名誉院長ブログ のぼるくんの世界

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国家の品格

2009年03月06日(金)


藤原 正彦著
新潮新書
2005年11月20日発行
680円
 アメリカ化により、金銭至上主義に取り憑かれた日本人は、財力に任せた法律違反すれすれのメディア買収を、卑怯とも下品とも思わなくなってしまった。戦後、祖国への誇りや自信を失うように教育され、すっかり足腰の弱っていた日本人は、世界に誇るべき我が国古来の「情緒と形」をあっさり忘れ、欧米の「論理と合理」に身を売ってしまった。「国家の品格」をなくしてしまった。振れすぎた振り子を見直し、日本人の心を取り戻していただきたい。
1.論理や合理
 数学の世界では、出発点はいつも、何かの公理系です。世界中のみなが同じ出発点を使います。したがって何の心配なく、論理的に突き進むことができる。しかし現実の世の中に、公理系というものは存在しません。それでも、本来、科学技術の領域のみで有効な論理や合理を、広く人間社会にまで適用してしまったのです。

2.論理だけでは説明できないことがある
 1931年にオーストリアの数学者クルト・ゲーテルが「不完全性定理(正しいか正しくないかを論理的に判定できない命題が存在する)」というものを数学的にも証明しました。つまり、重要なことの多くが、論理では説明できません。論理は重要です。しかし、論理だけではダメなのです。
 にもかかわらず、戦後の我が国の学校では、論理的に説明できることだけを教えるようになりました。従って、最も大切なことがすっぽり欠落してしまったのです。論理ですべてを貫くというのは欧米の理想です。論理で説明できない部分をしっかり教える、というのが日本の国柄であり、またそこに我が国民の高い道徳の源泉があったのです。

3.論理には出発点が必要
 論理というものを単純化して考えてみます。まずAがあって、AならばBと続きます。このAは、論理的帰結ではなく常に仮説なのです。そして、この仮説を選ぶのは論理ではなく、主にそれを選ぶ人の情緒なのです。情緒とは、論理以前のその人の総合力といえます。論理は重要であるけれども、出発点を選ぶと言うことはそれ以上に決定的なのです。

4.「市場原理主義」
 なんでも市場に任せれば一番効率的である。前提は、「まず公平に戦いましょう」です。公平に戦った結果だから全然悪いところはない。勝者が全部取って構わない。こういう論理です。
 しかし、この論理は、「武士道精神」によれば「卑怯」に抵触します。強い者が弱い者をやっつけることは卑怯である。論理的に正しいことと善悪は別次元のことです。

5. 「人間中心主義」を抑制する
 人間中心主義というのは欧米の思想です。その裏側には拭いがたく「人間の傲慢」が張り付いています。美しい情緒はこうした人間の傲慢を抑制し、謙虚さを教えてくれる。「人間は偉大なる自然のほんの一部に過ぎない」ということを分からせてくれる。美しい情緒は、ささくれ立った心を癒し、暗く沈んだ心に力を与えてくれます。心の安定化装置のような役割もするのです。

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