マイナ保険証の罠
2023年09月07日(木)
荻原博子著
文春新書
2023年8月20日発行
850円
7年前にスタートした「マイナンバーカード」は、「どうすればみんなの生活が便利になるか」という視点よりも、「普及ありき」で突き進み医療関係者や介護関係者が悲鳴をあげているにもかかわらず、立ち止まって検証するという「現場応変」さがない。岸田内閣は、国民の命や健康よりDXを進める方が重要だと考えている。政府の「健康保険証廃止」という暴挙を止めるための一助となることを心から願う。
健康保険証の廃止 2023年09月08日
kojima-dental-office.net/blog/20230908-17381#more-17381
健康保険証廃止の中止等を求める意見書
kojima-dental-office.net/20230804-7144
保険証廃止法案の成立に抗議し、保険証で安心して受診できる国民皆保険の存続を強く求める
kojima-dental-office.net/20230704-7041
A.「マイナンバー」と「マイナンバーカード」の違い
1.「マイナンバー」は強制、「マイナンバーカード」は任意
①「マイナンバー」は、すべての国民に割り振られた番号
2015年10月5日、住民票を持つ日本国内の全住民に、一人にひとつ、12桁の個人番号が割り振られた。これが「マイナンバー」。本人が希望しなくても国から強制的に与えられ、生まれてから死ぬまで、その人に一生涯付いて回る「個人番号」。
「住基ネット」の教訓から、国は「マイナンバー」の導入に際して、国民の情報を一元的に管理することはできない仕組みとし、特定の機関に個人情報が集約されないよう、それぞれの行政機関が個人情報を分散して管理することにした。そのため、個人情報が芋づる式に漏れることはない。「情報提供ネットワークシステム」を使用して、情報の照会・提供を行うことになっている。
2016年1月からは、「マイナンバー」を利用した、行政のデジタル化がスタート。これを利用できる「主体」は、法令で行政機関や雇用主と定められている。当初は使用目的も、社会保障、税、災害対策に限られていた。だから、なにか情報流出などのトラブルがあった場合、100%、国が責任を持つ。
②マイナンバーカードには「立法事実」がない
カードがなくてもマイナンバー制度は成り立つ。カードの取得を義務化するなら、法律でそう書く必要がある。しかし、日本には、身分証明書の携帯が常に求められるような社会不安はない。マイナンバーカードの取得を義務づけねばならない立法事実がない。
法律を作る際には、その法律がなくてはならない切実な現状が背景になければならない。「立法事実」とは、法律や条令の必要性や正当性を裏付ける理由。つまり、法律で国民に「マイナンバーカード」を作ることを「強制」しなくてはならないような切実な必要性がなかった。だから、「任意」にせざるを得なかった。
マイナンバーは国による強制だからこそ、利用主体も、目的も公的なものに限られ、セキュリティも厳重。それに対して、マイナンバーカードは、いろんな用途に拡大しやすくするため、セキュリティもゆるく設計されている。だから本人の同意が必要。国は「リスクも分かった上で、自己責任で、このシステムに参加を決めたね」と国民に迫っている。
マイナンバーカードとは、「本人証明書」と個人情報の倉庫に入る「鍵」。大事なのは、ICチップ。それに個人情報が入っているわけではないが、インターネットにアクセスしてマイナポータブルに繋がれば、その中にある個人情報を引き出せる。
2.「マイナンバー」と「マイナンバーカード」はまったくの別物
①マイナンバー
・日本に住む住民(外国人を含む)に強制的に割り当てる12桁の番号
・主な目的は行政の効率化
・使用者は公共機関(国、自治体などの各機関)に限定
・暗証番号は、英数字混合の6~16桁で、本人が設定
・マイナンバーを記した通知カードは自宅に保存、番号は本人だけが保持
・トラブルが起きたら、国が責任を持つ
②マイナンバーカード
・希望者が任意で持つ
・目的は、本人同意のもとに個人情報を活用すること
・民間も利用
・暗証番号は簡易(4桁の数字)
・身分証明カードとして持ち歩く
・トラブルは原則として自己責任
B.2023年6月2日、「改正マイナンバー法案」が成立
この法案の私たちにとって大きい問題点は3つ。
1.「2024年秋、健康保険証廃止」の衝撃
多くの人々が不安に思ったのは、2024年の秋には、これまで60年間も使ってきて、大きなトラブルに巻き込まれたり、著しい不便を感じたりした人は少なかった「健康保険証」がなくなってしまうこと。
従来の「健康保険証」を廃止して、「健康保険証」の機能を持たせたマイナンバーカード・「マイナ保険証」に一本化する。あくまで国民の自発的な希望に基づいて取得されるはずの「マイナンバーカード」が、実質的な義務化、事実上の強制となった。「マイナ保険証を持っていると便利だから」ではなく、「マイナ保険証を持っていないと、医療機関にかかれなくなる」と、国民に不便を強いることでマイナ保険証を押しつけ、マイナンバーカードを事実上の「強制」に持ち込もうとしている。
2.利用範囲が「何でもアリ」に
これまで社会保障、税、災害対策の3分野に限られていたマイナンバーの利用範囲を拡大し、さらに法律の規定に「準ずる事務」でもOKにした。いくらでも解釈で広げることができ、実際には何でもアリになった。「マイナポータル」にアクセスできる企業も増えるとなると、被害も増える可能性がある。
マイナンバーの利用範囲拡大を阻止
kojima-dental-office.net/blog/20151007-3453
3.年金口座も、自分から不同意を示さないと、マイナンバーにひも付けられるようになったこと。
C.「マイナンバーカード」の安全性(セキュリティ)
1.7300件超! 別人の情報が誤登録
「マイナンバーカード」を機能させるためには、氏名、住所などに始まる個人情報は、デジカル化する必要がある。紙で提出されたものを自治体の窓口などで職員が手で入力している。そのため、トラブルが多発している。
参考に
「消えた年金問題」と似た構造
2007年に起きた「消えた年金問題(年金記録問題)」は、基礎年金番号で、それまで紙台帳等で管理していた年金記録をコンピューターに転記する際に、正確に転記されなかったなどのミスが重なり、約5000万件の年金記録が誰のものか分からなくなってしまったという事件。この事件で、当時首相だった故安倍晋三氏は、「最後のひとりまでチェックして正しい年金をきちんと支払う」と約束したが、最終的には約2000万件の年金記録が持ち主不明のままにされている。
2.深刻な問題になるのが情報流出
マイナンバーカードに「絶対安全」はない。起こりうるリスクを国民に提示し、対策を講じ続けるべき。
2023年6月19日に、政府の個人情報保護委員会がデジタル庁に立入検査を始めた。どちらの担当も同じ河野大臣。これでは、本格的にメスを入れるのは難しいと危惧されている。こんなずさんなセキュリティ体制で、政府は今後マイナンバーカードを使ってこれまで以上に多くの個人情報を利用しようとしている。
①マイナンバーとマイナンバーカードではセキュリティがこんなに違う!
マイナンバーは、役所での業務や、電子申告する時に国税庁とやりとりするといった、限られた場所でしか使われない。その暗証番号も英数字混合の6~16桁。しかも、政府が全力を挙げてがっちりガードしているので、もし情報漏れが起きたら、政府が全責任を負う。
一方、マイナンバーカードは、ICチップと4桁の暗証番号があれば、いつでも入れる。民間の業者でも使えるように利便性が優先されているからセキュリティが緩くなっている。
②マイナンバーカードの情報漏れ、政府は責任を負わない
デジタル庁の「マイナポータル」利用規約を見ると、2022年3月時点では「免責事項」として、デジタル庁はマイナポータルの利用に当たり、「利用者又は他の第三者が被った損害について一切責任を負わない」とされていた。クレームの嵐にあわてたデジタル庁は、今年になってこっそりと免責事項に「デジタル庁の故意又は重過失によるものである場合を除き」という文言を付け加えた。
マイナンバーは、流出したり悪用されたり、といったトラブルに関しては、100%、国が責任を持つ制度になつている。マイナンバーカードのICチップで入れる個人情報は「民間も含めて広く利用可能」だから、「国は必ずしも全責任を持つ必要はない」ということになっている。
③一旦システムに入り込まれたら多くの情報が漏れ出すリスク
個人番号制度の公的分野と民間分野の利用方法は、「セパレートモデル」「フラットモデル」「セクトラルモデル」に分類される。
日本のマイナンバー制度は、「フラットモデル」にあたる。行政分野をまたいだ情報連携が可能なので利便性が高いが、その半面、1つの番号で芋づる式に個人情報が引き出せるという弱点がある。アメリカ、韓国、シンガポールなどは、行政効率を優先して、1つの共通番号で情報を管理する仕組みになっている。
ドイツやフランスなど個人情報の管理が厳しい国では、各行政分野で別々の異なる番号が使われる「セパレートモデル」になっている。面倒だが、個人情報が芋づる式に引き出されないという点で、「フラットモデル」よりも情報漏洩のリスクが低く、プライバシーを守りやすい。
④デジタル化先進国でも大事件に
2018年、シンガポールで150万人の医療情報が流出した。アメリカでも、過去に社会保障番号の流出で2年間で約1170万人が「なりすまし」の詐欺被害にあい、被害総額は2兆円相当にも上った。各国で行きすぎたデジタル化を見直す動きが出ている。
アメリカでは、社会保障番号が利用できる分野を制限しようとする動きが始まっている。韓国でも、法律で認めた場合を除いて、民間事業者による住民登録番号の収集が禁止されるに至る。
⑤イギリスでは「国民IDカード」が廃止に
イギリスでは、「国民IDカード」を発行するための法律が2006年に成立したが、人権侵害への危険や、巨額の費用がかかること、さらに情報漏洩の危険が拭えないことから2010年に廃止している。その代わり、2016年に公共サービスの共通認証プラットフォームが導入され、利用者が望めば、政府の認証を受けたデジタルIDが発行され、オンラインで行政サービスが受けられるようになっている。このIDで政府のサービスなどへログインできるが、あくまで希望者のみに与えられるIDで、使う方も自己責任であることを最初から心得ている。
D.政府の思惑
さほど便利でもない、しかも「任意」であるはずのマイナンバーカードを、多くの国民に持たせたいという思惑がある。
①個人情報の「高速道路」(DX)を作りたい
トラブル続きの個人情報の「高速道路」にみんなを乗せるために、安全な一般道である「健康保険証」をわざわざ法律で改正して廃止し、政府はマイナンバーカードを持たせたい。それで個人情報を集め、民間企業も利用できる個人情報の「高速道路」(DX)を作る。そこまでゴリ押ししてきた政府は後には引けず、ますます強硬な姿勢になっている。
②政府の迷走は日を追うごとにひどくなっている
2023年7月4日、総務省は、個人情報の管理が難しい人には、個人情報のセキュリティを無視した「暗証番号」のない「マイナ保険証」を交付する方針を打ち出した。さらに、「マイナ保険証」を使わない場合、健康保険証が廃止された来年秋以降に、「健康保険証」とどこがちがうのかわからない「資格確認書」も新たに発行する。「保険証の廃止」を覆せないというメンツだけで、「資格確認書」の自宅送付という、全く無用の策をとらざるを得なくなっている。しかも、「マイナ保険証」はトラブルが多いので、病院へ行くなら「健康保険証」も一緒に持っていくようにと厚生労働大臣が呼びかけている。極めつきは、2023年6月に政府のデジタル社会推進会議が、2026年中にセキュリティが強化された「新マイナンバーカード」を発行すると公表した。こうした一連の動きは、一言で言えば「行き当たりばったり」。
E.頭を抱える医療の現場
カルテを公開することは、医師の守秘義務に反する。医療データは、個人情報の中でも秘匿性の高いもの。マイナ保険証の情報は、1~2ヶ月前の古い情報。「お薬手帳」の方がはるかに有功。災害時に停電が起きて機械が使えなかったら、本人確認できないなど、解決しなくてはならない問題が山積み。
①公平性(デジタル格差)において、大きな問題を抱えている
本人が請求しなくても自動的に送られてきて、誰もが使える、便利な健康保険証をわざわざ廃止し、申請できる人だけが医療の恩恵を受けられる制度に切り替える。
②「ずっと使える」のは、マイナ保険証ではなく現行の保険証
現行の保険証の場合、会社員であれば、5年に1度更新しなくても会社員である間ずっと使える。また、自営業者などの健康保険証の多くは2年で更新になるが、自治体や保険組合から自動的に新しい健康保険証が送られてくる。しかも、顔写真を撮って、自治体の窓口に提出する必要もない。
しかし、マイナ保険証は、5年に1度、電子証明書の更新のため自治体窓口に行かないと、使えなくなる。最大2万円のポイントに釣られて「マイナ保険証」を作った人の中には、5年後に自分で保険証を更新しないと無保険になることを知らない人も多くいる。
「資格確認書」は、自治体の窓口に毎年行って更新しなくてはならないので、5年に1度のマイナ保険証より不便。
③紛失したら、再発行に1~2ヶ月かかる
今は、国民健康保険の保険証の発行は当日~1週間程度。マイナ保険証の場合には、落としたり紛失したりした場合、自治体の窓口で再発行の手続きをすると、1~2ヶ月かかる。再発行までの間は無保険扱いになる。
F.介護現場は悲鳴を上げている
特養・老健施設などに行ったアンケートでは、緊急時の受診などに備えて入居者の健康保険証を預かって管理している施設が83.6%、暗証番号を含めてマイナンバーカードの「管理できない」が94%。健康保険証なら預かれるけれど、マイナ保険証と暗証番号を預かるのは難しい。
特養(特別養護老人ホーム)は、全国に約1万施設あり、入居者は約62万人。入居条件は、要介護3以上で多くが認知症を患っている。施設長は、「人手不足で、個人情報の管理にまでは手が回らない。どうすればいいのか戸惑うばかり」と途方に暮れていた。
G.日本のITオンチ度
1.コロナ禍でのIT政策も、大失敗。
厚生労働省には、2009年の新型インフルエンザの教訓から、7年かけて開発した「症例情報迅速集積システム(FFHS)」というシステムがあったのに、なぜか使われずに、コロナ発症後に急遽開発が始まったコロナ情報システム、コロナ感染者のデータを医療面で一元的に管理するという触れ込みの「HER-SYS(ハーシス)」を導入した。既に開発していたFFHSは入力項目を7つに絞っていたのに、「ハーシス」の入力項目はなんと120にも及んだ。コロナに疲弊している医師たちに徹夜を強いることになり、さらに苦しめるだけの結果となり、効果が見えないまま尻つぼみになってしまった。開発したものを使わず、新しく作ったものは大失敗で、二重に税金をどぶに捨てた。接触アプリ「COCOA(ココア)」も大失敗。
2.日本と台湾、フィンランドの違いは、「机上計画主義」と「現場主義」の違い
日本のDXは、市民の声を聞かずに、政府内の都合や、財界や産業界の声ばかり聞いているように思える。だから、健康保険証ひとつ取っても、便利になるどころか、かえって不便になるばかり。 ユーザーである国民の声に「聞く耳」を持たなければ、マイナンバーカードも同じ失敗を繰り返す。
①ITでコロナを封じ込めた台湾との違い
2016年に35歳で入閣したオードリー・タン(唐鳳)がデジタル担当大臣を務める台湾は、ITが遺憾なく力を発揮して効果を上げ、世界的に高い評価を受けた。オードリー・タンは現在でも台湾政府でDXを推進しているが、基本は、政府のデータをオープンに開放し、市民から意見を聞き、それらの意見に政府が回答・説明し、それを徹底していくという方式で進めている。つまり、DXを利用する一般の人のニーズを徹底的に拾い上げ、多くの人が満足するシステムにすることを最も重視している。
なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか
kojima-dental-office.net/blog/20201211-14352#more-14352
②60年かけてDXを成し遂げたフィンランド
デジタル化先進国のフィンランドでは、税金や医療など、あらゆる個人情報が、DXで一元管理されている。同国では、1960年代前半に個人識別番号が導入され、以来60年間、どうすれば国民生活が便利になるかという視点でシステムが作られてきた。特に、使う側の視点に立った開発を進めてきた。使う人が「便利デメリットがあるので、是非使いたい」と思わないものは、作る意味がない。
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