子どもの脳を傷つける親たち
2017年12月18日(月)
マルトリートメント(不適切な養育)が子どもの脳を変形させる
著者 友田明美
福井大学子どものこころの発達研究センター教授
www.med.u-fukui.ac.jp/CDRC/
発行 NHK出版新書
本体価格 780円
発行 2017年8月10日
私たちの研究では、強者である大人から、弱者である子どもへの不適切な関わり方を、「虐待」とは呼ばずに「マルトリートメント」と呼んでいる。子どものためだと思ってした行為であろうとなかろうが、傷つける意思があろうとなかろうが、子どもが傷つく行為は、すべて「マルトリートメント」。
診療の現場で親たちの話に耳を傾けてみると、わが子を憎くてやっているばかりでもないことは事実。親が子どものふるまいを正すことに必死になりすぎるあまり、自分の行為を冷静に見られなくなっている。それに「虐待」というレッテルを貼り、親の人格を強く否定してしまったら、彼らが子どもを育て直すチャンスまで奪ってしまうことにもなる。まずはどのような行為が不適切な養育にあたるのかを知り、子どもを傷つける言動を繰り返さない。これが大きなポイント。
参考に 虐待
①身体的虐待
②性的虐待
③ネグレスト
④心理的虐待
「こころの発達障害」
先天的な原因 自閉症やADHD(注意欠如・多動症)
後天的な原因 親や身近な存在が不適切な関わり方を続ける
1.マルトリートメントによる脳へのダメージとその影響
身体的マルトリートメントやネグレストを受けた人よりも、親のDVを目撃し、かつ、自分にも心ない言葉で罵られるなどのマルトリートメントを受けた人のほうが、トラウマ状態が深刻。
脳の画像診断法をもとに研究を進めた結果、「児童虐待」は発達途上にある脳の機能や神経構造に永続的なダメージを与えることが明らか。マルトリートメントにより、脳が成長を止めてしまう。その結果、深刻なトラウマを引き起こす。
2.脳が変形するほどの傷つき
胎児期、乳幼児期、思春期に極度のストレスを感じると、子どものデリケートな脳は、その苦しみに何とか適応しようとして、自ら変形してしまう。その結果、脳の機能にも影響が及び、子どもの正常な発達が損なわれ、生涯にわたって影響を及ぼしていく。
例えば衝動性が高く、キレやすくなって周囲の人たちに乱暴をはたらいたり、非行に走ったりする場合がある。あるいは、喜びや達成感を味わう機能が弱くなるせいで、より刺激の強い快楽を求めるようになり、アルコールや薬物に依存することもある。
子ども時代に受けたマルトリートメントによって、脳が影響を受け、学習意欲の低下や非行、うつ病や摂食障害、総合失調症などの精神疾患が出現、もしくは悪化することが明らかになってきている。社会に適応しづらい青少年や成人が生まれる背景には、子ども時代に受けたマルトリートメントもある。
3.マルトリートメントと子どもの脳との関連性を科学的に分析
MRIで脳を撮影し、脳皮質の容積を比較。
子ども時代にDVを目撃して育った人は、脳の後頭葉にある「視覚野」の一部で、単語の認知や夢を見ることに関係している「舌状回」という部分の容積が、正常な脳に比べ、平均しておよそ6%小さくなっている。その萎縮率を見ると、身体的なDVを目撃した場合は約3%、言葉によるDVの場合は20%小さくなっていた。IQと記憶力の平均点が低くなる。
言葉によるマルトリートメントを受けたグループは、そうでないグループに比べ、大脳皮質の側頭葉にある「聴覚野」の左半球一部である「上側頭回灰白質」の容積が平均14.1%も増加している。4~12歳の頃に言葉の暴力を繰り返し浴びると、余分なシナプスの正常な刈り込みが進まない。結果、シナプスが伸び放題の雑木林のようになり、容積が増える。シナプスがいつまでもうっそうと繁ったままになっていると、人の話を聞き取ったり、会話したりする際に、余計な負荷がかかってしまう。そのせいで、心因性難聴となって情緒不安を起こしたり、人と関わること自体を恐れるようになってしまう。
厳格な体罰を体験したグループでは、そうでないグループと比べ、「右前頭前野」の容積が平均19.1%、「左前頭前野」の容積が14.5%小さくなっていた。さらに、集中力や意思決定、共感などに関係する「右前帯状回」が16.9%減少していた。
性的マルトリートメントを受けたグループでは、健常なグループに比べ、後頭部に位置する左半球の「視覚野」の容積が8%減少していた。特に、顔の認知などに関わる「紡錘状回」が平均18%小さくなっていた。視覚野が完成する11歳以前に受けた性的マルトリートメントの影響が大きい。
参考に
右の視覚野は「ものの全体像」を、左は「細部」を捉える働きをする
左の視覚野が小さくなっているということは、見たくない情景の詳細を見ないですむようにと、無意識下の適応が行われたと考える。苦痛を伴う記憶を繰り返し呼び起こさないために視覚野の容積が減少したと推測できる。
5.愛着障害
愛着とは 「アタッチメント」と表記されることも多い
子どもは生まれてから5歳ぐらいまでに、親や養育者との間に愛着を形成し、これによって得られた安心感や信頼感を足がかりにしながら、周囲の世界へと関心を広げ、認知力や豊かな感情を育んでいくという成長過程をたどる。
愛着の3つの形
安定型
回避型
抵抗型
愛着障害とは、こころを落ち着けるために戻る場所がない状態。愛着障害がある子どもは、成人してからも健全な人間関係を結べない、達成感への喜びが低く、やる気や意欲も起きない。子どもの未来を守るためにも、幼少期の親子関係をしっかり築くことが非常に重要。
愛着障害のある子どもは、そうでない子どもと比べて、左半球の一次視覚野の容積が20.6%も減少している。
愛着障害のある子どもは、「報酬系」の反応が低い。
健常な子どもの場合、ゲーム中は脳が活性化し、どんなときでもモチベーションが高くなりやすい。ADHDの子どもは、お小遣いがたくさんもらえる時には脳が活性化したものの、少ない額だと反応がなかった。愛着障害の子どもの場合、どの課題でも脳の活性化は見られなかった。
「報酬系」とは、欲求が満たされた時、あるいはこれから満たされると分かった時に脳内が活性化し、喜びや快楽を感じる、脳内の仕組み。
報酬系を司る「線条体」の活動が弱まっている。線条体が活発に働かないということは、強い刺激を求めるあまり、薬物に手を出したり、依存症に陥るケースも少なくない。マルトリートメントを受けた子どもは、比較的早い時期から薬物やアルコールに依存しやすくなるというデータもでている。1歳前後の感受性期にマルトリートメントを受けると、線条体の活動の低下に非常に大きな影響を与えることが明らかになっている。
参考に 愛着障害と発達障害の違い
愛着障害は発達の遅れ、特に認知や言語習得の遅れを併発するため、症状からだけでは発達障害と区別が付かない。発達障害の子は、成長とともに症状が落ち着く傾向にあるのに対し、愛着障害は、適切なケアを施さないと症状が改善されない。
6.マルトリートメントを経験する年齢によって、影響を受ける場所が異なる
3~5歳 記憶と感情を司る「海馬」の感受性期
9~10歳 右脳と左脳をつないでいる「脳梁」の感受性期
14~16歳 思考や行動に関わる「前頭前野」の感受性期
ストレスの影響を受けやすい場所として、「海馬」や「扁桃体」、「前頭葉」という部位が注目されている。
海馬は、記憶をつくり、その保管に関わっている。特に、強い情動が関係する出来事の記憶と深く関連した領域。
扁桃体は、情動に関する器官。過去の体験や記憶をもとにした好き嫌いや、目の前にいる相手が敵か味方かなどの価値判断に関与し、特に危険と結びつく情報に対して敏感に反応する。
前頭前野は、海馬や扁桃体の働きをコントロールするという重要な役目を担っている。危険や恐怖を司る扁桃体が過剰に反応しないようにブレーキをかけて制御している。
- カテゴリー
- 子育て支援