のぼるくんの世界

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脳の学習力

2008年08月11日(月)


脳の学習力子育てと教育へのアドバイス
S.J.ブレイクモア、U.フリス 著
乾 敏郎、山下博志、吉田千里 訳
岩波書店
2800円
2006年10月17日発行

 ここ数年、脳に関する本の出版が相次いでいる。しかし、現時点でわかっていないことや実証されていないことをここまではっきり書いている本は少ないと思う。教育者と脳科学者との交流がはじまり、最近の技術革新により脳の機能が明らかになり、脳と学習に関する研究がここまで進んでいる。医療、教育を始め、さまざまな分野の人々に読んでいただきたい1冊である。

1.脳の発達・発育
 成人の脳は1000億個の脳細胞(ニューロン)からなる。脳のほぼ全てのニューロンが妊娠3ヶ月頃までに形づくられる。必要以上にたくさんの脳細胞が生まれてきて、他のニューロンと有効な結合を作った細胞だけが生き残るのである。そして、ヒトの赤ちゃんは、その後の人生で必要な脳細胞のほとんど全部を持って生まれてくる。しかし、小脳と海馬は例外で、そこでは出生後も細胞が大きく増加する。
 出生後間もなく、脳細胞間の結合の数が急激に増え始める。そして赤ちゃんの脳にできる結合の数は、成人のそれをはるかに上回る。こうした過剰なまでの結合の多くは結局切断される。この切断「刈り込み」こそが発達にとって重要な過程である。よく使われる結合は強化されるが、あまり使われない結合は取り除かれる。

2.赤ちゃんが個人の顔を区別する能力は生後6~9ヶ月の間に微調整される
 6ヶ月までの赤ちゃんは、大人にすればよく似ていて見分けがつかないようなサルの顔の違いでも見分けられる。6ヶ月を過ぎると、この能力は衰え始め、サルの顔は徐々に見分けにくくなってくる。人間の顔は変わらず上手に見分けられる。いつも見るものを見分けるほうがずっと重要なのだ。
 白内障を患って生まれた赤ちゃんを9ヶ月で手術した場合、急速に視力は発達したが、9歳頃になって顔の知覚があまりよくないという、些細な困難を経験する。造作の一つだけを変えた顔は見分けられないのである。敏感期を過ぎても感覚能力を発達させることはできるが、敏感期が終わってから獲得した技能は微妙に違う。敏感期に獲得する場合と異なる方略や脳の経路を使うことによるものだろう。

3.RとL
 ワシントン大学のパトリシア・クールによる研究によると、日本人でも赤ちゃんなら生後10ヶ月ぐらいまではRとLを区別できることがわかった。この二種類の音に接する機会がなく、1歳までには区別が付かなくなる。日本人の赤ちゃんが日本語だけでなく英語にもずっと触れていたら、RとLの違いも学習できるだろう。8ヶ月から12ヶ月の間に、音の違いを聞き分けらけるかどうかの境界があることや、本人は音の違いにまったく気づいていなくても、脳では音の物理的な違いを感知していることもわかった。脳が失うのはわずかな違いを「聞き取る」能力ではなく、実はその違いを重要なものとして扱う能力であることを、この研究は示している。

4.本当のバイリンガルは存在しない
 何語であっても母語であれば、処理するのは一般的に左半球のよく似た部位である。第二言語を処理する脳部位にはなんらかの個人差がある。
 意味を処理するときには脳の両半球が活動するが、文法を処理するときには大抵左半球だけが活動する。1~3歳で英語を学習した人は、英語の文法を処理するときに脳の左側が働く。しかし、後年になって学習した人は、左半球だけでなく、右半球の同じ部位が働く。両側の脳が活動することで、普通とは違うタイプの、かえって難しい学習方法がとられていることを意味している。13歳過ぎても文法を学習できるが、早くに文法を学習した場合とは違う脳の処理方法を使うことになる。文法は早くに学習するほど、速く獲得できることを示している。

5.数学のための脳
 脳科学者たちは、「だいたいの見積もり」をするときと正確な計算をするときでは、別の脳部位が働くことを発見した。1980年代後半から、パリのスタニスラス・デハーネとローラン・コーネンの研究は、左頭頂葉の損傷によって正確な計算能力に障害が生じたが、見積もる能力には障害が及ばなかったと結論づけた。左半球は九九の表を覚え、正確な計算を行うが、右半球の下の部分(下頭頂葉)は、数字を比較するときや足し算、引き算をするときに活動し、大まかな見積もりを行うらしい。

6.難読症
 難読症の子どもたちは、他のことはとてもよくできるのに、文字を読むことができない。新しい単語を繰り返したり覚えたりするのは苦手だが、単語の意味を理解するには問題ないという例がある。人口の約5%を占めると推定される。また、発症しやすい家系がある。
 難読症は遺伝子に起因し、脳にその基礎があることがわかっている。難読症患者は、側頭葉の一番下にある単語全体の貯蔵と検索のための単語形態処理領野の活動が弱い。
 学習意欲がある子に、よい教師がついて効果の高い教授法で支援すると、難読症による読みや綴りの障害を克服できる。しかし、補償的な学習はできるけれども、基本的な問題は解決しきれずに残ってしまう。

7.自閉症
 自閉症の人には、他人が自分とは違う信念を持ちうるのだと言うことが理解できない。障害の核心は、年齢や能力の程度に関わらず、ごく普通の感情のコミュニケーションが出来ないと言うことにある。最近の研究によれば、全人口の0.6パーセントが自閉症の障害を持つと推定されている。
 自閉症の原因は、出生前の脳の発達に影響を与える遺伝的な素因にあるらしいと考えられている。内側前頭前野と上側頭溝、扁桃体に隣接する側頭極の3つの部位の間の結合が弱く、その結果、活性化の程度が低い。内側前頭前野は、自分自身と他人の内的な精神状態のモニターに関わり、上側頭溝は、他人の動きや行為を認識したり、分析したりするのに重要だと考えられている。また、側頭極は情緒の意味を理解したり処理したりするのに関わっている。
 補償作用は、社会におけるルールを、具体例を読んで勉強し、意識して学習することによって達成させられる。自閉症の人が他人の意図や感情、行為や表情、ジェスチャー、言葉の意味を理解するためには、明確に言語化しなければならない。

8.アスペルガー
 自閉症の人の中には程度が軽く、初期の発達にはさほど異常がないという場合がある。多くの場合8歳を過ぎてから、発達初期に異常があったということが、後になってわかる。知能が高い場合が多く、社会的ルールを体得したいという欲求が、コミュニケーションの問題を覆い隠している場合が多い。アスペルガー症候群の人々が、そうでない人に比べて脳が大きいことがわかってきた。生まれたときには頭の大きさは普通か小さい位なのだが、生後1年を過ぎると増加の程度が目立ってくる。おそらくシナプスの刈り込みがうまく起こらないのだろう。

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