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求められる歯科医院による口腔機能低下症の早期介入とその重要性

2025年12月18日(木)


 谷口 裕重教授(朝日大学歯学部 口腔病態医療学講座 摂食嚥下リハビリテーション学分野)の「求められる歯科医院による口腔機能低下症の早期介入とその重要性」は、今後の歯科医院の方向性の一助になると思う。
 口腔機能低下症に対する「検査」「診断」「訓練」「再評価」という流れは、歯周病の治療・メインテナンスにおける「歯周基本検査」「診断」「SRPなどの処置」「再評価」という流れと同じ。口腔機能の定期的なチェックを継続していくことが、将来的な口腔機能低下症の予防につながり、住民、国民の健康に寄与できる。問題が見つかれば、舌圧、咀嚼機能、咬合力といった口腔機能低下症の検査と診断を行い、各種訓練や栄養指導などを実施し、再評価をする。
 ますます加速する超高齢社会において、口腔機能を継続的に診ていく診療スタイルは、歯科医院の経済的安定にも寄与すると思う。

求められる歯科医院による口腔機能低下症の早期介入とその重要性
  谷口 裕重
朝日大学歯学部 口腔病態医療学講座 摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授
朝日大学病院 口腔管理・食支援センター センター長
 (モリタ デンタルマガジン194号
    AUTUMN 2025年9月1日発行 30~33ページ)
www.dental-plaza.com/academic/dentalmagazine/no194/194-4/
  学位
    博士(歯学)(2008年3月 新潟大学)
    学士(歯学)(2004年3月 愛知学院大学)

8020を達成しても食べられない患者さん
 先日、82歳の男性が「食べられない」という主訴で入院されました。口腔乾燥や低舌圧が見られ、咀嚼機能も咬合力も基準値以下であり、明らかな口腔機能低下症でした。ところが、残存歯数は22本と問題がありません。
 8020運動は素晴らしい取り組みです。広く国民にも浸透し、現在、80歳で自分の歯が20本以上残っている高齢の患者さんはとても多く見られます。これまで歯科では「歯が残っていれば食べられる」と考えられてきました。しかし、現実には、舌や口唇、頰部といった口腔内の各機能が適切に働かなければ、8020を達成していたとしても噛んで食べることはできません。近年、こうした口腔機能低下症の患者さんが顕著に増えています。

口腔機能低下症とは
 口腔機能低下症とは口腔機能障害にいたる前段階であり、う蝕や歯周病、歯の喪失のみならず、さまざまな疾患や障害が複合的に影響して口腔機能が低下する病態です。軽度、中等度、重度と帯域があり、進行すると咀嚼障害などの口腔機能障害や嚥下障害を引き起こし、低栄養やサルコペニアを進展させるなど、全身の健康に影響を及ぼします。そして最終的には食事を摂ることさえ困難になります。
 口腔機能低下症は単独の問題として考えるのではなく、「全身」「栄養」「口腔」を三位一体で捉えることが重要です。これは同時に、原因を特定することの難しさも表しています。例えば、三位一体のうち、口腔を起点にしたケースを考えると、舌の動きが悪くなることで食べるものに制限がかかり、栄養バランスが崩れ、全身的な筋力が低下し、やがて転倒しやすくなり、骨折をきっかけに入院する。こうしたケースが考えられますが、実際にはさまざまな要因が複合的に絡み合っています。

介入すべき口腔機能低下症の前段階
 口腔機能低下症を防ぐには、できるだけ早期に歯科が介入することが求められます。介入が遅れるほど、口腔機能障害に進行するリスクが高まり、そうなった場合には、対処できる手立ても限られてきます。
 口腔機能低下症には前段階があり、それがオーラルフレイルです。以前は定義が不明確な部分もありましたが、近年では口腔機能低下症の前段階としてオーラルフレイルは位置付けられています。
 オーラルフレイルの評価には次の5項目が挙げられます。「自分の歯が20本以上あるか」「半年前と比べて固いものが食べにくいか」「汁物などでむせることがあるか」「口の渇きが気になるか」「普段の会話で言葉をはっきりと発音できないことがあるか」。これらのうち、2項目以上が該当する場合はオーラルフレイルが疑われ、口腔機能低下症の検査を受けることが推奨されます。

自覚がない口腔機能の低下の見分け方
 口腔機能の低下は自覚しにくいと言われています。例えば、高齢の患者さんに「食べられないものはないですか」とたずねると、たいていの場合は「ありません」という答えが返ってきます。しかし、詳細に聞き取りをすると、固い肉などを避けたり、やわらかな惣菜を選んだりした上で、「食べられる」と答えておられるケースが多々あります。
 そこで当院で重視しているのが体重の変化です。短期間のうちに2~3キロの体重減少が見られる場合は、口腔機能が低下している可能性があります。また、歩行速度が遅くなったり、1年以内に転倒した経験があったりした場合も口腔機能の低下が疑われます。
 口腔機能の低下を簡易的に見分ける方法としては、舌苔の汚れが挙げられます。舌苔は食事や会話をすることで取れるものですが、口腔機能が衰えると舌苔がつきやすくなります。あるいは、送り込みが悪くなり、口の中に食べ物が残りやすくなることや、巧緻性が落ちたことで舌や頰部を頻繁に噛み、口内炎ができやすくなることも口腔機能の低下を示すサインです。

歯科が介入すべきタイミング
 開業医の先生方には、口腔機能低下の入り口を診ていただきたいというのが、国が求めている方向性です。その表れが、口腔機能管理料です。平成30年度の診療報酬改定で口腔機能低下症が保険収載され、当初は65歳以上が対象でした。しかし、令和4年度の改定で50歳以上に引き下げられ、国としても、より早期の介入を求めていることがうかがえます。
 「口腔機能管理」や「摂食嚥下リハビリテーション」と聞くと仰々しく感じるかもしれませんが、特別なことをするわけではなく、まずは継続的に評価を行って、患者さんの口腔内を診ていくことが大切だと考えています。具体的には舌圧、咀嚼機能、咬合力といった口腔機能低下症の検査と診断を行い、問題があれば、各種訓練や栄養指導などを実施し、再評価をします。
 実は、口腔機能低下症に対する「検査」「診断」「訓練」「再評価」という流れは、歯周病の治療・メインテナンスにおける「歯周基本検査」「診断」「SRPなどの処置」「再評価」という流れと同様です。口腔機能についても、歯周病と同じく定期的なチェックを継続して行うことが、将来的な口腔機能低下症の予防につながります。
 それは「入り口」であるがゆえに、大きな変化が見られにくく、意義を見出しづらく思われるかもしれませんが、口腔機能は40歳以降から衰え始めるといわれています。歯周病の治療とメインテナンスが10年、20年と時間をかけて定着していったように、口腔機能についても早期から継続して診ていく流れが、現在始まっています。
 もしも、より専門的な対応が必要な場合には、当院のような摂食嚥下を扱う歯科になるべく早めにご紹介いただくという流れをつくることで、患者さんの食べること、ひいては全身の健康を支えることにつながるものと考えています。

口腔機能低下症における歯科衛生士の役割
 歯科医院における歯科衛生士業務に関しても歯周病の治療・メインテナンスと考え方は同様です。そして、効率よく検査をし、効果的に訓練を行うためには、歯科衛生士の存在は欠かせません。
 摂食嚥下リハビリテーションの分野では、日々の口腔ケアや口腔機能訓練などに歯科衛生士が主体的に携わり、職能としても重要なポジションを担っています。最近では医科や介護施設などで歯科衛生士を雇用するケースが増えているように、高齢者医療や介護の現場において、重要な存在となっているのが歯科衛生士です。
 当院では歯科医師、歯科衛生士の他、医師や看護師、言語聴覚士、薬剤師、管理栄養士といった他職種とともに摂食嚥下サポートチームを組織しています。その中では職種による優劣はなく、それぞれの職域が専門の知識と技術を持ち寄り、摂食嚥下のサポートに当たっています。特に歯科衛生士は歯科医師よりも患者さんと近しい存在であり、よりきめ細やかに口腔機能低下症を診ていくためには、なくてはならない存在です。

疾患によるサルコペニア
 例えば、心疾患を患うと心臓を動かすために大量のエネルギーを消費します。そのため、食事が十分に摂れていても痩せてしまうことがあります。
 サルコペニアを発症し全身機能も衰えた高齢の患者さんに対して、やみくもにリハビリテーションを実施すると、かえって低栄養を進行させてしまうことがあります。栄養が不足している場合は、まずは栄養を摂る方法を検討します。
 以前、お肉が食べられるほどに回復した男性の患者さんが、退院後1年半で再入院となったことがありました。ガリガリに痩せ細り、サルコペニアと低栄養、そして、嚥下障害も発症していました。この患者さんはもともと重度の心疾患を患っていたのです。
 このようなケースを回避するために、退院後に開業医の先生へお繋ぎしています。また、少しでも問題が観られた場合は、できるだけ早くこちらへ紹介していただくことを推奨しています。

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