ん
2010年02月25日(木)
日本語最後の謎に挑む
山口謠司著
新潮社
2010年2月20日発行
680円
「ん」について考えたこともなかったが、不思議なことが多い。読んでいるとわからないことも多いが、脳に新たな回路を造り出す。挑戦あれ。
『日本書紀』によれば、文字のなかった?我が国に285年?に初めて漢語が入ってきた。そして、それを習得することにより、日本語の特徴を知り、日本語を表記する方法を編み出すことに成功した。
漢語と共にやってきた「ん」の発音は、平安時代までは書くことさえできなかったのに、漢文の訓読によって我が国に定着した。しかし、貴族などの『書き言葉』では、「ん」をむしろ書かずにおいて、読む人の判断で「ん」を入れて読んでいた。一方、庶民は、江戸時代には人がしゃべるそのままの言葉を書き写すことで「ん」という表記を多用した。
1.「ん」の不思議
国語辞典『言海』は、明治22年に〈いろは〉引きから〈あいうえお〉配列に変わったが、「ん」の見出しがなかった。昭和57年に改編された『新編大言海』には、「五十音の外の一種の仮名」と記され、母音なのか、子音なのかという区別もされていない。しかも、単独で存在する意味や単語さえない。そして、漢字にも「ン」だけを表すものはない。
2.日本橋は、なぜNihombashiと書かれているのか
ヨーロッパ諸言語の辞書を紐解くと、「n」と「m」の表記には厳然とした書き分けがある。次に子音の「m」「b」「p」が書かれる場合は、「n」ではなく「m」で書かれるという原則である。それ以外の場合は、「n」で書く。
もしも日本語の仮名表記が、発音に従って書くという原則で成り立っているとすれば、「日本橋」は「にほむばし」と書かれていたであろう。しかし、現代日本語の表記は、単語のオリジナルの発音をそのまま残して表記するという方を選んだ。
3.「ん」が日本語の中に現れてきたのはいつのことなのか
『古事記』に「ん」と読む仮名が一度も出てこない。「ん(ン)」は平安時代が始まる800年頃から次第に表記の必要性が感じられるようになり、平安時代末期に音を表すための文字として姿を現した。
「ン」という〈カタカナ〉が使われた最も古い写本は1058年の『法華経』だとされている。「ン」は撥ねる音を示すための記号を書こうとして、いろいろと試され「レ」から「ン」の形に定着したと考えられる。
〈ひらがな〉での「ん」の使用は1120年に写本された『古今和歌集』が初出であると言われている。ただ、「ん」という形の文字が使われていることと、これを現代の我々が使うように「ん」と発音していたかどうかは、まったく別の問題なのである。今でも和歌の世界では、「ん」と書いても「む」に近い発音をする。しかし、〈ひらがな〉で説話などが書かれる平安末期からは、「ん」と読むようになって来たものと考えられる。
4.三種類の「ん」音
本居宣長は現在「ン」で記される撥音は、上代の日本語ではすべて「む」であったと言ったが、東条義門が間違いを指摘し、白井寛陰の研究によって「舌内撥音」、「喉内撥音」、「唇内撥音」の三種類の撥音であったことが明らかにされた。
①末尾が「n」で終わるものを「舌内撥音」と呼び、口内から流れ出る音を舌を使って止める。
②「ン(グ)」などを「喉内撥音」と呼び、喉の奥から鼻にかけて息を抜くように発音される。
③「m」で終わり、「唇内撥音」と呼ばれ、上下の唇を閉じて、前の音がこの唇の部分で閉鎖ものである。
また、「ン」という記号がなかった時代、空海も漢字音のふりがなに
「舌内撥音」は「ニ」
「喉内撥音」は「イ」
「唇内撥音」は「ム」と書いた。
- カテゴリー
- 脳の本