のぼるくんの世界

のぼる君の歯科知識

脳には妙なクセがある

2012年12月22日(土)


脳には妙なクセがある著者 池谷 裕二
発行 扶桑社
本体価格 1600円
発行 2012年8月2日

 様々な研究者の実験から発見された脳の妙なクセを楽しもう。
笑顔は周りだけでなく、本人も楽しくさせることや、入力よりも出力のほうが10倍記憶に残ることが、印象深い。
 意識に意図が生じる平均7秒も前から脳活動が開始する、自由意志とは本人の錯覚に過ぎない。また、「考える」とは、身体感覚(入力)と身体運動(出力)を省略して脳内だけで情報ループを形成することも不思議。
 自分が今真剣に悩んでいることも、「どうせ無意識の自分では考えが決まっているんだろう」と気楽に考え、脳という自動判定装置に任せよう。もちろん、自動判定装置が正しい反射をしてくれるように、良い経験を積み重ねていこう。そうすれば「よい癖」ができるだろう。

参考に
海馬 脳は疲れない 池谷裕二先生とコピーライターの糸井重里氏との対談
www.kojimashika.net/2008/07/post-9.html

1.笑顔は楽しいものを見出す能力を高めてくれる
 笑顔の表情になると、楽しい単語を「楽しい単語だ」と判断するまでの時間が、悲しい単語を「悲しい単語だ」と判断する時間よりも短くなることがわかり、笑顔は、それを見る人だけでなく、笑顔を作る人にとつても、よい心理効果があることが明らかになってきた。
 南カリフォルニア大学のニール博士の実験。ボトックスを顔に注射すると、相手の感情を読み取りにくくなると報告している。ボトックスは食中毒の原因として知られるボツリヌス菌の毒素である。シワができにくくなり、表情が多少乏しくなる。私たちヒトは、相手の仕草を真似する癖がある。表情から感情を読む時も、例えば「笑顔」をしている相手を見たら、自分もその表情をわずかに真似してみるわけである。すると、笑顔の効果で、自分の感情が楽しくなる。「真似したら、楽しくなった。ということは、相手は楽しかったのか」と、そんな推論を重ねて、わたしたちは相手の感情を読んでいる。

2.顔面フィードバック
 表情は、表情を作る本人にも影響を与える。
 サスキンド博士の実験。恐怖の表情を作ると、それだけで、視野が広がり、眼球の動きが速まり、遠くの標的を検知できるようになった。さらに、鼻腔が広がり、呼吸の気息までもが高まる。一方、嫌悪の表情を作ると、まったく逆に、視野が狭くなり、鼻腔が狭まり、知覚が低下する。これは合理的な変化である。恐怖を覚える時に、外部のアンテナ強化に敏感になることは、しかるべき準備として重要である。一方、嫌悪する時には感覚入力をシャットアウトする方がよいだろう。
 つまり、この実験データは、恐怖への準備は、恐怖感覚そのものではなく、恐怖の表情を作ることによってスイッチが入ることを示している。このように顔の表情は、本人の精神や身体の状態にも影響を与える。これは「顔面フィードバック」と呼ばれる効果である。

3.意志とは「自分の力で決定したつもり」になっている幻想
 意志は脳から生まれるのではない。周囲の環境と身体の状況で決まるーこれが私の見解である。
 たとえば、指でモノを指して欲しいと依頼すると、右利きの人ならば右指で指すだろう。この選択は、意志とは言い難く、癖といったほうが的確である。そこで、「左右どちらかで指してくれ」と依頼する。すると右指の使用率は60%に下がる。この変化は「意志」だろうか。この変化も依頼されたことが理由であって、外部音声への単なる「反射」だと解釈できる。右手使用率が低下したことは、本人が意図的に下げたからというより、問われたことへの自動的な反応だと解釈できる。この変化が「反射」であって「意志」ではないとしたら、その意志の感覚は、どこからやってくるのだろうか。
 ハーバード大学のパスカル=レオン博士らは、この実験の最中に、右脳を頭蓋外部から磁気刺激してみた。すると右を選ぶ率が、先の60%から20%にまで落ち、さらに左手を多く使うようになることがわかった。面白いのは、当人は刺激されことに気付かずに、あくまでも「自分の意志によって左手を選んだ」と頑なに信じている。こうした実験からわかるのは、自由意志とは本人の錯覚に過ぎず、実際の行動の大部分は環境や刺激によって、あるいは普段の習慣によって決まっている。にもかかわらず私たちは「自分で判断した」「自分で解釈した」と自信満々に勘違いしてしまう。その勘違いこそが、ヒトの思考の落とし穴である。

4.無意識の自分こそが真の姿
 イタリアのパドヴァ大学のガルディ博士らによる実験である。本人が「まだ決めていない」と信じていても、その人の自動メンタル連合を測定すればすでにどちらかに決めているかどうかが当てられるという。自動メンタル連合とは、物や言葉に対する反射のことである。
 実験では、イタリアの小都市ヴィチェンツァで、アメリカ軍基地を拡張する政策に関する意見を、住民129人に聞いている。目の前のモニターに様々な映像や単語が現れる。そこで、映されたものが、「良いもの」だったら左のボタンを、「悪いもの」だったら右のボタンを押してもらう。モニターには、是か非がはっきりと分かれる単語に交じって、アメリカ軍基地に関係した写真が提示される。そこで、ボタンを押すまでの反応時間と判断ミスの頻度を測定する。反射的だから、その人の好悪傾向が否応なしに顕在化する。これが自動メンタル連合である。基地の写真を見た時に、どう反応するかを知ればよいのである。決断する本人よりも先に、試験を行った研究者に、将来の回答がわかる。つまり、本人は無自覚だけれども、無意識の世界ではすでに賛否を決定していると言える。
 重要な点は、自動メンタル連合によって現れる傾向は、本人の意識にあがる信念とはほぼ無関係だったということ。つまり、基地拡張に意識の上では好意的であっても、潜在的には快く思っていないということもある。この場合には、無意識の姿勢が最終判断に反映されやすいことがわかった。本当は潜在意識の中ですでに決まっている。

5.脳にとって「自由」とは
 独マックス・ブランク研究所のヘインズ博士らの研究
 まず両手にレバーを握ってもらう。上部にボタンが付いている。目の前のモニターがあって、アルファベットが無秩序に0.5秒ずつのペースで流れている。この文字の移り変わりを眺めながら好きな時に両手のボタンのどちらかを押してもらう。この作業をしている脳をモニターしてみる。
 ボタンを押したくなる「心」が、いつ、どこで生まれるのか。「自由意志」のルーツを探ろうというわけである。本人が「押したくなる」前に、すでに脳は活動を始めていることがわかった。意識に「押そう」という意図が生じる前に、無意識の脳はすでに「意図」の原型を生み出している。
 どのくらい前から脳は準備を始めるのか。ヘインズ博士のデータによれば、平均7秒も前から活動が開始する。早い場合は10秒前に準備の活動が見られる。真っ先に準備を始めるのは「補足運動野」と呼ばれる脳部位、つまり、運動をプログラムする場所である。ここでは「ボタンを押す」という手や腕の筋肉の動きが準備される。要するに、「ボタンを押す」ための準備を先ず脳が始め、その後しばらくして「押したい」という感情が“後付け”で生まれる。押したくなった時には、もう脳の中で「準備」が整っている。
 となれば、私たちの「自由意志」とは一体なんだろう。意識に現れる「自由な心」はよくできた幻覚に過ぎないーこれはほぼ間違いない。「意志」は、あくまで脳の活動の結果であって、原因ではない。

6.「心」は脳回路における身体性の省略
 大脳新皮質は、少なくとも進化の初期過程では旧脳の下部組織だった。すでに効率よく働いていた旧脳を、さらに円滑に動かすための「予備回路」あるいは「促進器」だった。平凡に生きていくだけならば、必ずしも必要のない補足品である。ところが進化と共に脳が大きくなり、特にヒトでは大脳新皮質の拡大が顕著となり、旧脳よりも機能が優位になる。
 当時の脳は身体感覚(入力)と身体運動(出力)の処理に特化した組織だったはずである。ヒトの脳は、身体の省略という美味しい「芸当」を覚え、横着して脳内だけで情報ループを形成することができるようになる。この演算行為こそが、いわゆる「考える」ということではなかろうか。ヒトの心の実体は、脳回路を身体性から解放した産物である。
 身体を動かさずに、頭の中だけで済ませたほうが楽なのはよく理解できる。しかし脳は、元来は身体と共に機能するように生まれたものである。精神と身体は切り離して考えることはできない。心は脳にあるのではない。心は身体や環境に散在する。勉強部屋や教室をメインに成長した人と、野山や河原を駆け回って成長した人では身体性の豊かさの差は明白である。

7.脳は出力することで記憶する
 脳に記憶される情報は、どれだけ頻繁にその情報が入ってきたかではなく、その情報をどれほど使ったかを基準に選択される。
米デューク大学のクルバ博士らの研究
 ネズミの髭にモノが触れた時の大脳皮質の反応を記録すると、実験者が接触させた(入力[感覚]重視)ときより、ネズミが自ら髭を動かして(出力[行動]重視)触れたときに、10倍ほど強くニューロンが活動することが読み取れる。同じモノが髭に触れ、同じ感覚刺激が脳に伝わっているにもかかわらず、脳の反応がこんなにも違う。

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