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なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか

2020年12月11日(金)


なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか野嶋剛著
nojimatsuyoshi.com/
扶桑社新書
2020年7月1日発行
880円
・SARSの教訓から指揮系統の一本化、中央と地方の一致、対策の合理性、情報の透明化、必要な準備、法体系の整備などの事前対策をしっかリ整えたこと
・12月31日に、台湾政府は、情報の把握、閣僚会議、検疫体制の強化、中国への確認、WHOへの通報、そして、国民への注意喚起を行ったこと
・トップが大局的観点から決断できたことと、これと思った人材を揃えることができる仕組みがあること
・「台湾を守る」への共感力が台湾のコロナ対策の原動力になったこと
・インターネットの無数の議論から生まれる世論上の判断が政策決定に活かされること
・台湾では、まずは国民の生命を守る感染押さえ込みを優先し、政府に保証や支援を求める「金」の話は後で構わないという考え方が強かったこと
・感染症対策については、国家は鬼になったこと
・台湾の人々は中国とWHO情報を信用しなかったこと
・ITに強いこと
などなどジャーナリストの分析はすごい。
時系列もお読みください
 ダイヤモンド・プリンセス(DP)号にいた台湾人乗客のために手配された専用機では、医師を含む20名が搭乗したが、羽田空港で防護服とマスクとフェイスガードを支給され、フライト中は食事もトイレも禁止された。トイレ用に紙オムツまで支給され、到着後は救急車で隔離施設に運ばれた。彼らは日本で下船前の検査では陰性だった人々である。台湾の「絶対にウイルスの侵入を許さない」という妥協なき防疫であった。
 一方、日本では、ダイヤモンド・プリンセス(DP)号の乗客が帰宅する時、横浜港からは自由行動であり、その後の追跡調査も厳格にはしていない。感染症対策については、国家は鬼になるべきであり、仏のような寛容な態度だけでは失敗してしまう。
 「台湾の奇跡」は、2019年の大晦日にスタートしていた。蔡英文は、「TIME」誌への寄稿の中で「この成功は偶然ではない」と述べている。2020年5月末時点で台湾の感染者は442人、死者7人、10万人あたりの死者数は0.03人と世界トップレベルにある。
 台湾で新たに14人の新規感染者 1日としては直近7カ月で最多(2020/11/27 )
japan.cna.com.tw/news/asoc/202011270007.aspx
 海外から持ち込まれた輸入症例。現在も市中感染はほぼ起きていない。
 武漢での封鎖の日々を日記に綴って公開した中国人作家の方方は、「一つの国が文明国家であるかどうかの基準は、弱者に接する態度である」と述べた。
 中国で新型コロナウイルスの感染拡大について警鐘を鳴らしたにもかかわらず、当局から謝罪に追い込まれ、自らも罹患して命を落とした武漢の医師、李文亮は「健全な社会は、一つの声だけであってはならない」と語っていた。
 新型コロナウイルス封じ込めに成功した台湾の保健大臣・陳時中氏の基調講演
kojima-dental-office.net/20201022-5336
 パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ
kojima-dental-office.net/blog/20200503-14266#more-14266
 ウイルスは生きている
kojima-dental-office.net/blog/20201028-14340
 ダイヤモンド・プリンセス号新型コロナウイルス感染症事例における事例発生初期の疫学(IASR Vol. 41 p106-108: 2020年7月号)国立感染症研究所
www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2523-related-articles/related-articles-485/9755-485r02.html
1.台湾に学ぶこと
 ①見直すべき日本の専門家と政治家の役割分担
 台湾においては、政治と専門家の役割分担が明確に行われている。専門家は知見の提供に徹し、政治家はその知見をもとに決断し、政策を実施した。
 安倍首相の会見を見ていて違和感を感じたのは、「専門家の皆さんの声をお聞きして」という表現が出てきた点だった。これは二重に問題がある。一つは自らの判断について責任回避が感じられること。もう一つは、万が一、その判断が間違っていた場合、専門家に矛先が向いてしまいかねないことである。
 専門家は専門家として、己の知見と学問的信念に基づき発言し、提言する。これに対し、そのどれを採用し、政策として実行するかは政治家の判断である。その対応が誤っていたとしても、政治責任をとるのはそれを採用した政治家であって、提言した専門家ではない。しばしば政治家たちは専門家の陰に隠れて、自らの責任を回避するのみならず、国民に対する説明までを彼らに丸投げする。
 ②公衆衛生の専門家
 日本は対策を“感染症”の専門家が主導し、台湾は“公衆衛生”の専門家が主導した。
 新種の感染症への対策においては、台湾のように公衆衛生の専門家をトップに起用し、その下に感染症対策、医療行政対策、社会政策対策、経済政策対策、リスクコミュニケーション対策などの人々が集いながら、総合的に政府に提言することが望ましい。
 日本政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は、単一性が高すぎたし、公衆衛生やその他の専門的な知見を存分に活用できる布陣にはなっていなかった。メンバーを見れば明らか。12人中、9人が感染症の専門家で、公衆衛生の専門家は1人しか入っていない。残り二人は、医師会と法曹界からの当て職。
 パンデミックレベルの拡散においては、通常の自然現象としての感染への対策では対応できなくなる。医師や研究者が対応できるレベルを超え、政治の出番となる。こうした医療レベルを超えた対策を考えるのが広い意味での公衆衛生学である。国民の命を守るために、国家の力をどう動員するかを考える学問である。
 医療は一人の命を救うところから発想するものだが、公衆衛生は集団の命をどう救うかから発想する学問である。一人の命を犠牲にしてでも100人の命を救うということも考えねばならず、そもそも拠って立つ場所が医療とは違う。

2.優先すべきは「金」より「命」
 台湾では、まずは国民の生命を守る感染押さえ込みを優先し、政府に保証や支援を求める「金」の話は後で構わないという考え方が強かった。2月25日に600億台湾ドルのコロナ対策・経済復興予算が計上された。実際のところ、飲食店などの営業自粛は行われず、補償金の条件となる50%減まで経営が落ち込まなかった。ホテルなどの従業員向けに実質的な支援策として、政府が連日、手当・食事付きで丸1日参加できる「研修会」開くなど、雇用継続に協力する細かい仕組みがいろいろとられていた。
 日本政府は2020年度補正予算案を4月30日にさせたが、旅行や外食料金の割引の「GO TOキャンペーン」が1.7兆円だったのに対して、感染拡大防止策や医療体制の整備も1.8兆円とほぼ同じ。
 ①「台湾を守る」への共感力こそが台湾のコロナ対策の原動力
 台湾ではインターネットへの接触率が高く、情報があっという間に拡散・共有される。社会はその時点での最大関心事の問題に意識を集中して無数の議論が交わされ、あっという間に世論上の判断が行われ、その動向を鋭敏に察知して政治家が政策決定に活かしていく。もし、誤った対応をとれば一気に世論から厳しい報復を受ける。強権主義をとらない台湾のような国の場合は、社会の共感力抜きにはスムーズな実行は難しい。
 ②メタ合理性

 感染症など国家の命運が左右される危機においては、合理性を超えた合理性、つまり「メタ合理性」というべきものが必要になる。もしも「中国との関係悪化」「台湾企業の損失」「対日関係への影響」「対米関係への影響」といった一見合理的な理由に動かされて決断が鈍ったら、台湾の今日のコロナ対策の成功はなかった。とにかくコロナを食い止める、蔓延させない、台湾を守るためにはいかなるコストも辞さない。短期的合理性について、先ずは敢えて問わない。このスタンスが結果的に台湾を救った。
 台湾は、政府のコロナ対策が総じて合理的で納得のいく公平なものであったことが大きい。誰一人としてこぼれ落ちないような気配りがなされていると感じさせた。マスク実名制の枠に入らない外国人の留学生や労働者へのマスク配布も行われていた。
 ③蔡英文だからできた対中遮断
 対中政策は、総統の決定事項であり、蔡英文のリーダーシップが発揮された。
 世界で最も早い段階の1月下旬に中国人の入国制限を強化し、2月上旬に全面入国禁止に踏み切った。台湾にとっては、台湾企業の対中ビジネスや中国人観光客の経済効果を考えれば、日本以上に痛みを伴う措置だった。しかし、ウイルス感染の蔓延のほうがはるかに失うものが大きいという大局的な判断があったからこそ、果敢な対中遮断が可能になった。
 日本は、中国からの入国制限を求める声が世の中から広くありながら、習近平国家主席の国賓訪日やインバウンドへの影響を配慮したせいか、3月9日まで入国制限に踏み切れなかった。
 ④後藤新平の衛生哲学
 海棠 尊 著「北里柴三郎」 盟友 後藤新平
kojima-dental-office.net/blog/20220816-15525#more-15525
岩手県生まれの後藤新平は愛知県で医師となり、日本の衛生制度の父、長与専斎の思想と仕事を受け継いだ。「世の中において、資本金を守ることを考えた時、最も衛生が必要大切であり、衛生法以外に資本を保護する方法はない」
 後藤新平は台湾で「疫病から市民を守ることが、近代国家の任務である」を徹底的に実行に移した。後藤が台湾に伝えた公衆衛生の伝統は、今回の新型コロナウイルス対策で花を咲かせている。
 台湾にとっては「衛生的」であることは、天から与えられたものではなく、自分たちの努力で勝ち取るものという意識が強い。
 台湾は議院内閣制ではないので、閣僚は基本的に立法委員(国会議員)からは起用されない。そのため、総統あるいは行政院長が、これと思った人材を揃えることができる。
 今回、最前線に立ったのは、副総統の陳健仁、行政院副院長の陳其邁、衛生福利部長の陳時中の3人である。3人とも医療関係の知見を有している。台湾において、医師出身の政治家が活躍する伝統がある。
 ⑤セカンドベストの生活
 学校の旧正月の冬休みは2月10日までの予定だったが、2週間ほど延長された。企業などでコロナ休暇が認められたので、大きな混乱は起きなかった。全学校へ非接触式の体温計、政府備蓄のマスクと消毒用アルコールが十分配給された。政府の衛生部門から感染予防指導の人員が各校へ派遣され、学校内の完全消毒も行われた。登校時に学校の正門で体温が計測され、38度以上は出席停止。児童や生徒、教師に一人感染者が出ればクラスを閉鎖、2週間以内に2人目が出れば学校閉鎖という分かりやすい対処方針も示された。

3.台湾は事前対策をSARSの教訓から
 指揮系統の一本化、中央と地方の一致、対策の合理性、情報の透明化、必要な準備、法体系の整備などの課題を、一つずつ、マークシートを埋めるように丁寧に真摯にこなしてきた。
 感染症対策は、その国の国力や経済力とはあまり関係がなく、政府の能力と市民の意識が決定的に重要になる。
 ①組織法の改正
 2004年から2005年にかけて、民進党は「疾病管制局組織法」、「衛生署組織法」を全面改正した。
 公衆衛生上の重要事態だと判断された時、指揮センターが立ち上げられる。政府の各部門からスタッフが一堂に集められ、中央政府と地方政府を横断的に指揮できる防疫対策の司令塔が成立する。指揮センターに与えられる法的権限はとても強力。何をしていけないのか、誰の許可を得なくてはならないのか、などは一切書かれていない。指揮センターのの指揮官は、軍を含め、政府のあらゆるリソースを動員できる。
 ②伝染病防治法の改正
 副総統の陳健仁は、台湾は「医療重視、公衆衛生軽視」の問題が存在していたと指摘した。医療は病後の治療であり、公衆衛生は病前の予防を受け持つ。SARSの後に、公衆衛生の重要性を再確認し、法体系によって支えた。
 台湾のスタイルは「信賞必罰」。自宅隔離や自宅検疫中に自宅から離れた者は、最高で100万台湾ドルの罰金が科せられる。逆に、隔離を終了すると、1万4000台湾ドルの補償金を政府に求めることができる。新型コロナウイルスの間違った情報を流した場合などは、高額な罰金が科せられ、刑事罰の処分も受ける。
 自宅で隔離中の人間が外部に出ると、すぐに携帯電話にアラートが飛んできて、自宅に戻るように指示され、それでも戻らないと警察沙汰となり、高額罰金が科せられる。
 台湾の行動把握能力の精度は高く、国民監視のシステムだと言えなくもない。ただ、GPSによる位置特定は、海外からの帰国者や濃厚接触者など隔離対象に限定され、大規模監視を前提としたシステムの導入は控えている。重要なことは、新型コロナウイルスの対策で威力を発揮したテクノロジーと集められたデータが民主的に運用され、感染症対策以外に使用されないことである。
 ③情報は、素早く、正確に、透明性、一貫性を持って公開されることが原則
 発生順にナンバーリングされた「感染者の一覧表」が不安を解消させた。男女の違い、感染ルート、居住地方(何部、北部、中部、東部の4つの分類)やおおよその年齢(20歳代というような表記)についての情報。海外からの帰国者については「中国、香港、マカオ」「ヨーロッパ」「アジア、北アフリカ」「感染ルートの確定待ち」という4つの分類がある。さらに、「中国大陸で仕事をしていた」「ダイヤモンド・プリンセス号に乗船していた」等の行動歴が明記されている。「感染ルートの確定待ち」は「感染ルートが追えない」のではなく、それぞれの状況と周囲の感染者は特定されているが、そのグループの感染のスタートがどこにあるか確定できないに過ぎない。
 台湾政府は、感染者やその濃厚接触者の追跡と特定を行う疫学調査をしっかりやっているとの安心感を与えることができた。
 情報を国民に届けるために正しい努力もした。中央流行疫情指揮センターの指揮官衛生福利部長の陳時中による記者会見は、ほぼ毎日午後2時に始まる。集まった記者団の質問に答える。危機管理と現状理解が共有される場が作り上げられた。どんな質問が来ても誠実に応答できる人間だけが政治を担うことができる。不安の源は、見えないウイルスへの恐怖。その恐怖を感じさせないためには、24時間対応で、民衆からの感染症に関する質問を受け付けている。徹底的に民衆からの電話相談に対応した。
 日本の感染者数の発表で不安を感じることは、感染ルートが分からない人の割合が5割や6割に達していること。また、正確な情報がどこにあるのか、常に悩まされ続けた。東京都や大阪府など自治体の情報と、厚労省の発表データの整合性がとれていない。発表する基準もコロコロと変わる。政府が正しい数字を知らせているのか、という根源的なところで、国民が疑いを持ってしまった。
 ④防疫医師制度の導入
 人材がいなければ、組織は機能しない。特に、世界を相手にする現代の感染症は、医学の知識だけではなく、高い調査能力や語学力、組織運営能力などが求められる。台湾政府は、2005年から防疫医師制度を導入することを決めた。
 その年には、法医、感染症、病理、内科など異なる分野による台湾CDC専従の医師7人が採用された。さらに2007年から、毎年5人の防疫医師を米CDCに派遣し、「エビデミック・インテリジェンス・サービス(EIS)」の訓練を受けている。
 EISはバイオテロの脅威に対して、1951年に米国の医師を訓練したことに端を発しており、米CDCでは常時100人規模の人員が存在している。彼らを鍛えているのは、いかに「患者を治療するか」ではなく、いかに「感染症の爆発を察知し、食い止めるか」という能力で、一般の医学とは一線を画している。
 日本にも1999年に国立感染症研究所で2年間の「実地疫学専門家養成コース」が開設され、毎年数人が参加している。日本では、実地疫学を最優先におく組織があまりないため、十分な活躍の場がなかなか得られない。日本にも疾病予防管理センター(CDC)的な司令塔組織が必要ではないかと思えてくる。

4.台湾の初動
 ウイルスによる感染症拡大への対策は、1週間の遅れが命取りになる。感染症対策において、初動とはあくまでも「敵」が何か分からない間に行うことを指す。感染症の歴史を振り返れば、その深刻さに気づいた時は既に手遅れになっていることが教訓として語り継がれている。
 12月31日に、台湾政府は、情報の把握、閣僚会議、検疫体制の強化、中国への確認、WHOへの通報、そして、国民への注意喚起を行った。「スピーデイー」で「集約的」な台湾のスタイルは、この初動の24時間にすべて現れている。
 日本で新型コロナウイルス対策が本格的に動き出し、国民的な関心事となったのは3月からだった。4月7日に緊急事態宣言が出され、楽観論は世の中から逃げるように姿を消し、3月から5月にかけてのおよそ3ヶ月間、日本人はずっと悪夢の中にいた。
 しかし、台湾では1月から2月にかけて、政府として、社会として、「やるべきこと」をやり終えていた。
 ①21世紀最大の国際保健上の危機は中国から始まった
 2019年11月に武漢市で原因不明の肺炎症例が出た
  12月上旬に武漢市の「華南海鮮卸売市場」で感染拡大
  12月27日、武漢市衛生健康委員会が、未知のウイルスによる感染爆発を把握
     30日に中央の国家衛生健康委員会へ報告
   中国では12月末の段階でウイルスの感染拡大の深刻さを承知していた
 2020年1月1日には感染源と疑われる同市場が全面閉鎖
   中国のウェブ上では「武漢の原因不明の肺炎」などのキーワードが検索不能となる
  1月3日には警鐘を鳴らした8人の医師が「偽の情報を流した」として処分を受けた
    同日には国家衛生健康委員会が全国に向けて、
     新型コロナに関する情報の拡散を禁止する指示を伝達
 ②台湾は若手が出した一つのレポートだけで、重要閣僚を揃えた会議を大晦日に開催
台湾の人々は普段から中国のネットの動向に敏感である。
 12月末には台湾政府にも武漢での原因不明の肺炎流行の断片情報は入っていた
 12月31日午前3時頃、台湾のフェイスブックに武漢市衛生健康委員会が正式に発出した12月30日付の1枚の通達がアップされ、それが医師仲間の間に広がり、その文書が台湾の衛生福利部の傘下にある疾病管制署の副署長であった羅一鈞の知るところとなった。
 タイトル「原因不明の肺炎治療状況に関する武漢市衛生健康委員会の緊急通知」
 「この1週間に診察した類似する原因不明の肺炎患者の統計を取り、
   本日午後4時前にメールで送るようにと書かれていた。
 疾病管制署の副署長であった羅一鈞は、睡眠をとらずに早朝までに、この通知に加えて、別ルートから得た情報「武漢市で27人の感染者が確認され、うち7人が重篤な症状である」をまとめた緊急レポートを衛生福祉部として台湾政府に提出した。
 12月31日午後、疾病管制署の副署長であった羅一鈞の第一報から僅か半日で、緊急の最高レベルの関係閣僚会議会議を開催。疾病管制署の副署長であった羅一鈞のような人材が最前線で万が一に備えて控えていることが台湾の強み。
 関係閣僚会議には、それぞれ正副トップが参加した。
  医療政策を担当する衛生福利部とその傘下で感染症対策を担当する台湾CDC
  警察行政を担う内政部
  入国管理を行う移民署
  中国問題を担当する大陸委員会
  司法部門を担当する法務部
 12月31日夜、行政院のスポークスマンは閣僚会議の開催を国民に向け明らかにした。即日、武漢から台湾に飛んでくる直行便に対して飛行機に検査人員が乗り込んで検疫を行う措置が実行された。

5.台湾の「水際対策」は世界最速
 ①水際対策のステップに突入
2020年1月2日、衛生福利部は医療機関に対して、
  武漢から入国した肺炎患者の医療行為にはN95マスクを着用するように求めた。
 3日には、10日以内に武漢への訪問歴のある人間で発熱や呼吸器異常が見られるものは、防疫ダイヤルに電話した上で、TOCCを告知しなければならないと表明した。後にすべての入国者にも義務づけられ、不実記載には罰則も定められている。
 TOCCとは、渡航歴、職業、接触歴、人混みに行ったかどうか表す情報で、台湾では感染症対策で定着している概念。検疫における「履歴書」のようなもの。台湾はSARSの経験から、入国時の体温測定だけでは感染の有無の把握には不十分であることを知り尽くしていた。
 台湾政府は、TOCCと入国管理にあたっている内政部移民署が収集したデータを、台湾CDCのデータにリンクさせた。僅か1日でそのデータリンクを実現させた。
 危険な地域から入ってきた人々のデータと、市中おける病院受診記録を結合することによって、第一線の医療人が患者と接する時に、その患者がどのような国に渡航歴があり、さらに誰と会っていたかや、どんな仕事をしているかを把握できるので、的確な判断が可能になり、院内感染のリスクも大幅に低減した。
 省庁間の連携調整にあたった行政院副院長の陳其邁は、「防疫は水漏れ箇所を探すのに似ている。完全に水漏れをなくすことは難しいが、できるだけ穴を塞ぐ努力はしておくべきである」と語っている。この水漏れ対策の一つが、TOCCの徹底とデータリンク。
 5日には、衛生福利部主催で「中国の原因不明の肺炎に対応する専門家諮問会議」を開催し、衛生福利部長の陳時中が自ら台北松山空港を訪問して武漢便への厳重注意を指示。 6日には、行政院副院長の陳其邁の主催で、関係部局を集めた会合を開催し、防疫体制の即時強化と、移動が増える春節への警戒強化が指示された。
 7日、台湾は武漢の感染症渡航情報をレベル1(注意)に引き上げた。
 8日からは中国と結ばれた空港や港湾で、台湾への入国者で熱のある場合は武漢滞在歴の確認を行うようになった。
 12日には武漢へ専門家を派遣。
 13日にWHOが武漢のウイルスをCOVID-19と命名し、このウイルスが未知のものであることが確認された。中国では死者の報告も上がっている。WHOは認めていなかったが、ヒトからヒトへの感染が疑われるようになっていた。
 15日には新型コロナウイルスをエボラやMARSなどと同等の法定感染症で最高ランクの「カテゴリー5」に指定した。これによって感染のおそれのある人間は、24時間以内に届出が必要になった。
 ②迎撃体制を整えた台湾が次に動いたのは「対中遮断」
 20日に武漢から台湾に戻ってきた台湾人女性の感染が判明
 「中央流行疫情指揮センター」を開設し、ウイルスを迎え撃つ体制を整えた。指揮センターが設置されたことは「有事」に突入したことを意味する。
 22日に武漢からの団体観光客の入国許可を取り消し、
  台湾と武漢を結んでいる7便を減便させていく
 24日に指揮センターのトップに衛生福利部長の陳時中が就任した
 24日には台湾から中国への団体旅行客を一時的に停止することを決定した
  その間、台湾で13人の感染者が発見され、全員武漢での滞在経験があった
 25日には、台湾政府は、中国の台湾訪問を包括的に制限する措置を決定する
  1年間で最も往来が活発化する、1月25日からの旧正月を迎えていたから、
   台湾政府が対中遮断を急いだ
 28日には、中国全体に対する感染症渡航情報をレベル3(渡航中止勧告)に引き上げた。
 2月1日、台湾が湖北省に次いで広東省を「流行地区」とし、翌2日から広東省住民の台湾への入国は禁止。中国の公式発表では感染が蔓延しているとは言えないが、不自然な情報がいくつも流れてきていた。広東省に4カ所も新型コロナウイルス専門病院が相次ぎ建築。
 台湾以外で広東省を危険地帯と見なしている国は米国だった。
 米国は1月末から広東省の在広州領事館の大幅な人員引き上げを行っている。「広東省が制御不能の状態に陥る可能性があるとの情報を米国政府は持っていた」この情報は日本と台湾は共に把握していたが、日本政府内では重要視されず、台湾政府は重視した。日本政府は、中国の感染状況について中国政府の公式発表をある程度信用していたが、台湾は信用していなかった。
 ③検疫と隔離
 3月の上旬から入国制限を段階的に拡大し、3月19日には特別な許可を得ている以外のすべての外国人の入国を禁止した。それでも、台湾人は欧州や北米などの感染拡大地域から逃げ出すように台湾に戻ってきた。それまでは100人に満たなかった感染者がみるみる増え、3月中旬から4月中旬の1ヶ月で350人近い感染者を出している。
 ここでも検疫と隔離の徹底は貫かれた。帰国者がピーク時には1日数千人に達したが、在宅検疫などの対象者を自宅やホテルに送り届けるための専用タクシーやバスが空港に準備された。最大時で5万人に達した管理対象者の健康状態も漏らすことなく丁寧に追い続けた。その結果、新規感染者数はゼロに近づいていった。
 日本との違いは、この海外からの帰国者ラッシュをどのように捌いたかにあった。日本では、海外から戻った人々に対する空港の検査体制の弱さが目についた。
 ウイルスから身を守るには、まず、ウイルスの侵入を防ぐ水際対策と呼ばれる「検疫」。もし侵入を許してしまったら、次善の策は疫学調査と検査によって感染者を探り出して「隔離」し、感染の機会をできるだけウイルスに与えないようにする。イタリアの作家、バオロ・ジョルダーノは、緊急出版された著書「コロナの時代の僕ら」で、感染した人をビリヤードのたまに例えて、弾かれた時、まわりにぶつかる珠がいないようにする。それが隔離。

6.マスク政治学
 ①マスク政策は新型コロナ政策の「次の一手」
 1月24日に台湾は「サージカルマスク」の輸出停止を表明。
 当時、台湾政府が備蓄していたマスクは4500万枚。毎日600万枚を備蓄在庫から出し、コンビニなどで販売した。1日一人3枚にもかかわらず、主要コンビニの8割で売り切れていた。
 28日に、台湾政府は、政府自らがマスク生産をサポートし、台湾自身によるマスク自主供給体制を確立することを決断した。旧正月の休暇返上で、台湾政府自身が60台のマスク生産機械を発注した。1台につき300万台湾ドル、合計8億台湾ドルの費用になった。1台湾ドルは3.6円。さらに、マスク生産をサポートできる台湾企業26社によるマスクチームが結成され、生産ラインを強化。政府が購入した生産機械は業者に分配して生産を委託し、生産量のすべてを政府で買い上げる仕組みを整えた。経済部はマスク生産機械を製造していた2社に対しても全力を尽くした。
 通常、台湾で工場からの卸価格はマスク1枚につき1.5台湾ドルだが、政府が2.5台湾ドルで買い取る代わりに、500万枚の生産につき120万枚は政府へ無料提供する約束となった。材料についても、不織布を生産する企業と連携をとり、供給に問題がないよう手配した。
 2月15日の段階で日産400万枚、3月中に日産1300万枚、4月末には日産1500万枚へ到達した。中国なしではマスクすら手に入らない状況から台湾は一足先に抜け出した。中国は日産1億枚で圧倒的ナンバーワンだが、台湾の生産能力は世界で2位につけた。日本政府に、マスク生産で台湾のように主体的な解決を試みた形跡はない。
 ②配布にITを活用
 台湾では2月6日からマスクの実名購入制を導入する準備を完了させた。オンラインで健康保険システムと紐付けできる特定薬局や保健所でIDや健康保険カードを提示して大人一人につき週に2枚まで、子ども一人につき週4枚まで買えるようにした。大行列を回避するため、ID末尾の奇数と偶数番号で購入日を分けた。回線がパンクしないように巨大なサーバーも買い付けた。
 この作戦を実現するために、台湾の「天才IT大臣」オードリー・タン(唐鳳)政務委員は、どの薬局にどれだけマスクの在庫があるか一目で分かるアプリを開発した。開発にかかった時間は僅か4日間、2月6日の実名制導入と同じ日にアプリも立ち上がった。アプリの運用にあたっては、利用者の意見を素早く反映しながら随時改善し、在庫資料も30分(現在は30秒)ごとに更新。できるだけ並ばないで済むようにと、マスクの在庫や混み具合を「見える化」させた。「必ずマスクが手に入る」という安心感につながった。航空会社、タクシー会社、医療機関、社会福祉施設など、多くの人と接する職場には、政府を通してマスクが無料配布された。
 3月9日には、大人一人週3枚、子ども一人週5枚に増やし、行列解消のためネット予約のコンビニ受け取り方法を導入した。政府から「関貿網路」という企業は「ネット予約のコンビニ受け取り方法システムを1週間で開発して欲しい」との依頼を受け、50人のエンジニアらで24時間体制を組んでシステムを作り上げた。5日間の開発、2日間のテスト、1週間で運用まで持ち込んだ。オンライン予約では本人確認のために政府の健康保険システムと連結する必要があり、また、支払については財政部、経済部、衛生福利部、そして銀行など金融機関や電話会社なども関わる。また、配送は中華郵政が行い、受け渡しはコンビニエンスストアとなる。
 ③マスク外交
 充分な生産余力を持ち、国内でのマスク供給に目途が立った台湾は、マスク外交に踏み出す。4月1日、蔡英文は、「1000万枚の医療用マスクを、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻な国に対して行うとした」と表明し、米国に200万枚、欧州に700万枚、友好国に100万枚(後に600万枚を追加)を配分すると明らかにした。日産1500万枚にまで高めたマスク生産能力は、台湾にとって国内のみならず、国際的にも役立つ武器となっている。

7.中国もWHOも信じなかった台湾
 デドロス事務局長をはじめとするWHO執行部が、中国の意向や情報に引きずられ、ウイルスの深刻さを過小評価するなど対応に誤りがあった可能性がある。ヒト-ヒト感染の警告やパンデミック宣言の遅れ、楽観的な情報でミスリードしたことなどは、世界に与えた影響はあまりに甚大である。
 ①台湾が2019年12月31日にWHOに送った英文メール
 「本日入手した新しい情報によれば、少なくとも7例の非典型的肺炎が中国・武漢で報告されている。現地の保健当局がメディアに答えたところでは、これらのケースはSARSではないとされている。既に患者は隔離治療されている。」
 ②2020年3月23日の米国務省モーガン・オルタガス報道官がツイート
 「12月31日、台湾が初めてWHOにこの疾病がヒト-ヒト感染を起こすことを警告した時、中国は1月20日までヒト-ヒト感染を起こすことを認めようとせず、しかも告発しようとした医師の口をふさいで、破滅的な結果に繋がった」と批判した。
 米国の指摘を受けたWHOが「台湾からヒト-ヒト感染に関する連絡は受けていない」と反論した。
 台湾の衛生福利部長の陳時中は「プロなのに素人のようなことを言う」と痛烈に反論した。確かにWHOの言うように、ヒト-ヒト感染については触れていない。しかし、非典型的肺炎(つまり感染症による肺炎)であり、隔離治療を行っていることに言及しているということは、事実上ヒトからヒトへの感染を意味していると台湾側は主張した。
 ③WHOへ通報
 
中国は1月3日にWHOへ通報したとしているが、WHOは中国に事実関係の照会を行い、即応体制をとったという。これが事実であれば、「中国からの通報」ではなく、「WHOの照会に答えた」ということになる。
 2005年にWHOが改定した国際保健規則(IHR)では、「原因は問わず、国際的に公衆衛生上の脅威となりうる事態」が生じた場合には、WHOに24時間以内に報告することをすべての国に義務づけている。
 台湾は加盟国ではないが、この規則に則ってWHOに中国の問題を通報した。しかし、中国では12月には感染が広がっていたとされるにもかかわらず、武漢市政府からも中国政府からも、すみやかなWHOへの通報が行われた形跡がない。

8.WHOの新型コロナウイルス対応
 2019年12月31日に台湾がWHOに通報した。
 1月1日にはWHO内に対応グループが立ち上げられている
 1月10日にWHOは加盟国に人から人への感染については「ない、または限定的」とサジェスチョンを行う。これは中国の報告に基づくもの。
 1月14日にはWHOは公式ツイッターで「新型コロナウイルスが人から人へと感染する明確な根拠はない」と発表している。同日、「限定的なヒトからヒトへの感染が起きる可能性がある」と見解を変更している。こうしたふらつく情報発信が世界と武漢の人々をミスリードすることになった。
 この時期、武漢では急速に感染が拡大しており、ヒトーヒト感染が疑われておかしくない状況だった。だが、中国は対外的にはヒトーヒト感染が起きていると認めていなかった。だからWHOもヒトーヒト感染については踏み込めないでいた。
 その影響を日本も受けている。厚労省は1月20日に「ヒトーヒト感染の明らかな証拠はない。また、医療従事者における感染例も確認されていない」と記述していた。厚労省クラスター班の主力メンバーでもある東北大学の押谷仁教授は1月20日の時事通信の記事で、「国内で感染が広がるリスクはほぼない」と言い切り、川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長も同じ記事で、「国内の人は特別な対策は必要ない。手洗いやマスクなど、インフルエンザの予防策をとれば足りる」と答えている。
 ところが、実際は中国で医療従事者の感染例は起きており、その情報は隠蔽されていたことが、その後に判明している。
 1月22日に中国はWHOにヒトーヒト感染があることを報告した。
 23日には武漢のロックダウンも始まった。その時点で感染者509人、死者17人を明らかにした。だが、12月31日から1月21日までの空白の3週間がどれほど世界の人々の生命を危険にさらしたか。WHOの責任は重い。
 2020年1月20日から21日にかけて、WHOは中国に専門家を派遣し、武漢にも短い時間だが視察に入っている。その上でWHOは1月22日に緊急委員会を開いたが、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」に指定しなかった。ここで指定されると、加盟国はWHOへの報告義務などが生じるうえ、WHOは入国制限などの措置を勧告することもできる。この制度はSARSによる中国の情報隠しに手が打てなかったことの反省から2005年に導入された。
 それから3日後、WHOは「中国で病状は深刻ではあるが、いまだ世界的な緊急問題とはなっていない」との声明を出した。それからテドロス事務局長は北京へ飛び、習近平国家主席と会談し、中国の対応を称賛した。「中国の素早さ、効率性は中国の体制の強みだ」と、中国が言って欲しいことを言ってのけたことに世界が驚かされた。
 1月30日にWHOは緊急事態指定を行ったものの、テドロス事務局長は「中国は感染拡大阻止に並はずれた措置をとった」と中国を称賛した。
 その後、武漢の封鎖にもかかわらず、感染は中国の他の都市、さらにはアジア、ヨーロッパへ広がる動きを見せた。
 2月4日のWHOの執行理事会で、テドロス事務局長は渡航制限に関してコメントした。中国への渡航歴がある人物の入国拒否などを各国が打ち出していることについて、「公衆衛生上の意味はあまりなく、不安や悪いイメージを助長する恐れがある。WHOは推奨しない」として各国に自重を求めた。だが実際に、この時点で20数カ国が渡航制限を行い、感染の拡散防止に効果を発揮したとされている。日本はそんなWHOによる中国情報を真に受けたことで、初動にワリを食った。中国情報に対する批判的見解を持とうとしなかった日本の専門家や厚労省にも反省すべき点は大いにある。
 3月11日になってWHOはようやく「パンデミック(世界的流行)」の宣言を出す。
 ところが5月上旬、WHOの駐中国代表のガウデン・ガレアが、英国のスカイニュースのインタビューに対して、「WHOが何度も中国に新型コロナウイルスの調査に入りたいと求めても拒絶されてきた。また、WHOとしてはウイルスの発生地は武漢にあると考えている」と語ったことが伝えられた。ガレアはウイルスに対する徹底的な調査が必要で、その対象は武漢にある2つの実験室(武漢ウイルス研究所と武漢市疾病予防センター)の日誌が含まれていないとならないが、WHOはアクセスを認められていない。WHOも対中傾斜への世界の批判を意識して軌道修正を図ったのかもしれない。

9.中国に支配されるWHO
 ①テドロス事務局長誕生の背景
 従来の理事会は、拠出金が多い米国、日本、英国、フランス、ドイツ、中国などの発言力が強かった。事務局長は理事会で非公開の選挙によって選出されていた。
 2017年の選挙は194の全加盟国・地域による投票で行われるなった。「民主化」の波が広がる中で、開かれた選挙方法を利用しようとしたのが、中国。中国は途上国の多くの票を集約し、テドロスを当選させるべく票固めに活発に動いた。テドロスが中国に頭が上がらないのは、中国に大きな借りがあったため。
 ②WHOは、巨大組織
 医師や研究者も含めて8000人の職員を抱え、2018~2019年の予算規模は56億ドルに達する。WHOは国連の傘下ではあるが、実質的にはかなりの自治権を持って運営されている。WHOの事務局長に対して、国連事務総長が指揮権を有していない。
 国連の専門機関ポストについては、安保理常任理事国の五大国はそのトップをとらない不文律がある。現在、中国は国連食糧農業機関、国際民間航空機関、国際電気通信連合、国際連合工業開発機構という4つの国際機関のトップを送り込んでいる。この10年の影響力拡大は目に見張るものがある。WHOのように中国が影響力を行使しやすい人物も含めれば、中国の国際機関への浸透は相当進行している。
 ③中国の掟破りに敗北した尾身茂
 2006年のWHO事務局長ポストをめぐる日中の直接対決。前任者の韓国人事務局長の急逝に際して、尾身茂は事務局長に立候補し、中国が押した香港出身のマーガット・チャンとの戦いとなった。結果は敗北。
 2006年6月5日、尾身茂は日本政府から打診され、出馬を覚悟した。その時の官房長官が安倍晋三首相。当時のWHO事務局長選挙は34の理事国による間接選挙。
 尾身茂は大学で地域医療を学んでWHOに入って出世を遂げた。2003年のSARS流行時は、WHOの西太平洋地域事務局長の職にあり、危機のコントロールで活躍して評価を上げた。中国には厳しくWHO調査団受け入れを迫った経緯があった。

10.3段階の隔離
 台湾で感染が確認された場合、症状の重さや有無に関係なく、全ての人に対して指定病院への入院措置がとられる。一方、感染者以外の隔離措置が3段階に分かれている。
 ・感染者と一定程度の接触があった人は「在宅隔離」に、
 ・海外から帰ってきた人などは「在宅検疫」に、
 ・陰性であったが連休中に人混みに行ったことがある人などは、「自主健康管理」
 自主健康管理は、14日間毎日自分で体温を測るなど健康状態に注意を払い、外出時にはマスクをする等の規定がある。違反への罰則はない。
 一方、在宅隔離と在宅検疫には強制力が伴い、どちらも14日間隔離場所から一切の外出は認められない。常時マスクを着用して、家族も1メートル以上の距離をとらなければならない。使用した家具などは1日3回の消毒を行う。毎日、政府の衛生部門から2度携帯電話に連絡がある。このルールに違反した者には最高100万台湾ドルの罰金が科せられ、強制的に隔離施設に移送される。
 在宅検疫が最大時は全台湾で5万人に達し、台北市だけで1万人に及んだ。到底行政機関だけでは対応できず、利用されたのが里長制度であった。里長などの里の幹部は、少なくとも1日に1回、場合によっては2回、対象者に携帯電話で健康状態などの確認を行った。そのうえで、対象者の健康記録を作成して保存する。時には電話に出ない者もいて、隔離場所に駆けつけて所在確認をしなくてはならない。もし外出しているとなれば、里長には警察への通報義務が課せられる。里長は、多くの住民の顔や名前、家族構成を把握している。隔離対象者の物心両面のケアに里長はうってつけだった。里長は国家と民衆の隙間を埋めるような存在である。

11.レベル1の台湾とレベル3の日本ではレベルが違う
 防疫に必要なのは、
第一に水際での侵入を食い止めること(レベル1)
第2に侵入を食い止められなかったら、流行が小規模なうちに徹底的に検査・隔離を行うこと(レベル2)
第3に徹底的な検査・隔離が行えないほど感染が弘月鱈都市封鎖などで人の移動を少なくしてウイルスに感染の機会を与えないこと(レベル3)
 日本においてはレベル1はほとんど具体的に措置を講じる間もないまま、レベル2,そしてレベル3に突入してしまった。

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