のぼるくんの世界

のぼる君の歯科知識

栗山ノート

2023年06月24日(土)


栗山英樹著
光文社
2019年10月30日発行
1300円
 参考に
 歯科関連ニュース 5.4.14.【7】WBC優勝 栗山英樹監督に学ぶ
kojima-dental-office.net/20230414-6934
野球ノートをつける習慣
 小学校1年から野球を始めた。小学校当時は、その日の練習メニューを書き出したり、気になったプレーを図解したりしていた。中学から高校、高校から大学と野球を続けていく中で、ノートと向き合う気持ちは変わっていく。チームが勝つためにどうすればいいのか、という考えが織り込まれていく。テスト生でヤクルトスワローズに入団してからも、練習後や試合後にノートを開くことは習慣化されていたが、自分のプレーを整理できず、書けない日もあった。
 学生時代から本には親しんできた。本を読んでいくうちに、成功を収めたと言われる人たちの共通点は、古典に当たっていること、『四書五経』、『論語』、『易経』、『韓非子』といったものの教えが時代を超えて模範的で普遍的な価値を持つこと、に気づいた。2012年に北海道日本ハムファイターズの監督になってからは、リーダー論や組織論などのビジネス書にヒントを求めることが多くなった気がする。野球ノートをつけることと、古今東西の古典を中心とした読書の旅を並行していくと、野球を野球の常識だけで読み解くべきではないという思いに辿り着く。

1.信じ抜く
 相手を信じることは、見返りを求めないこと。
 ①夫れ主将の法は、務めて英雄の心を攬り有功を賞禄し、志を衆に通ず
 六韜三略』の「三略」に語られている。上司が犯したミスを「それは違います」と勇気を振り絞って指摘した忠告をはねつけてしまったら、人材を活用できない。心をつかむということは、人の声を大切にすること。
 成功をつかめない組織を分析すると、上司が部下を大切にしていないケースが極めて多い。仕事を始めたばかりの頃に抱く気持ちには、私利私欲も損得勘定もない。
 ②すべて上に立つものは、得意な方面があることがよくない。専門分野を持つべきではない
 江戸中期の儒学者、荻生徂徠の言葉。「ある分野に熟達していると、たとえ自慢をしなくても、人情の常としてその人を見下して意見を聞き入れようとしない。下の者の意見も素直に吸い上げることが出来るように、ある分野に熟達しない方がいい」と説いた。自分を見失いがちな時、決断に迷う時、チームの結果が出ていない時、この言葉を思い返す。
 江戸時代の俳諧師・松尾芭蕉は「松のことは松に習え。竹のことは竹に習え」と言っている。知ったかぶりをして、自分本位に気づかないまま、口を出してしまう。コーチを信頼して任せるべき。私がやるべきなのは、口を出すことではなく、コーチの話をしっかり聞き入れ、それでいいかどうかを判断すること。任せきりではなく、最終判断を下す。
 大打者の、名投手の意見には重みがあり、聞き手を従わせる強さがある。ただ、それがすべての選手に当てはまるかと言えば、必ずしもそうではない。
 ③人間は自ら気づき、自ら克服した事柄のみが真に自己の力となる
 森信三先生の言葉。知識と経験は違う。自分で考えて、自分で問題にぶつかって、失敗もして、自分で解決したものでなければ、本質にはたどり着けない。机上でどれほど知識を増やしても、実践では値打ちがない。
 人の話を聞くことは、気づきに繋がる。頭の中に浮かんでいた疑問符が、誰かの助言によって感嘆符に変わることがある。
 ④信賞必罰
 中国戦国時代の法家として知られる韓非は、著書『韓非子』で「君主にとって害となるのは人を信じることである。人を信じればその人に制せられることになる」と説いている。孟子が唱えた性善説を楽天主義である、と批判した。私は性善説の立場とる。裏切られたら、その理由に気づかなかった自分を責める。
 「賞」は、率先して自分が渡し、「罰」は部長や課長に任せるは、リーダーが陥りがちなエゴ。言いにくいことを自分が避けるのは、相手に悪い感情を持たれたくないから。1軍でプレーしている選手を2軍に落とす場合は、私が選手に伝える。2軍に落とされたことに納得できずイライラしているのか、自分がふがいなくてイライラしているのかが、実際に合わないと感じ取れない。
 ⑤嫌うは嫌うほど追いかけてくる
 仕事でも人間関係でも、嫌いなものは追いかけてくる。自分が嫌だなと思うあの人は、自分の足りないものを教えてくれる、自分を磨いてくれる存在。「嫌だな」という気持ちに別角度から光を当てると、過去の嫌なことは気づきを得る貴重な経験となり、感謝を抱けるようになる。
 ⑥大壮は貞きに利ろしとは、大なる者正しきなり。正大にして天地の情見るべし
 「易経」の一節。「勢いに乗る」が「得意になる」になってはいけない。「自分が絶好調だ、何をやってもうまくいく」という心理は、周りに対する気配りを欠いたり、思いやりが薄れたりすることに繋がる。謙虚さを失った状態では、細部まで目が行き届かない。
 調子がいい時だからこそ、自分を見失わないようにしたい。私自身は服装を整える、整理整頓を心がけるといったことにいつも以上に敏感になる。

2.ともに
 聞き手の心に届く言葉を持つには、本を読まなければならない。吉田松陰は「書を読む人はその精力の半ばを筆記に費やすべき」と言っている。読むだけでなく書くことで、初めて心に入っていくから。
 ①乃知玄徳己深遠
 論語教育者の伊輿田覺先生は、「監督は真ん中になればいい」。「同質の者だけを結んだのでは、大きな力にならない。多くの異質の個性ある人間を集めて、それを調和してそこに大きな働きを生じさせるということが、必要。」とも言う。すごくいいものばかりを集めても、掛け算にならない。走攻守揃った選手だけでなく、一芸に秀でた選手もうまく中和できれば、掛け算になって大きな力を生み出す。監督という仕事は、「自分とは考え方の違う選手たちをうまく組み合わせることで、掛け算の組織を作っていく」ということになる。「大工も棟梁になれば自分の優れた腕を捨てなくてはいけない。逆に優れた腕を持ったものを生かしていくのが棟梁の仕事。」
 ②強くなりすぎれば必ず折れる
 中国の武経七書のひとつ、『六韜』にある言葉。強さは脆さと背中合わせ。気持ちを張り詰めてばかりいると、どこかで折れてしまう。折れた後の再生はとても難しい。組織に当てはめると、過度の緊張状態が解けた後のリバウンドは難しい。「折れる前に緩めておくべき」。
 「弱さ」に着目。弱いからこそ、人に優しくなれる。人の痛みが分かる。強くなるための努力を怠らない。しなやかさが強さを、柔らかさが硬さを凌駕する。心の持ち方にしても、「強さ」は必ずしもオールマイティではない。自分の弱さを認めている人の方が、ドッシリとした態度で事に当たることが出来る。本当に強い人は、絶対に強く見せない。これが、真の強さと「強がり」の境界線。
 ③夢を見ることは重荷を背負うこと
 松下幸之助さんが言う「重荷」とは、自分に都合の良い甘えを捨て去り、夢を実現するために邁進する覚悟や決意。
 何かひとつが崩れると、すべてが崩れるのが組織。最低限の服装を心がけるのは社会人としてのマナーでありエチケットで、組織が健全さを保つための必要条件だと私は思う。

3.ためらわず
 『論語』に「敏なれば即ち功あり」という教えがある。やるべき事を先送りしないで、できるだけ敏速に処理していこう。苦手なものを後回しにしてしまうのは、人間の性。
 何か新しいものを生み出すには、「常識を疑う」が必要。常識にとらわれない判断や行動は、多くの場合で周りと歩調を合わせないことになる。周囲からどう評価されているかを判断基準に行動しない。集団のルールを守り、社会人としての規律から逸脱するようなことはしない。ただ、先入観に引っ張られることなく、人を生かす、組織を生かす、未来を創る、ということを考える。 「革新」が「常識」となるまでには改良や改善が必要。
 ①これを知るものはこれを好むに如かず。これを好むものはこれを楽しむものに如かず
 『論語』の有名な言葉。知ることより好きなことが、好きなことより楽しむことが上達に繋がる。楽しむこと、楽しませることを忘れてはいけない。野球の常識に引っ張られていたらワクワは生まれない。先入観を持たない。人を生かすことが最初で、その次に野球があり、戦術や戦略がある
 ②時宜に叶はざる事は拘泥すべからず
 幕末の時代に生きた佐藤一斎が、出身地の岩村藩のために作った『重職心得箇条』は、現代にも生きるリーダー論。問題を処理するには時宜を考えて最初に自身の案を立て、それから先例を参考にすべきである。自身の案なしに先例から入るのが、一般に見られる弊害である。
 ③すべては反対から始まる
 『老子』で語られている。試合中の決断は、ゆっくり考えれば答えが出るものが多い。しかし、実際は、瞬間的に状況が変わる。自分たちがどうやりたいかではなく、「相手のベンチはどっちが嫌かな」という前提に立つとすっと答えが出る。反対から始まると「発想の幅を持つ」ことに繋がる。固定化した価値観で物事を判断するのではなく、反対側を意識することで違う景色に出会うことが出来る。思考のバランスをはかる。
 ④善は弁ず。弁ずるは足りず
 老子が残したことば。善の生き方をしていれば、「自分はこうしている」とか「こんなに頑張っている」とは言わない。アメリカの発明家で初期のコンピュータやインターネットの開発に関わったダグラス・エンゲルバーとは、「人が成熟する速度は、その人がどれだけ恥に耐えられるかに比例する」と話している。

4.霜を踏みて堅氷至る
 古代中国の書物『易経』の中の言葉。「まだ霜で氷でないけど、氷が張ってもいいように準備しておこう」。物事には予兆があり、それを見逃さないで対処し、改善の兆しを察知すべき。筋肉系の怪我は、多くのケースで「予兆」がある。油断が元凶。兆しを感じとってら、甘くみてはいけない。
 ①至誠にして動かざるもの未だ之れ有らざるなり
 吉田松陰が大切にしていた孟子の言葉、「誠を尽くせば、人は必ず心を動かされる」。誠を尽くしていると、勘が働く。変化に機敏になる。私心が入り込んだ瞬間に、人は誠を尽くせなくなる。ケガの予兆を察したら、ほぼすべてのケースで無理はさせない。
 ②成功は常に苦心の日にあり、負時は多く得意の時に因ることを覚る
 大正から昭和にかけての陽明学者にして思想家の安岡正篤の言葉。成功とは苦しんだ日々の創意工夫と努力から生まれ、失敗とはおよそ順境の時に慢心し油断することによって起きる。小さな変化に敏感であるために、私は二宮尊徳の「心田を耕す」という教えに惹かれる。
 ③徳は孤ならず、必ずとなりにあり
 一目置かれる存在とは、自分が選んだ道をひたむきに突き進んでいく。自分を律することにためらいがない。スランプに陥っても、自分の仕事に専念する。一生懸命に打ち込んでいる人は魅力的。
 自分なりの目標や夢を見つけたら、孤独になることを恐れずにいたい。自分の内面と行動を磨くことに魂を注いでいれば、並走してくれる仲間が、手助けしてくれる賛同者が、必ず現れる。たくさんの繋がりが一人ではたどり着けない所まで私を導いてくれた。

5.逆境に
 逆境にさらされると、思考のスイッチはマイナスに入りがち。逆境は歓迎すべき状況ではないけれども、悪いことばかりではない。問題を先送りせずに、できるだけ敏速に対処すればいい。逆境は学びの機会として最高。うまくいかなかったことを教訓として解決方法へ辿り着くプロセスでは、柔軟な発想が身に付いていく。逆境に正面から立ち向かっていけば、突破力が身についていく。そして、頑張っているあなたを助けてくれる仲間が、必ず現れる。
 ①泰然と
 『論語』には、「人の役に立つ行いをする人は、成すべきことの責任は自分にある。一方、自分本位の考えを持つ人は、責任を他人に押しつける」とある。「敗戦を選手に押しつけない、ミスを選手の責任にしない」を監督就任から行動規範としてきた。
 相手が応えてくれないと、冷静さを保つことが難しくなる。できなかったことには理由がある。相手ができないことは自分の説明が足りなかったからで、他者を責めるよりも先ず自分を見つめる決意を胸に秘める。私の考える「泰然」とは、相手に我慢させないこと。
 ②直・方・大なり。習わずして利ろしかざるなし
 「易経」の一節。教えられたことを私情や理屈で曲げずに、素直に受け入れて徹底的に実践できる人は、智恵の一滴を与えられただけでも、習わずとも広大に延びていく。
 知識や技術を手にすると、精神を置き去りにしてしまう。それさえあれば大丈夫、問題ないといった錯覚に陥る。ところが知識や技術を使いこなすためには「魂」がなければならない。「魂」は覚悟に置き換えることができる。蓄えられた知識や技術を最大限に生かす覚悟をもつ。「これさえ知っていれば大丈夫」とは考えずに、新しい知識や技術も取り入れ、目標達成への闘争心を絶え間なく燃えし続けていく。
 ③徳とは困難を乗り越えていく権謀
 中国の武経七書のひとつ、『六韜』からの引用。大事な局面で、「マイナスの想定」をする。打たれたくない、抑えて欲しい、という思いに支配されていると、相手のバッターが快音を響かせた瞬間に、うなだれるに違いない。「やられた」と思う。打たれるという「マイナスの想定」をしておくと、「そういうこともある」と、割り切って考えられる。準備が大切。次の瞬間の映像をイメージしておく。組織で生きていると、「私心をなくす」ことが重要。私はそれを心がけている。
 ④知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず
 『論語』の言葉。智恵のあるものは、事を成すに当たって迷いがない。仁の徳のあるものは何事にも心配することがない。真の勇気があるものは、恐れることがない。
 自分の利益ではなく、彼らの成長を優先する、将来に繋がる起用を考える「仁」の心に基づけば、自分本位の過ちを犯すことはない。勇者は、失敗すること、負けることの怖さを知った上で志を貫く。

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