のぼるくんの世界

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リニア中央新幹線をめぐって

2021年11月14日(日)


原発事故とコロナ・パンデミックから見直す
山本義隆著
みすず書房
2011年4月9日発行
1800円
 私がJR東海によるリニア中央新幹線計画の「問題性」に注目したのは、福島の原発事故直後に国土交通省が、原発事故に対するなんの反省もなくリニア計画にお墨付きを与えたことを知った時から。以前の「科学技術ジャーナリズムの役割」は「啓蒙」だったが、現在は「批判」でなければならなくなった。
 2020年、水問題をめぐるJR東海と静岡県の対立が報道された時、「10・8山崎博昭プロジェクト」のホームページにリニア計画について思うところを表明した。それを大幅に加筆・改稿して書籍化した。
 10・8山崎博昭プロジェクトのホームページ
yamazakiproject.com/
 山本義隆氏に学ぶリニア新幹線について
greengreengrass.hatenadiary.jp/entry/2020/09/24/153745
 「磁力と重力の発見」が著作の中で有名。
1.JR東海が計画している超伝導リニア
 リニアは、磁力で浮上させているので「マグレブ」とも呼ばれる。日本で最初にリニア鉄道を考案したのは、国鉄の技術者であった川端俊夫と言われている。のちにリニアの問題点として電力浪費に最初に気づいた人物でもある。
 モーターの外側の円筒形コイルを開いて伸ばしてつなぎ合わせて地上の線路に沿って何百kmも固定し、内側のコイルを浮上させた車上に積んでいる。
 JR東海が計画しているリニアは、車体を浮かすために必要な強い磁力のために超伝導コイルを使用していることが特徴。そのさい、超伝導コイルを使っているのは車上コイルだけで、地上コイルは常伝導コイル。したがって車上コイルに対しては出発前に電流を流せば、超伝導状態が持続している限りはいつまでも流れ続くが、地上コイルに対しては、新幹線の4~5倍の電力を供給し続けなければならない。
 公共交通機関に通常要求される安全性、信頼性、省エネ性、速達性、ネットワーク性、定時性、建設費用を犠牲にしてでも、リニアは、高速性のみを優先することをコンセプトとしている。リニアは故障原因となる部品の点数を増やし、事故やトラブルが起こる確率を上げ、機械としての信頼性を低下させている。
 ①超伝導と常伝導
 ある種の金属は絶対温度近くの極低温で電気抵抗が完全に0になる。その状態を「超伝導」という。超伝導状態にするには極低温に冷却しなければならない。通常その冷却には液体ヘリウムを使う。常温では気体のヘリウムは、絶対4度(摂氏零下269度)近くで液化する。それに対して通常の電気抵抗のある状態を「常伝導」という。コイルが常伝導であれば、熱が発生し、電流は減衰し、やがて無くなっていく。しかし、超伝導であれば、熱は発生せず、電流は流れ続ける
 ②超伝導と液体ヘリウム
 ヘリウムは、地球上では希少元素。限りある貴重な資源の使用には慎重であるべき。少なくとも日常的に相当量の使用が必要とされるような方面にへの使用は控えるべき。中央リニアエクスプレスの車体全体で、ヘリウムは大きな飛行船1隻分を使用する。
 「運転中はコイルに外からの電力を供給する必要が無くなる」とあるが、導線を超伝導状態にし、かつその状態を維持するのに必要な液体ヘリウムを作るためにも相当な電力を必要とする。しかし、日本は、冷却して液化されたヘリウムをアメリカから相当な価格で購入している。液体ヘリウムの購入価格に織り込まれている電力を無視している。金さえ出せばよいと言うものではない。2020年10月時点で4455円/リットル、安いものではない。価格だけではなく、ヘリウムは、地下資源であり、採取できる国はアメリカ、ロシア、ポーランド、カタール、アルジェリアだけ。供給が不安定であり、アメリカのほぼ独占状態。世界全体でヘリウム危機が起きている
 ③クエンチ
 超伝導コイルが何らかの原因で温度が上昇して極限温度を超えると超伝導ではなくなる。このことをクエンチという。クエンチが発生すると磁力が急激に減少し、リニアは運転できなくなる。超伝導を扱っている限りクエンチの可能性を完全に0にすることはできない。リニアでは振動する車上に積まれているので、クエンチ発生の可能性はより大きい。 1999年8月5日に山梨実験線で、車上のコイル冷却のための液体ヘリウムが漏れ、コイルの温度が上がって超伝導状態ではなくなって列車が停止した事故があった。事故の発生から1ヶ月遅れの9月4日の「毎日新聞」に報道された。
 医療用MRIも超伝導を使っているので、クエンチは必ず起こるという前提として、クエンチが起こった時の対策も講じられている。
 ④火災 ハイテクと言うわりにはローテクノ
 リニアは磁気浮上式と言われているが、それはある程度の高速に達し電磁誘導によってコイルに流れる電流が増加し、コイルの磁場が強くなった状態のことで、その状態に達するまでは、ゴムタイヤで地上を走行している。ゴムタイヤは側面にも使われている。ゴムタイヤは摩耗する消耗品で、パンクの可能性があり、摩擦で熱を持ち発火する危険性も大きい。
 リニアの車両には外から電力が供給されていないので、車内の照明や空調のための電力には搭載した灯油による発電機を使っていて、そのため燃料タンクに灯油が貯蔵されている。
 1991年10月に支持輪のゴムタイヤが破損して回転できなくなり、ゴムが摩擦で発火して列車が事実上全焼し、山梨の実験線でも、2019年10月に3人の重軽傷を負う火災事故が発生している。
 リニアはその大部分がトンネル内で走るので、万一火災が生じた場合トンネル内に煙が充満するので、クレンチ以上に重大で深刻な問題。
 ⑤極めて重要な構造的欠陥、インフラであること
 地上の線路に沿って何百kmも固定される地上コイルは、インフラ。いったん出来上がれば、全面的取り替えはもとより大規模の修正も事実上不可能。技術がめまぐるしく進歩している現代では、抜本的な改良・進歩の途が大きく狭められている。
 他の鉄道路線との親和性が無く、他の路線乗り入れることができない。特定区間だけの「第3鉄道」としての扱い。国内での発展性もなければ他に使い道もない孤立した技術。

2.リニア問題とは何か
 ①大規模環境破壊
 環境問題は、線路完成後のリニアの営業運転に伴う問題と、完成以前のトンネル堀削を含む建設過程での問題との2通りがある。
 リニア中央新幹線は、90%近くがトンネルで、しかも自然豊かな南アルプス・赤石山脈を貫通する。これに対して、静岡県知事が県民の生活と産業を支えている大井川の水源を破壊する恐れが極めて大きいという正当で切実な理由でもってトンネル工事の着工を認めていない。トンネル掘削はもとより、そのさい生み出される膨大な残土の処理を含めて、甚大な自然破壊・環境破壊であることはすでに多方面から指摘されている。自然環境の破壊において、結果が出た時には元に戻すのは極めて困難で、金で補償できる問題ではない。
 a.水源
 深度地下の水脈については全く分かっていない。
 2013年のJR東海のアセスメントでは、工事完了後も大井川の水量が「毎秒2トン減る」とある。これは、生活用水や農業用水を大井川に頼る中華流の8市2町の62万人分の水利権量に匹敵する膨大な量。その水は発電と家庭や工場への水道用水に加え、水田や茶畑など1万2千ヘクタールの農業用水と鰻の養殖、製鉄・自動車・化学産業などの工業用水に利用されている。
 1990年に建設の始まった山梨実験線の使用機簿名トンネル工事でも、沢や井戸の涸れが生じている。1994年には大月市朝日小沢地区の簡易水道の水源が涸れ、2009年9月には笛吹市御坂町で、2011年12月には上野原市秋山でトンネル工事によると思われる水源の枯渇が起き、自然環境に重大な影響が発生した。
 b.膨大な残土
 リニア新幹線では過度な高速性を求めた結果、現東海道新幹線に比べて車体が小さいにもかかわらず大きなトンネルを必要とする無駄の多いシステム。出入り口での風圧の変化が極めて大きくなるため、トンネルの断面積を大きくする必要がある。
 東京-名古屋間の約247kmのトンネル分と、途中にほぼ5kmごとにある約60カ所の非常口(地上までの直径30mの竪穴)やその他、途中の駅や変電施設の分も含めると、残土は約5680m3 。これだけの土砂を運び出すために、搭載量6m3 のダンプカーが約千万台、1日3000台休み無く10年必要となる。多い時は1日平均8000台のダンプカーが走行することになる。そのことだけでも排気ガスで大気を汚染し、騒音と共に地域の景観を破壊し動物の生態系に影響を及ぼす。笛吹市では160万トンの残土で谷が埋められた。盛り土は、大雨の時には崩壊し土石流の原因となる危険性がある。また、その長大なトンネルの建設には膨大な量のセメントが必要とされ、石灰岩が採取されるところでも自然破壊は進行する。
 c.CO2排出量
 一人運ぶ際に排出するCO2の量は、リニアが航空機の約3割、乗用車の5割以上少ないが、従来の新幹線に比べて約4倍以上である。それだけでなく建設工事過程も非常に多い。
 ②深刻なエネルギー(電力)問題
 リニアの場合、列車は超高速で走っているので、地上側のガイドウェイに固定されたコイルに対しては、各瞬間に列車に向かう部分だけではなく、その前後に相当の距離にわたって電流を流さなければならない。さらにまた車体を浮上させるためにも強力な磁場が必要になる。主に2つの理由で、新幹線と同じ時速300kmで走行しても2倍のエネルギーを消費する。
 現在のJR総研の“公式見解”は「新幹線の3倍、航空機の半分」。この見解に対する決定的な反論は、産業技術総合研究所の阿部修治の2013年の論文「エネルギー問題としてのリニア新幹線」。時速500kmの走行中に働く抵抗力として「空気抵抗」だけではなく「機械抵抗」「磁力抵抗」をも考慮し、そのそれぞれに対して丁寧な考察をし、その結論は、「JRリニアの消費電力は新幹線の4~5倍である」。
 現在、東京-大阪間には東京、中部、関西の三電力会社合わせて総発電能力9100万kWの発電所がある。その発電量は1日平均10億kWH。リニアモーターカーの電力消費量は、0.6%、54万kW、たった1社の1路線で恐るべき量を消費する。
 ③地震を含めて事故対応
 東京-大阪間、遠隔無人運転という計画が進められているが、事故が起こった際にどうするのか納得ゆく説明がない。今のJR東海とリニア計画は、需要や環境、安全性といったテーマを、国会や国民に資料を提示し、議論していく姿勢がまったくない。「絶対安全」というような専門家のお墨付きは、福島の事故以来、効力も信用もうしなっている。大深度地下で事故が起こった時に生じるであろう乗客のパニックを想像すると、背筋が寒い。「想定外でした」という責任逃れをするのか。
 南アルプストンネル唯一の脱出口は標高1390mの「二軒小屋」地区にある。緊急時の避難路は、直径30mの竪穴を500m上がり、そこからさらにほぼ水平に2km歩いて200m登る。冬場なら雪と氷に覆われたアルプス山中。救援バスや緊急自動車も容易にアクセスできないから、むしろ航空機が山中に墜落したような状況が発生する。一般利用者がそこに留まるだけで生命の危険が生じる。公共の乗り物とはとても思えない。
 「日経ビジネス18年8月20日」にJR東日本の元会長・松田昌士の談話
 高価なヘリウムを使い、大量の電力を消費する。トンネルを時速500kmで飛ばすと、ボルト一つはずれても大惨事になる。「俺はリニアは乗らない。だって、地下の深いところだから、死骸も出てこねえわな」
 ④リニアモーターの強力な磁場の人体への影響
 リニアの運転により極めて強力な磁場と電磁波の危険性が発生する。
 参考に
 健康を脅かす電磁波
kojima-dental-office.net/blog/20211027-14968#more-14968
 ⑤ 経済上・経営上の問題
 少子高齢化が進む中、現在の東海道新幹線の利用客数はピークと考えて良く、今後大きく増える見込みはない。中央リニア新幹線の需要の多くは東海道新幹線利用者の乗り換えであって、新規需要ではない。したがってリニアが黒字になれば、これまでの新幹線は赤字になり、リニア建設の経費を考えると、JR東海にとってトータルで事業収支の悪化をもたらす。単一の電鉄会社・JR東海が2つの新幹線路線を持つことは、経済的合理性の観点から大きな疑問符が付く。輸送能力を2~5割も増強する計画フレームに固執して着工すれば、プロジェクトの失敗は避けがたい。
 コロナで在宅勤務・テレワークが普及し、東京の本社と関西の支社の会議でも地方の取引先の打ち合わせでも、旅費のかかる出張が不要であることを経営者は知った。以前に考えられていたリニアの営業環境も収益予測も決定的に変化した。
 2020年ゴールデンウイークに東海道新幹線がコロナ禍で大打撃を受け、がら空きだった。JR東海が7月に発表した四半期(4~6月)の決算では、売り上げが前年比73%減、収入が79%減、鉄道大手18社のうちで下げ幅最大。リニア建設どころではない。 収入の大部分(ほぼ9割)を東海道新幹線の単独路線に負っている構造的弱点が露呈した。日本の鉄道網は、戦後の車社会の発展にもかかわらずその重要性は衰えていない。東日本大震災で力を発揮したのは普段は金にならないローカル線だった。にもかかわらずJR東海は御殿場線、見延線、飯田線等で駅を無人化するなどの合理化を進めている。
 ⑥新幹線が一極集中をもたらした
 新幹線が開通していない時は、東京-大阪間は6時間半の時間がかかり、現地での滞在時間は僅か2時間ほどしかなかった。これでは日帰りではなく一泊するのが常だった。新幹線開通によって最大11時間も滞在できるようになり、一泊しなくても良くなった。関西に本社があった会社も、続々と東京に本社機能を移しだした。関西が地盤沈下した一番大きな原因が新幹線の開通であるといっても過言ではない。新幹線によって東京都大阪区、東京都名古屋区になった。リニア開業が、さらなる東京一極集中が進行し、大阪の拠点性が失われる。
 コロナが日本社会に突きつけた問題の一つは、東京一極集中の弊害。衛生状態の良好と思われていた欧米諸国にもコロナが急速に広がっていったことは、都市への人口集中と国際的な交通網の発達が大きな原因と考えられる。
 ⑦ストロー効果
 2つの地域を交通路線で結べば、人口の大きい地域、経済の発展した地域に有利に働く。地方都市が新幹線開通によって1時間以内でいけるようになった場合、休日にその都市から東京へ行く人の数やその人たちが東京で使うお金のほうが、東京からその年に来る人の数やその人たちがその都市で使うお金より多い。
 新幹線の新駅ができて発展といっても、県外特に東京からの大手資本が新駅周辺をおさえ、観光客が落とした金を吸い上げてしまったのであり、新駅は土地の繁栄には必ずしも繋がっていない。JRの駅中ビジネスは民業圧迫
 長野県では商品販売額を見ると、長野新幹線が停車する長野市では5年間で約400億円減少してしまったのに対し、新幹線が通らない松本市では143億円増えた。おそらく長野市の市民が新幹線を利用して東京などの大都市に出やすくなりそちらで買い物をしてしまう、ストロー現象が起こっている。高速輸送機関の発達は地方を衰退させる。
 リニアモーターカーは超高速ゆえ急カーブは苦手で、かつ最短経路に近づけるためできる限り直線的な線路を採り、そのため駅は概して県内でアクセスの不便な位置にある。
 リニア中央新幹線が停車すると予定されている長野県飯田市を中心とする市町村は、“夢のような”将来像を錬ってきた。リニア開通後の来訪者は現在の1日1500人から6500人と試算。経済効果は1年間で46億円。しかし、中間駅の停車本数は1時間に1本。6500人を1日18時間営業、上下36本で割ると、1本あたり約180人が下車する。東海道新幹線並みの座席利用率60%だとすると、そのうち3割が飯田で降りることになる。なんだか変だ。
 観光地にとって最も重要なことは、アクセスの良さではなく、そこでしか見られない、そこでしか経験できない、その地域の自然や文化そして景観の独自性。それ故その独自性を守り育て洗練することこそが重要。
 北陸新幹線開通時に「独り勝ち」といわれた金沢は、オーバーツーリズム(観光公害)が発生。近江町市場の異変。地元客の足が遠のき、観光客の買い物対象となる商品を扱っていない店(果物店)は店じまいするところが出てきた。生活空間が掻き乱され、様々なコストが上昇した。観光客急増によるコロナの早期伝播も。
 ⑦ポストコロナの社会的な構造そのものの変革
 東海道新幹線がこの半世紀にわたってもたらした東京一極集中を、リニア中央新幹線はさらに推し進めることになる。人口のみならず社会的機能が一極に集中している、にもかかわらず、エネルギーや食料やその他の生活必需物資の多くを地方あるいは外国に依拠している、社会構造が、地震や近年頻発する大規模な風水害に対してだけではなく、コロナのようなパンデミックに対しても極めて脆いということを学んだ。その意味においても、リニア中央新幹線は見直されるべきプロジェクト。
 リニア新幹線計画に対する批判は、福島の原発事故とコロナのパンデミックを経験した私たちが現在の日本社会の基本的なありように対してしなければならない総点検の一環であり、脱原発と平行して進めるべき重要課題ある。
 災害時に重要なのは人の輸送ではなく物資の輸送ハイテクよりもローテクノほうが自然災害には強い。地震などの自然災害に備えるのであれば、経営のお荷物のように扱われている赤字ローカル線を普段から貨物列車の走れる線路に維持し整備しておくべき。東日本大震災でも、東北地方を横断するローカル線が被災地を支えた。石油列車は1編成タンク車18両で、タンクローリー40台分の石油を運んでいる。
 物が運べないリニアや新幹線は災害時に役に立たない。新幹線の広い標準軌では貨物列車は走られない。東海道線で第二新幹線を作ることは、自然災害に対処するための役には立たない。
 今回のコロナ禍は、いかにしてその流行を終息させるのかという当面の課題だけではなく、それを越えた先の、社会の在り方そのものの変革を、それも世界的規模で迫っている。「ポストコロナ」はコロナ後の新しい生き方。人と人のつながりのあり方やそれを支えるインフラストラクチャーを含めて、社会的な構造そのものの変革でなければならない。

3.リニアをめぐるこれまでの経緯
 リニアの研究は1960年代に始まっていた。
 2011年にJR東海は国にリニア中央新幹線計画の認可を申請し、それに応じて国交省は省内の「交通政策審議会」の「鉄道部会・中央新幹線小委員会」に建設の妥当性の判断を諮問、そのさい小委員会はパブリックコメントを募集し、888件のコメントが集まっている。そのうち計画の中止や再検討を訴えたものが648件(73%)、計画推進を望む意見は僅か16件。しかし、小委員会の家田仁委員長(東京大学大学院工学系研究科教授)は、その圧倒的多数の反対意見を無視し、小委員会は「計画は妥当である」と答申した。そして福島の原発事故の2ヶ月後、2011年5月に政府はリニア中央新幹線計画を整備計画として決定し、建設・営業主体にJR東海を指名した。
 2014年に反対の声が顕著だったにもかかわらず、国交省はJR東海にリニア中央新幹線の着工を許可。
 2016年、安倍前首相は、法改正までして総工費のうち3兆円を低利の財政投融資でJR東海に融資することを決定した。リニア中央新幹線は準「国策」に格上げされた。コストの増加分の支払いが、国家が背後についことで確実となった。様子見をしていたゼネコン各社は一斉に食いついた。

4.リニア中央新幹線計画の闇
 ①大深度法の横暴
 2000年に議員立法「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」が成立し、翌年に施行された。地下をトンネルが通過する予定地の住民の同意を得ることなく工事が進められるという理不尽な法律。地下40m以上のところであれば、補償せず用地代を払わずに通ることができる。法案提出に当たって調べられた安全性は、地下空間であって、その上にある地上の建造物などではなかった。
 業者から200年もつといわれた5階建てのビルのオーナーに、相模原市のリニア事業対策課の職員が「このビルの下をリニアが通過する、取り壊して頂くことになるので、立ち退きか、低層への立て替えをお願いします」と告げられた。しかもJR東海はそれを自分たちでやらずに市の職員にやらせている。「公益、実質的には都市と大企業で使用する電力のために、ダム予定地の人たちはそれまで生まれ育った土地から立ち退きを強いられた」と同じように。
 そもそも大深度法は、財産権を保障している憲法、すなわち第29条・第1項「財産権は、これを侵してはならない」、第3項「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」だけではなく、土地所有に関する民法の規定にも反している。
 ②安倍政権下で事実上国策化した超伝導リニア計画
 本来なら財政投融資が使えないJR東海に対して法改正をしてまでの強引な3兆円という巨額の融資を決定した。「無担保で3兆円貸し、30年間も元本返済を猶予。しかも金利は平均0.8%という低金利」。不動産取得に関する税金も免除。
 行政監視の権限を有する国会がこの件に関与していないばかりか、「政府はリニア中央新幹線計画について閣議決定も閣議了解もしていない」、安倍首相ひとりの「政治判断」でなされ、きちんとした議論も審査もなく「安倍案件」として決定された。森友・家計問題を上回る闇。JR東海の葛西敬之名誉会長は、安倍首相と非常に距離が近い人物。
 ③ナショナリズムと科学技術の結び付き
 リニア新幹線計画は、本来なら福島の事故時点で即見直さなければならなかった時代錯誤のプロジェクト。原発は過去のエネルギーになりつつある。世界中の国が原発をいかにして減らしてゆくのか、いかにして無くしてゆくのかに懸命の努力をしているなかにあって、原発の増設、新設さえ必要とするようなエネルギー浪費型の技術は、周回遅れのトップランナーのようなもので、「世界をリードする技術」とは言えない。
 JR東海がリニア中央新幹線計画を進めることは、 経済上・経営上の大きな疑問符が付くにもかかわらず、大国主義的ナショナリズムに捉えているリニア推進論者の真の目的は、国際的なスピード競争に勝ち抜き、日本の鉄道技術の優秀性を世界にアピールすること。かつて世界に誇る新幹線を実現させたのと同様に、世界で初めて超伝導リニアを実現させ、最高速度の世界記録を樹立し、世界をあっと言わせて、今一度世界の鉄道業界のトップに立ちたい。
 どの電力会社も、需要があるから原発を新設するのではなく、原発を作るために新しい電力需要を掘り起こさなければならない状態に置かれていた。原発稼働の利害が一致。在来新幹線よりはるかに多くの電力を必要とするリニア新幹線は、原発の再稼働か新増設に依存することを前提として計画されている。強化された既得権益と前世紀的な成長への醒めない夢が、時代錯誤の巨大プロジェクトの温床となっている。

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