なぜ韓国人は借りたお金を返さないのか
2020年07月28日(火)
韓国人による日韓比較論
シンシアリー著
生粋の韓国人。歯科医院を休業し、2017年春より日本へ移住
扶養社
2020年3月1日発行
880円
韓国が国際法を守るのではなく、日本が韓国の正義を守れ。日本人には理解できない韓国人の「思考の原点」がわかる。韓国には、国家間の約束である国際法よりもっと重要な「正義」がある。
1.韓国ではサービスは「ゴチャ(タダ)」
日本のスーパーに置いてある「牛脂」を一部の韓国人は、一人で多数持っていく。ロールタイプのビニールもいっぱい取っていく。この姿を見ると、韓国人と日本人の差に気づく。「牛脂は無料ではなく、サービス」「サービスは無料ではない」という概念が韓国人には理解できない。サービス品が品切れする韓国と、補充される日本。
韓国では、大型スーパのサービス品を当たり前のようにたくさん持っていく。韓国の公衆トイレは、高い確率でトイレットペーパーが無くなっている。サービスに対し、「有り難い」が存在しない。
また、韓国社会は、誰かがかけてくれた時間、誰かのノウハウをタダだと思っている。公共という意識が薄弱なため、公のものであればゴチャ(無料)になってしまう。著作権などの価値が根づいていない。
2.「ドム(おまけ)」と「エヌリ(値引き)」を当たり前のように要求する韓国
一人50個までという規則があれば、日本人なら50個を超えないのが当たり前。韓国人は「規則が50個までだから、51,52個までは大丈夫」と思う。その規則からオーバーした分を他人にはない自分にだけ許された権利だと思う。規則とは「まだまだ破る余裕がある」ものでしかない。
他人より少し多く得られることが、「自分が他人より上」となる。逆に、ドムやエヌリが得られなかった場合には、「当然もらうべき私の権利がもらえなかった」「相手から見下された」と、店が加害者、自分は被害者だと決めつけ騒ぎ出す。韓国人の「上下関係」へのこだわり、他人と共に生きようとせず、他人より上に立とうとする心理の表れ。
3.ウリ(私たち)とナム(他人)
韓国人は「自分」を基準にして、自分側とそれ以外を極端に分けて考える癖がある。自分側に向けるのが「ウリ、被害者、権利、情、道徳」。それ以外に向けるのが「ナム(他人)、加害者、義務、、恨、法律」。
情(ウリの正しい道徳)が、法律(外側の不当な規則)より上、優先。どんなことがあっても許すべき。嘘をついても、法律を破っても、ウリの人を保護し、かばう。法律など二の次。道徳にこそ上下関係がしっかりする必要があると思っている。「私が他人に配慮する」ではなく、「他人が私に配慮する」ことだけを求めている。
恨(ハン)は、韓国人特有の、いつまでも消えない恨みや憎しみのこと。私の正当な権利を不当な方法を使った誰かに奪われたとする考え。他人を貶めることで自分をその人より上であるとする、極めて相対的な概念。これが韓国社会の「嫌悪」の正体。自分を「被害者」とし、明確な「加害者」を作り出すのが特徴。
4.韓国人は「公」と「平等」を理解できない
韓国の儒教思想は、「性理学」(朱子学)。自然と社会の発生及び流れをすべて位階秩序で説明する。上下関係がある。「公」とは、ナム(他人)の集まりで、ウリとは無縁の領域。下の領域、法律の領域、加害者の領域。
韓国人は「公」の空間にいる他の人たちを、自分と同じ権利と責任を持つ一人の市民であることを認識できない。「普通」という概念がなく、「中道」が存在しない。
絆と約束は、平等や対等の関係でこそ自然に存在できる。拘束や情は上下関係でこそ自然に存在できる。
5.韓国の「公正」は、「平等」ではない
韓国人は、人権や平等より「公正」だけを不思議なほど強く求める。自分が他人より「上」の立場になった際、「下」の人たちから「基準がおかしい(規則がおかしい)せいで負けた」と文句を言われないための基準が韓国社会の求める公正。
ウリの中で、お金を借りて返さない人が多い。それは韓国人が信じている「公正」の形の一つ。お金を借りて返さない人が、偉そうにしている。お金を貸した人に「有り難い」と思っている人は、誰もいない。借りたお金を自分の権利と認識している。情で既に払っておいたから、返さないのが公正。「返せ」と責めたてウリを壊す人がウリから孤立する。
お金を借りた人が、貸してくれた人に対して、「私がお金を返すだけでは公正ではない。おまえが「下」であることを示せ」と要求する。韓国人は上下関係を明確に分けるために公正を求める。
6.韓国では福祉と金融の概念が理解されていない
韓国は定年が日本より早く、一般的には55歳、早ければ45歳。経済力に比べて社会福祉制度が遅れている。老後の暮らしのためにできることは、退職金で「店を開く」ことだけ。
就職できない若者たち、早期退職者や定年を迎えた老後資金を稼ごうとする人たちがチキン屋を創業する。2013年の基準で、全国にチキン屋は3万6千店、全世界のマクドナルドの店舗より多い。その70%は運営に失敗して廃業する。創業費用はそのまま負債となる。
韓国のコンビニの店舗数は日本の約70%に及ぶが、売上高は20%にもならない。韓国では、最低収入保障制度のような安全装置、本部と視点の相生(共生)という概念が存在しない。各店舗が赤字になっても本社はいかなる責任も背負わないで済む契約構造になっている。本社が店舗数を増やすことだけに集中できる。
日本では、加盟店主に売上原価を除いた年間総収入の一定額を保障してくれる。加盟本部も一定レベルの商売ができそうにないところには出店を控える。むやみに店舗を増やすと、最低収入保障のせいで本部が赤字になる。
7.原価厨
商品の「原価」にだけ執着し、その商品が持つ原価以外の価値を無視する人たち。韓国においての「原価論争」は、「企業が加害者、消費者は被害者」という前提から始まる。市場が価値を決めることを否定するように見える。これも韓国社会の「公正」の形。
消費者が「自分の望むもの」ではなく、「売る方に得をさせない」ものを買う。イラストレーターに支払う人件費が誰でも同じ金額なるなら、その社会の「絵」はつまらないものばかりになってしまう。作る側も良いものを作る理由がなくなる。
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