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覚悟

2008年09月03日(水)


覚悟戦場ジャーナリストの夫と生きた日々
橋田幸子著
中央公論社
1300円
 「戦場」という現代日本に無縁な場と四半世紀にわたって向かい合った日々をあますところなく綴った手記である。
 事件のことごとくが“迷宮入り”し、曖昧にしたまま、手をこまねいているだけの政府、その姿勢を正面から批判、追求しようとしない新聞やテレビ。
 2003年十一月、ほとんど同じ場所でスペイン国家情報局の職員が襲われ死亡した時、スペイン政府はなぜ犯人及び資金提供した武装勢力リーダーなど41人を拘束できたのか。

1.カメラの前では見せなかった葛藤
 2004年5月27日、ジャーナリスト橋田信介イラクで死す。
 「夫を亡くしたのに、なんと気丈で強い女性なのだ」という印象もたれた方が多かったが、心も体も“抜けた”ような状態でした。毎晩のように枕を涙で濡らしていた。「私はまだ、私の携帯電話に入っている、あなたの番号を消せずにいます。」
 「戦場ジャーナリストの妻」としての“覚悟”が、変えることのできない現実に直面したら、自動的にスイッチが入るようにいつの間にかでできあがっていたのでしょうか。次にやらなければならないことがはっきりしていました。事件の解明に向けた努力など、誰も何もしていなかった。私は自力で真相を探る決意を固めていました。

2.襲撃グループが自らの行為の誤りを認め、謝罪した
 運命の悪戯でしょう。襲撃された、まさにその日付の新聞に「二人の日本人ジャーナリストが、目を負傷したイラク人少年を日本に連れていって、助けてくれる。彼らは三十日に日本に向けて出発する予定だ」「ハシダとオガワはイラクの敵ではない」ことが地元に知れ渡った。
 襲撃犯はイラクの「恩人」ともいえる日本人二人を殺害したことを知った。統治の実情が完全な「部族社会」であったことと民間の協力者が奮闘してくれたことから、真相に迫ることができた。日本政府はほとんど何もしてくれなかった。
 「アメリカのCIAと間違えて襲撃してしまった」こと、「人違い」と気付くと、なんとかその命を救うために車に乗せたが、息絶えてしまったため、仕方なく人目に付きやすい所に遺体を置いて走り去ったことを明らかにした。それは、「日本人を狙い撃ちにした」というストーリーとはかけはなれたものでした。

3.日本政府の対応
 日本人大使館員は自ら調査に赴かず、「現地スタッフ」大使館に雇われたイラク人警備員に任せた。現地大使館には、せめて遺体の確保、現場(車とホテル)の保存ぐらいきちんとして欲しかった。自らできなければ、イラク警察やCPA連合国暫定統治当局に協力要請すべきではなかったか。警察の目的が真相究明などではなく、「法に則って、司法解剖をやりました」という一枚の文書を作成することにあるのは、火を見るより明らかでした。
 最初から日本人が狙われたのか、それとも人違いだったのかということは、国の対イラク政策を左右するキーポイントである。「犯人の謝罪」にビビッドに反応したアメリカの知識人たちと比べて、日本政府の受け取り方のなんと鈍いことでしょう。

4.訴訟を起こす
 商用目的の「海外旅行傷害保険」に加入していたが、AIU保険は保険金の支払いを免責事項のため拒否した。そのため、「事件当時のイラクの状態が、AIUの免責条項に合致するかを決める基準は何か」の訴訟を起こした。原告は私と息子である。
 一保険会社が「今のイラクは間違いなく戦争状態だ」と主張したが、決定権を持つのは、日本国の政府、もっと言えば民主的な手続きで選ばれた「最高責任者小泉首相」以外に考えられない。「非戦闘地域だから」と自衛隊を送った小泉首相に、日本国家がはぐらかし続けてきた「本当のところはどうなのか」を問う。

5.「橋田メモリアル・モハメドくん基金」を設立
 たったひとりの少年の「日本人に助けてもらったんだ」という言葉の重みを受け止めて欲しい。天が使わした子かもしれない。
 「人権」とか「人道」とかのカンバンって、いったい何のためだろうか。もともと、サマワの中心にはユーフラテス川が流れていて、基本的に水に困る地域ではない。フランスのNGOが、地元民約60人を雇用し、地元の市場で1.5リットル入りのミネラルウォーターを日本円で約50円で供給している。そこへ、日本政府が「復興に向けた人道支援」として、自衛隊が80トンの給水活動に1日1億円の予算をかけている。イラク人の仕事(換算すると約270万円)を奪いかねないことをしている。

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