のぼるくんの世界

のぼる君の歯科知識

自閉症の僕が跳びはねる理由

2021年04月18日(日)


自閉症の僕が跳びはねる理由東田直樹著
平成28年6月25日発行
角川文庫
560円
 自閉症のお子さんの歯科治療
kojima-dental-office.net/20090208-827#more-827
 僕は今でも、人と会話ができない。声を出して本を読んだり、歌ったりはできるが、人と話をしようとすると言葉が消える。1~2単語は口に出せることもあるが、その言葉さえも、自分の思いとは逆の意味の場合も多い。幸いにも訓練で筆談というコミュニケーション方法を手に入れた。今ではパソコンで原稿も書けるようになった。この本を執筆したのは13才。純粋でひたむきだったあの頃の僕にしか書けない文章だと思う。
 自閉症の子供の多くは、自分の気持ちを表現する手段を持たない。孤独で夢も希望もなく、ただ与えられた毎日を人形のように過ごすだけ。両親でさえも、自分の子供が何を考えているのか全く分からない。自閉症の人の心の中を僕なりに説明することで、少しでもみんなの助けになることができたら僕は幸せである。自閉症を個性と思ってもらえたら、僕たちは今よりずっと気持ちが楽になる。謎だらけの自閉の世界を旅してください。
1.言葉について
 ①筆談とは
 筆談とは、話すという神経回路を使わずに、自分の気持ちを表現する方法。僕が自分の意志で筆談できるようになるまで、長い時間が必要だった。今はパソコンや文字盤を使って、本当の自分の気持ちを表現できるようになった。
 お母さんが文字盤を考えてくれた。指すことで言葉が伝えられる文字盤は、話そうとすると消えてしまう僕の言葉を、つなぎ止めておくきっかけになってくれた。
 ②なぜ大きな声は出るのか
 コントロールできない声は、自分が話したくて喋っているわけではなくて、反射のように出てしまう。無理に止めようとすると、自分で自分の首を絞めるくらい苦しくなる。
 人に迷惑をかけていることは分かっているが、僕たちは静かにするやり方が分からない。
 ③なぜいつも同じことを尋ねるのか
 聞いたことをすぐに忘れてしまうから。みんなの記憶は、線のように続いている。僕の記憶は点の集まりで、僕はいつもその点を拾い集めながら、記憶をたどっている。
 ④なぜすぐに返事をしないのか
 自分が答えようとする時に、自分の言いたいことが頭の中から消えてしまう。言おうとした言葉が消えてしまったら、相手が何を言ったのか、自分が何を話そうとしたのか、まるで分からなくなってしまう。
 ⑤あなたの話す言葉をよく聞いていればよいか
 声は出せても、言葉になっていたとしても、それがいつも自分の言いたかったこととは限らない。「はい」と「いいえ」を間違えることもある。僕たちの話す言葉を信じすぎないでください。
 ⑥どうしてうまく会話できないのか
 僕たちは話さないのではなく、話せなくて困っている。話したいことは話せず、関係のない言葉は、どんどん勝手に口から出てしまう。不良品のロボットを運転しているようなもの。
2.対人関係について
 ①どうして目を見て話さないのか
 相手の目を見て話すのが、怖くて逃げていた。僕らが見ているものは、人の声。全ての感覚器官を使って話を聞こうとする。真剣に耳をそばだてていると、何も見えなくなる。目に映っているが、それは何かを意識できない。意識できないので、見ても見えていないのと同じ。
 ②みんなといるより一人が好きか
 僕たちもみんなと一緒がいい。自分のせいで他人に迷惑をかけていないか、嫌な気持ちにさせていないかを気にしている。そのために人といるのが辛くてなつて、つい一人になろうとする。
 ③なぜ声をかけられても無視するのか
 すぐそばの人が僕に声をかけてくれても気がつかない。気がつかないと知らん顔しているとは違う。ずっと遠くの山を見ている人は、近くのタンポポの可憐さには気がつかない。声だけで人の気配を感じたり、自分に問いかけられている言葉だと理解することは、とても難しい。声をかける前に名前を呼んでもらって、僕が気づいてから話しかけてもらえると助かる。
 ④どうして表情が乏しいのか
 ずっと困っているのは、みんなが笑っている時に僕が笑えないこと。僕たちは、美しいものを見たり、楽しかったことを思い出したりした時、心からの笑顔が出る。でもそれは、みんなの見ていない時。
 ⑤なぜ手のひらを自分に向けてバイバイするのか
 自分の目で見て確かめられる部分を動かすことが、僕たちの最初にできる模倣。向きが逆と言われ、僕は意味が分からなかった。真似することは難しい。ある日、全身が映る鏡を見て、手のひらだけが自分の方に向いていることに、僕は気づいた。
 ⑥少しの失敗でもいや?
 何か失敗すると頭の中が真っ暗になる。ほんのささいな失敗でも、僕には天地がひっくり返るほどの重大な出来事。感情を抑えることが難しい。そのショックで僕自身が崩されてしまう。していいことと悪いことも、その時には分からなくなる。逃げ出すために、泣いてわめくだけではなく、物を投げたり人を叩いたり、いろんな手段をとる。
 しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した時、僕は我に返る。気がつけば、僕が暴れた跡だけが残っている。
 ⑦どうして言われてもすぐにやらないのか
 やりたくない訳ではない。気持ちの折り合いがつかない。魂以外は別の人間の体のように、自分の思い通りにならない。自分の体を自分の物だと自覚したことがない。
 ⑧何が一番辛いか
 自分が辛いのは我慢できるが、僕たちが一番辛いのは、自分のせいで悲しんでいる人がいること。
3.感覚の違いについて
 ①空中に字を書くのはなぜか
 書きながら見たものを思い出す。それは、場面ではなく文字や記号。文字や記号は、僕の大切な友だち。いつまでも僕の記憶の中で変わらない。寂しい時、嬉しい時、僕たちは文字を思い出す。文字を書いている間は、何もかも忘れることができる。そして、文字と一緒の僕は、一人ではない。
 ②手や足の動きがぎこちないのはどうしてか
 手足がいつもどうなっているのかが、僕には分からない。僕にとっては、手も足もどこからついているのか、どうやったら自分の思い通りに動くのか、まるで人魚の足のように実感のない物。
 自閉症の子供が、人の手を使って物を取ろうとする。距離感が分かってないために、自分の手をどのくらい伸ばせばそれに届くのか、どうやればつかめるのかが、分からない。
 未だに僕は人の足を踏んでも分からないし、人を押しのけても分からない。
 ③偏食が激しいのはなぜか
 自閉症の人にとっては、自分で食べ物だと感じた物以外は、食べても美味しくない。
 ④物を見る時どこから見るか
 見えているものは同じでも、見えるものを受け取る力が違う。みんなはものを見る時、まず全体を見て、部分を見ているように思う。しかし僕たちは、最初に部分が目に飛び込んでくる。その後、徐々に全体が分かる。部分一点に心が奪われると、何も考えられなくなる。美しさを自分のことのように喜ぶことができる。
4.活動について
 ①なぜすぐに迷子になってしまうのか
 自分がどこにいればいいのかがよく分からないから、迷子になってしまう。その場所の居心地が悪いから、自分が安心できる場所を見つけようと、無意識のうちにふらふらと歩いたり、びゅーんと走っていったりする。
 ②なぜ繰り返し同じことをやるのか
 自分の気持ちとは関係なく、いつも脳は、いろんなことを僕に要求する。
 ③何度注意されても分からないのか
 やっていけないという理性よりも、その場面を再現したい気持ちのほうが大きくなって、つい同じことをやってしまう。その感覚はとても気持ちのいいもので、他では同じような快感は得られない。
 ④視覚的なスケジュール表は必要か
 一度決まったことが守られないのが納得できない。僕は変更も仕方がないと分かっているが、脳が僕に「それはダメ」と命令する。視覚的に予定表を示されると、強く記憶に残りすぎて、そのことに自分を合わせることだけに意識が集中してしまい、変更になるとパニックになってしまう。スケジュール自体を絵などで表示しないでください。

【解説にかえて 英語版翻訳者 デイヴィッド・ミッチェル】
 この本を読んだ時、直樹の言葉を通じて、まるで息子の頭の中で起きていることを、初めて私たちに語ってくれたかのように感じられた。わたしが必要としていた大きなきっかけを与えてくれた。
 言葉を使う能力が奪われた時、毎日の生活がどうなるかを想像してみよう。自閉症児の体の中に好奇心に満ちた繊細で複雑な心が閉じこめられている。他人と一緒にいることを大切にしている。こんなにも世話しなければならない相手が、自分自身よりも多くの点で能力があり、重度の自閉症者でも鋭敏な知性と豊かな想像力を持っている場合もある。
 自閉症の人々は反社会的で、孤独を好み、他人に共感することができないという、自閉症を巡る否定的な常識は、社会の無知のせい。感情の乏しさも、人といることを嫌うのも、自閉症の〈症状〉ではなく〈結果〉である。自閉症者の頭の中で何が起きているのかが洞察できれば、より実りの多い関係が気づける。
 自閉症とは一生続く状態。自閉症の人々は、「編集者」たちに代わるものをどうやって作り出すか、一生かけて学ばなくてはならない。
 思考を司っている頭の中の心の編集者が、ダムが決壊したみたいに留めようもなく押し寄せてくる、いろいろな観念、思い出、衝動、思考の大部分から身をかわし、ごく僅かなものだけをあなたの意識が取り組むべき対象として推薦してくれる。
 もう一人の編集者が五感の編集者。情報も洪水のように流れ込んでくる。質を選ばず、圧倒的な量で、色彩やパターンが泳ぎ回り、あなたの注意を引こうとわめき立てる。
 三半規管や自己受容もすっかり狂ってしまうので、床は傾きっぱなしで、自分の両手両足が体の他の部分とどんな関係にあるかも分からなくなってしまっている。
 2016年現在、中国語からマケドニア語まで30言語に翻訳されている。

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