すべての疲労は脳が原因
2017年03月15日(水)
著者 梶本 修身
発行 集英社新書
本体価格 700円
発行 2016年4月20日
1.体の中で一番疲れやすいのは、「脳の自律神経の中枢」
ヒトは、運動を始めると、数秒後には心拍数が上がり、呼吸が速く大きくなる。また、体温の上昇を抑えるために発汗する。それを1000分の1秒単位で制御しているのが「脳の自律神経の中枢(視床下部や前帯状回)」。運動が激しくなると、ここでの処理が増加する。その結果、脳の細胞で活性酸素が発生し、酸化ストレスの状態にさらされることでさびつき、本来の自律神経の機能が果たせなくなる。これが、「脳疲労」。その時に「体が疲れた」というシグナルを眼窩前頭野に送り、「疲労感」として自覚する。
疲労が起こるのは主に自律神経の中枢、その疲労を自覚するのは眼窩前頭野、それぞれ部位が異なる。脳の老化を防ぎ、高齢になっても認知機能を保っておくには、毎日の生活で脳疲労を溜めない工夫が必要である。
2.過労死するのは人間だけ
他の動物には見られないほど発達した前頭葉が原因。前頭葉は、「意欲や達成感の中枢」と呼ばれ、人間の進化にも大きく貢献した。ただ、ヒトでは、あまりにも前頭葉が大きくなったために、眼窩前頭野で発した疲労感というアラームを意欲や達成感で簡単に隠してしまう。疲労感のマスキングと呼ぶ。
前頭葉が発達していないヒト以外の動物では、意欲や達成感より疲労感というアラームを優先して行動する。楽しく仕事をしている時ほど「疲労感なき疲労」が蓄積されやすく、休まずに仕事を続けることで疲労は脳と体を確実に蝕み、果てには過労死にいたらしめる。
3.栄養ドリンクを飲み過ぎると疲れはむしろ溜まる
栄養ドリンクに「疲労が改善する」という表示はない。日常的に栄養ドリンクやエナジードリンクを飲み続けることは、疲労回復にとって明らかにマイナス。これらドリンクの覚醒や高揚をもたらす成分が、疲労を隠すマスキング作用を発揮する。医学的に見た場合、多用すると疲労を見過ごす可能性があるため、人の体にとってむしろ危険。
4.「飽きた」は脳疲労の最初のサイン
脳の一つの神経回路を繰り返し使っているとその部分の神経細胞が「酸化ストレス」により疲弊する。「もうこれ以上、この神経細胞を使わないでくれ」という信号を発する。これが、「飽きる」という感情になって表れる。「飽きる」「疲れる」「眠くなる」は脳疲労の3大サイン。
脳疲労のサインである「飽きる」を無視して仕事や作業を続けていると、特定の神経回路が疲弊して機能が低下し、やがて頭がぼうっとする、全身がだるいなどの症状が現れるようになり、作業効率が低下する。何かの作業中に「飽きてきた」と感じたら、休息をとる、気分転換を図るなどしてから別の作業を行い、脳の疲労を和らげるように習慣づけることが大事。
長距離をドライブする時、3時間走ってから15分間の休息をとる場合よりも、1時間毎にサービスエリアなどで5分間の休息を入れたほうが「閾値」の上昇具合は抑えられ、脳の情報処理能力の低下を防ぐことができる。
5.疲労が蓄積すると視野が狭くなる
人の脳は視覚から90%近くの情報を得ている。脳疲労が溜まり始めると、脳が周辺注意力視野を狭めて視覚情報の量を意図的にコントロールし、減らそうとするホメオスタシスが働く。運転中に運転に飽きたら視野が狭くなっているかもしれない。
6.眼精疲労
自律神経と眼のピント合わせの基本的関係は、人が野生の環境に暮らしている時に確立した仕組みと考える。交感神経は緊張時や攻撃時に優位となり、副交感神経は弛緩時や休息時に優位になる。
デスクワークでは近くに焦点を合わせる必要がある。近くにピントを合わせる時は、本来、副交感神経が優位になるはずのため、自律神経の作用に矛盾が生じる。そんな状態が長く続くと、自律神経の中枢が疲弊し、それが眼精疲労として表出する。眼精疲労とは、「自律神経を混乱させて、疲弊させるような真似は止めなさい」という自律神経の中枢からのアラームに他ならない。
7.小脳の機能は加齢によって失われにくい
大脳にインプットされている「エピソード記憶」は加齢によって薄らいでいく。また、認知症になると「意味記憶」も傷害されるケースもある。しかし、喫煙の習慣を持つ人が認知症になっても、意外なほど火の不始末は少ない。小脳の機能が保たれているためと考えられている。たばこに火を付けてフィルター近くまで吸い、吸い終わったら消すという一連の動作が小脳に「手続き記憶」として保存されている。「手続き記憶」は、同じ体験を反復してマスターする動作。「体で覚える記憶」とも表現する。
8.紫外線と疲労
紫外線を浴びると疲れるのは、紫外線に反応して体内で疲労の元となる活性酸素が生じるから。スポーツ選手がサングラスをしているのは、まぶしさを軽減しているのではなく、眼にはいる紫外線をブロックして紫外線疲れを防ぎ、パフォーマンスを向上させるという目的がある。
9.ヒトヘルペスウイルスも疲労の蓄積度を示す
疲労因子FFが宿主の体に長期間増加していることをヒトヘルペスウイルスが感知すると、体の外へ逃げ出そうとし、唾液、皮膚、粘膜などに出現する。唾液中にはヒトヘルペスウイルスの量が増え、唇の周りや脇腹などに水ぶくれのようなものが生じる。体調が改善してくると、ヒトヘルペスウイルスはあたかも安心したかのように体内に戻り潜伏状態を保つ。
日常的な疲労度の測定に関しても、ヒトヘルペスウイルスによって測定する簡易キットの開発が進行中。唾液は採取が簡単で、日常生活の疲労の度合をチェックする方法として有用な検査手段となる可能性が高い。その性能が高まって普及すれば、客観的疲労度の測定が容易になって疲労が蓄積する前に手を打つことができるようになる。
10.疲労回復因子FRが疲労因子FFを制御する
疲労回復を促す物質は疲労回復因子FRというタンパク質。
疲労回復因子FRは日常のある程度の疲労を回復させるように働こうとするが、日頃運動や仕事をしていない人が、休息に疲労度の高まるような行為をすることには反応せず、健康上危険である。
一般的には6時間睡眠で疲れが回復する人は疲労回復因子FRの反応性が高く、10時間寝ても疲れがとれない人は疲労回復因子FRの反応性が低い。加齢などによってその反応性は低下する
参考までに
脳疲労が溜まっているかどうかのチェックリスト
□物事はきりのいいところまでやらないと気が済まない
□ストレス解消のために体を動かすのが習慣である
□責任感があり、遅くまで残業しても苦にならない
□日中に眠気があり、大きないびきをかくと言われる
□集中力が高く、何かに没頭すると周りが見えなくなる
□疲れたら栄養ドリンクをよく飲む
□屋外で過ごす時間が長い
□長時間のドライブでも途中休憩をあまりとらない
□熱めのお風呂に長湯するのが好きである
□休日は遠くのテーマパークやアウトレットに足を延ばす
10項目のうち、一つでも思い当たれば、脳疲労が蓄積している可能性がある。
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