味のアクセント。せいぜい唐辛子、胡椒、花椒(ホアジャオ)あたりで止めておくべき。香辛料より前に、まず「サ(砂糖)・シ(塩)ス(酢)・セ(醤油)ソ(味噌)」の使い方から勉強しよう。例えば、「塩」だけで白菜炒めを極める。基本に挑戦し、謙虚な味を求めよう。
 ①ゆで卵
 レシピを読まないジジイは、やがて人を見下して傲慢になっていく。自己中へまっしぐらに進む。自己愛が強く、自分のやることが一番だと思っているジジイは、卵も満足に茹でられない。
 ゆで卵にもれっきとしたレシピはある。卵のお尻をピンでそっと押し、穴を開ける。鍋に卵を入れ、水を入れて弱火にかける。塩を小さじ1入れ、煮立って1分ほどしたら卵を菜箸で静かに転がす。13分間タイマーで計り、時間になったら火を消し、すぐに卵を水につけて急激に冷やす。これで殻もきれいにツルリと取れる。
 ②生トマトと卵の炒め物をまずマスターしよう
 2~3人分のレシピ。トマト2個、卵3個、本白ごま油、塩小さじ4分の1、胡椒はほんのパラパラ、片栗粉小さじ2分の1,ネギは細かく切っておく。トマトは乱切り、卵はボウルでよくかき混ぜておく。
 フライパンを熱したら、溶き卵を入れて、ゆっくりふんわり炒める。菜箸で空気を入れるように優しくかき混ぜる。いったん皿に移す。
 トマトを香ばしさが際立つごま油で炒め、ふんわり卵をフライパンに戻し、水溶き片栗粉でトマトの水分を閉じこめる。全体に弱めの火加減がコツ。トマトの角がへたるまで炒めてから塩を入れる。最後にネギと胡椒を振り、完成。
③ロールキャベツ
 日本にキャベツが入ってきたのは、18世紀初め。日本人に置ける野菜摂取ランキングでは、第1位は大根、第2位はタマネギ、第3位はキャベツ。
 ロールキャベツの発祥はトルコやギリシャあたり。この地域では古くからブドウの葉で肉や米を包んだ料理が作られ、それがヨーロッパで古くから栽培されていたキャベツの葉に変化した。
kojima-dental-office.net/blog/20190313-11796#more-11796
 洋食屋で人気が高かったが、「手間がかかる」ことから、家庭の食卓に並ぶことはなかった。だが1960年代の専業主婦が料理教室に通い、上流家庭に広まった。やがて女性が社会参加する時が到来してからは下火となり、お総菜として買い求められるようになった。そして令和を向かえた今、ジジイの料理へと変化を遂げていく。
4.鍋料理
 鍋料理は、わざわざ出かけて食べるものではなく、家庭料理の原点。目の前で湯気が上がっている時こそ力を発揮する。恋と同じで冷めると手が出ない。
 鍋料理は奥深く、永遠に試行錯誤が続き、日々の鍛錬と思考を重ねていく。時間に余裕が作れるようになったジジイ世代こそ、鍋に夢を、鍋にこれまでの人生を振り返り、愛おしく、慕わしい鍋に己を投影できる。鍋物は一周すると、また基礎固めの湯どうふに戻る。
 鍋は人から指示されることなく、各々が勝手に食べていくところに醍醐味がある。
 ①基本の「湯どうふ」に挑戦しよう
 鍋に5センチ角の昆布を1枚置く。物差しできちんと測る。水を入れて火にかける。煮立ったらやっこに切った豆腐を入れる。物差しを当てて必ず「8個」にする。再びぶくぶくしたら食べる。豆腐は熱くしすぎるとスが立って、味が損なわれる。「豆腐は熱くしてはアカン」を忘れないように。食べたら次に、豆腐をしずしず入れていく。ドカドカと一遍に入れない。
 ②続いて鍋の定番、「常夜鍋」を会得しよう
常夜鍋に入れるのは、豚バラ肉とほうれん草だけ。それを醤油で、薬味はショウガに柚子。市販のポン酢よりシンプルにする。生搾りのごま油小さじ1杯で、飽きない鍋の魅力を堪能。湯どうふも常夜鍋も煮込まないのが世の習わし、共通点。
 ③中国風白菜(ピェンロー)鍋
 白菜は、出汁が出る野菜なので、ぐつぐつ鍋で煮ても安心。
 白菜は、中葉や芯は繊維に沿って切る。外葉はざっくりと切る。土鍋に水を多く入れ、白菜の芯の方からコトコト煮込む。ごま油を大さじ2杯。豚肉、湯で戻したジャガイモの春雨を投入し、他の鍋とは違い蓋をして蒸し気味にする。白菜の底力、スープの深さに唸る。鍋料理は菜箸でいじくり回さない
 白菜は、野菜の王様、体の疲れを取り、体調を整えてくれる。中国から渡来して、庶民が口にするようになったのは昭和初期。歴史は意外と浅い。
 ④鍋の基本をマスターしたら、「みぞれ鍋」に進みたい
 大根半分をかき氷状にすり下ろす。ネギの白いところを4センチ縦に細く切る。正確に物差しで測る。白菜の白いところ、少しの酒、豆腐、熱湯をサッとかけて霜降りにした鱈、湯で戻した春雨を入れる。絶対に全ての食材を白で統一し、余計な邪気をはらう。そっと沈めるごとく牡蠣を入れても構わない。
北陸中日新聞 2023.1.22.

 

 

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