のぼるくんの世界

のぼる君の歯科知識

熟睡者

2024年07月06日(土)


 スウェーデン発・世界的話題書
著者 クリスティアン・ベネデイクト
   ミンナ・トゥーンベリエル
訳者 鈴木ファーストアーベン理恵
サンマーク出版
2023年7月25日発行
1600円
 夜の睡眠は心身にとって最上の休息。しかし、眠れなくても、「横になる」だけで効果がある。暗闇の中でただ横になって休んでいるだけで、脳は外部の大方の情報から遮断され、リラックスできる。体と心には恵みの時間となる。
 年配の人は新たな情報を処理することも少なくなるため、それほど多くの睡眠を必要としない。静けさを楽しむことができれば、休息の効果はより大きくなる。
 満足に眠れなかったとしても、朝の起床後には、太陽の光を目で受けてコーヒーを1杯飲み、しっかり朝食をとり、体内時計と睡眠・覚醒リズムを整えよう。
 眠りにつくと、短期記憶保管庫である「海馬」に保存された一時的な記憶は、価値あるものだけを睡眠紡錘波によってシナプス強化し、長期記憶に保存する機会が与えられ、必要としない神経細胞の接合の大部分を除去し、脳は次の日に必要となる空き容量を十分に確保する。
A.睡眠改善対策 
 睡眠は言わば、覚醒時の行動を映し出す鏡。起きている間の睡眠衛生(睡眠に影響を与える生活習慣や行動)に気をつけることで、夜ぐっすり眠れるようになる。睡眠とは、丸1日、24時間の行動の産物。睡眠の謎を解き明かし、毎日の習慣に小さな変化を加えるだけで、睡眠を著しく改善できる。
 起床後に太陽の光をたっぷり浴びた方が絶対いい。一方、日暮れから深夜にかけては、腸を休ませるのが大切。睡眠の改善に取り組むことには大きな価値がある。
 a.体内時計を「自分」で調節する方法
 朝の光が、覚醒を担当する時計のスイッチをオンにするよう体内時計に働きかけ、睡眠・覚醒リズムを整える。夜には体の温度を下げ、朝になるとまた体温を上げる。
 昼と夜の間で、光の量、運動量、食事のパターンに大きな差をつけると、体内時計が睡眠と覚醒の時間を正しく理解してくれる。昼と夜のコントラストをはっきりさせることが、睡眠と長期的な健康、そして寿命には重要。
  1.朝、外に出て、日光を浴びよう
 体内時計は朝の光に敏感に反応するため、日光を浴びる時間帯は早ければ早いほうがいい。晴れた日は30分、曇りの日は長めに。外出できない人は、窓際に座ろう。それも難しい場合は、「昼光色ランプ」を導入しよう。日光に当たる時間が少ないと深い眠りに入りにくく、悪循環が始まる。
  ①「太陽光」で睡眠の質を上げる
 「太陽の光」が体を目覚めさせる。「マスタークロック」とも呼ばれる視交叉上核は、体内時計のうち唯一、光の信号を受け取り、中継することができる。この働きにより、徹夜して大きな睡眠負債を蓄えていても、次の日、心身が完全に使い物にならない状態に陥らずにすむ。 
  ・目は「朝」「夕」光に敏感になる
 外が明るくなり、覚醒の時間が始まったこと、または暗くなり、それが就寝の時間を意味することを私たちの体が認識できるよう、人の目は、特に朝と夕方、太陽光に敏感に反応する。
  ・外出できない人は、窓際に
 著者が研究チームと共に医学専門雑誌『睡眠医学』に論文を発表した。
 窓から1メートル以内にベッドがある患者は、1メートルより離れた位置にベッドが置かれた患者よりもよく眠れるという結果と、前者は、夜の睡眠時間が丸まる1時間長く、回復も早く、退院までに要する時間も短かったことが示された。
   ②「ブルーライト」が睡眠を破壊する
   ・スクリーンと紙で「読後の眠り」が変わる
 ブルーライトは太陽の光に似ているため、体内のメラトニン分泌が遅れ、それに伴い睡眠の時間が後にずれてしまう。その結果、電子書籍リーダーでの読書の後には、メラトニンの分泌が遅れ、紙の書籍を読んだ後に比べ、入眠時間は遅くなり、夜に眠気を感じにくくなり、レム睡眠の時間が短くなり、起床時の疲労感が増加する。
   ・「夏」はブルーライトの影響が少なくなる
 夜に画面から受ける影響の大きさは、日中どのくらい光を浴びたかに左右される。長く太陽の下にいた場合は、日光に似たような光を夕方から夜にかけて浴びても、脳はそれほど敏感に反応しない。真の問題はデジタル機器ではなく、太陽の光の不足にある。
 ・夕方や夜間にタブレット、コンピュータ、スマホを利用する場合、「ブルーライトフィルター」を起動させる。
  2.「寝室」の温度を下げてぐっすり
 体温の低下は、体の全ての細胞にある体内時計に、夜が始まって眠りの準備を開始する時間がきたことを知らせる合図となる。
 脳は夜の間も日中と変わらない量のエネルギーを必要とする。睡眠中は食事を摂ることはできないので、体温を下げて体の他の部分のエネルギーを節約しなければならない。
  ①就寝前に暖房を弱める
 自然な睡眠・覚醒リズムを正しく保つためには、就寝前の室内温度を上げすぎないように注意しよう。夏はクーラーをつけ、冬は暖房をきつくしすぎないようにすることが大切。体温が最も下がるのは明け方3~5時頃で、よく夢を見ている時間帯。
  ②手足が温まって「睡眠にあった体温」になる
 就寝前に熱いシャワーを浴びたり、バスタブに浸かったりして体温を上昇させることは、睡眠を促す効果があり、早く眠りに就くための自然な方法である。皮膚が温められることによって血管が広がり、それにより熱が放射され、快眠の条件である体の冷却が促進される。加えて、就寝直前の手足の皮膚温度の上昇は、脳にとって「体温を下げ、眠りの準備を始める時間がきた」という合図になることも明らかになっている。
  3.寝室の空気循環にも留意する
 最適な睡眠のためには、夜の間、十分な酸素量を確保することが大事。人は窓を開けたままの方がよく眠れるという結果が出ている。寝室のドアを閉めずにおくだけでも、空気の循環が著しく改善されることもわかっている。
  4.「食べたもの」で眠りが変わる
  消化器系は夜の間休息を必要としている。朝は皇帝のように、昼は王子のように、夜は貧者のように食べる。肉類や脂っこい食べ物は胃の中に長くとどまるため、体は遅くまで働き続け、長く起きることを強いられる。「玉ねぎ」「食物繊維」は腸でガスを発生、夜間の休息を奪い、睡眠の邪魔に。
  5.運動は明るいうちに、できれば午前中に
 夕方から夜にかけては、激しいスポーツは避けたい。
 睡眠・覚醒リズムの最適化を図るには、午前中に運動するとよい。逆に、19~22時にランニングすると、体内時計が後にずれてしまう。発汗が促されるような運動は、遅くとも就寝3~4時間前には終わらせることを勧めたい。「運動」する時間で朝型になったり夜型になったりする。
 興味深いことに、睡眠障害に悩まされているスポーツ選手は少なくない。スポーツイベントが、遅い時間帯に開催されるためだろう。
 b.人間の身体は「1日2回」眠る設計
 私たちの体は日中、たいていの場合、13~15時の時間帯に短い休息をとるようにできている。まどろむのは最高。昼寝は睡眠・覚醒リズムの自然な構成要素。
 「私たちの体は本来、1日2回睡眠をとるように設計されていて、連続して7~9時間眠るようにできていない」と考える研究者も多い。
  1.昼寝は15分を超えないのが条件
 前頭葉の息抜きの時間。さもないと、夜の深い眠りの時間が減少するリスクが生じる。ホルモン分泌の観点から、夜の深い睡眠のほうが昼のそれよりも高い疲労回復と再生効果を持つことに留意が必要。
 日中の長時間睡眠と死亡率の増加には関連があることが研究で示されている。長い昼寝に伴い夜の睡眠の質が低下し、再生のプログラムが十分に遂行されない事がその理由。
 昼寝では、宣言的記憶と手続き記憶は強化されるが、創造性が助長されることはない。
  2.「目を閉じる」だけですごい効果がある
 昼寝の代わりにしばらくの間、たんに目を閉じて過ごすのも悪くない。目に飛び込んでくる外部情報を遮断することで、脳に休息を与えられる。
 c.朝型人間と夜型人間
 朝型の人は、夜早い時間に体温低下やメラトニン分泌があり、早朝の体温上昇も早いため起床時間も早くなる。「早朝からベスト」な人はほんの一部。
 夜型人間は、体温の低下とメラトニンの分泌が遅く始まるため、睡眠の量と質を確保するには朝寝坊しなければならない。夜型人間のほうが、テレビやスマホといった人工の光に敏感に反応し強い影響を受ける。
  1.テストは「受ける時間」で成績が変わる
 「ティーンエイジャー」はブルーライトに敏感なグループ。
 子どもの頃は絶えず沢山の新しい情報に直面し、大きな睡眠負債が蓄積され、それを早く寝ることで解消しなくてはいけない。だが、10代の若者は夜遅くまで起きていようとし、この時期に夜型人間になってしまうことが多い。多くの場合、反抗期だからではない。
 ティーンエイジャーは8時実施より11時のテストのほうが優れた成績を収める。授業の開始を30分遅らせ、9時半にすれば、生徒たちは十分な睡眠をとり、高い成果を出す。
  2.人間は「朝型→夜型→朝型」の順で成長する
 幼児期は朝型人間。思春期になると、体内時計が後にずれていく。しかし体内時計は、女子の場合20歳頃から、男子の場合は21歳頃から再びゆっくりシフトしはじめる。年を重ねるにつれ、少しずつ朝型人間に回帰していく。これは、加齢に伴い脳内に老廃物が蓄積していくことに起因している。そのような老廃物には、アルツハイマー病の発症に決定的な役割を果たし、脳細胞の減少にも関与する「アミロイドβ」がある。このような老廃物が多く沈着する高齢者は大半の場合、睡眠・覚醒リズムに乱れが生じていた。さらに、年齢とともにリスクが高まる白内障によっても、光を感知することから始まる目とマスターロック間のコミュニケーションが阻害されるようになる。
 d.「時差ぼけ」で体内時計がカオスになる
 タイムゾーンをまたいでも、他の体内時計に情報を伝達するマスタークロックは柔軟に、新しいタイムゾーンにすぐに適応できる。しかし、他の体内時計が新たなタイムゾーンに順応する速度はまちまち。肝臓の体内時計はまもなく夜モードに切り替える必要があると感じていたり、腸の時計はもう少し進んでいたりする。器官の間のチームワークに混乱をもたらし、その結果、代謝障害や疲労が生じる。
  1.「東への旅」は西よりきつい
 人間にとって、体内時計の針を前に進める(東へ飛ぶ)のは、自分の体内時計より後の生活リズムに適応させる(西へ飛ぶ)よりも難しい。
 西へ向かう旅では、夜型人間が有利。そもそも後にずれているので、新しい睡眠・覚醒リズムに比較的早く適応できる。しかし、夜型人間は、早く寝ることが得意な朝型人間よりなかなか寝付けないので東へ向かう旅ではデメリットになる。
  2.薬局の「メラトニン」は眠り薬ではない
 時差ぼけを速やかに克服できるというメラトニンのサプリメントが世界中で話題となっている。確かにメラトニンを摂取することで眠気を強めることができる。だがそれで、睡眠の質がよくなるわけではない。メラトニンは、睡眠のタイミングをコントロールするが、睡眠の質を改善する「睡眠ホルモン」ではない。
 全人口の30%は遺伝的要因により、体細胞内のメラトニン受容体がメラトニンに対して強く反応し、膵臓から分泌されるインスリン量が減少し、高血糖症になりかねない。副作用や長期的な影響に関する研究を待たずに、メラトニン摂取を推奨するのは時期尚早。
 e.「ファーストナイト・エフェクト」で熟睡が難しくなる
 枕が変わり眠れなかった経験。慣れない場所では最初の晩は熟睡できず目を覚ましやすい。これを石器時代の名残の「ファーストナイト・エフェクト(第一夜効果)」と考える。当時は、未知の新たな場所で睡眠中に完全にリラックスし、熟睡することは、脳にとってリスクを伴う行為だった。そこで左脳が夜警の役割を担当した。右脳を休ませ、左脳はわずかに覚醒した状態を維持した。
 アメリカのブラウン大学の研究者がMRIを用いて測定すると、見知らぬベットで始めて睡眠をとる人の脳活動が左右非対称だった。右脳が深い睡眠状態にある間、左脳の眠りは表面的で、浅い徴候が見られた。ためしに物音を立ててみると、左脳のほうが通常よりも敏感に反応した。2日目の夜には、左右差は確認できなくなり、被験者たちの脳が物音に対して初日同様の反応を見せなくなった。

B.睡眠のメリット
 2型糖尿病や肥満、認知症、うつ病などの病気の予防効果を持つ。
 記憶力や集中力、創造的思考力が向上するため、学校や仕事で高い成績を出せる。
 日中解決できなかった問題の答えを寝ている間に思いつくこともある。
 質のよい睡眠を取った後は、感情移入スキルや共感力が高まる。
 a.たくさん寝て「長期記憶」に保存する
 早く眠った方が「記憶テスト」がよくなる。夜を徹して知識を詰め込んでも何の役にも立たない。効率的かつ迅速に学びたいなら、逆に眠ったほうがいい。睡眠は記憶の形成に最も効果的なツール。
 次の日に試験があるからといって、深夜遅くまで詰め込み勉強をするのは、賢明とは言えない。脳が一時的な情報で溢れかえってしまい、おまけに睡眠が短いために、情報をふるいにかけ、価値あるものだけを長期記憶に保存する機会が与えられない。
 ベストな方法は、試験の数日前から少しずつ繰り返し勉強すること、そして不要な情報を整理するために学習後に深い睡眠をたっぷりとること。
 1.カルシウムが「シナプス」を強化する
 一時的な記憶は、脳の短期記憶保管庫である「海馬」に保存される。正確に言うと、脳のどの部分を使かったかを記憶する。その後、眠りにつくと、これらの記憶が統合される。記憶を司る脳の領域では、視床に依頼した「睡眠紡錘波」が届くと神経細胞へのカルシウムの流れが促され、シナプスが強化され、長期記憶が構築される。
 海馬は言語処理を司る脳の領域へ、100~150ヘルツの「リップル波」を送る。これによって海馬は記憶するために必要な神経回路だけが睡眠紡錘波によって刺激され、長期記憶が確実に形成される。
海馬はどの神経回路が単語の学習に貢献したかを覚えていて、リップル波を用い、睡眠紡錘波を正しい領域へ導く。
 海馬は、新しく形成された記憶痕跡が最初に保存され、睡眠中に記憶の定着が行われた後に再び消去される一時記憶装置。
 2.「何度もやったこと」を脳は優先して覚える
 新しい記憶内容の取捨選択の決め手となるのは、学習の強度、つまり学習内容がどのくらいの頻度で繰り返されたか。
  3.「感情」は記憶を強固にする
 脳が感情を伴う記憶を優先させる。
 b.睡眠中に脳に「空きスペース」ができる
 覚醒時、脳はフル回転している。そのため、脳は多くのエネルギーを必要とする。脳は夜の間、次の日に必要となる空き容量を十分に確保するために、新たに形成された神経細胞の接合の大部分を除去していく。この脳内の清掃プログラムを「シナプスのダウンスケーリング」と呼ぶ。脳が重要とみなす接合だけが削除されずに残る。「生存に重要」と脳にジャッジさせる。
 c.浅い眠りは「運動能力」強化に欠かせない
 睡眠中に「手続き記憶」の固定化も促進される。
 手続き記憶とは、頭で考えなくとも自然に体が動くようなスキルを指す。この能力は、大脳皮質の一部である運動野で形成される。手続き記憶は、浅い睡眠の間に定着し、海馬とのコミュニケーションには依存しない。記憶の保存には、睡眠紡錘波が重要な役割を果たす。睡眠紡錘波が手続き記憶に貢献した神経細胞へカルシウムの流れを促し、適切な神経細胞の接合を強め、それにより運動能力が強化される。
 d.夢が「創造性」を開花させる
  1.「一晩寝かせる」は大正解
 一晩睡眠をとることで、問題を解決できる確率を高められる。
 レム睡眠は脳にとって革新的なアイデアの宝庫であり、新しい記憶の痕跡を残す絶好の機会になる。夢の中で私たちの脳は、異なる時間や出来事からランダムに選んだ記憶を混ぜ合わせる。どのような結果になるかを待つばかり。時には必ず保存しようと思うほどのブレンドできることもあれば、全くそそらない組み合わせもある。
  2.支離滅裂な夢が「創造」を生む
 レム睡眠の間は、記憶の指揮者、海馬は休暇を取るため、明快かつ合理的な思考パターンからは思いつきもしない、創造的な経験をする。
 新鮮な記憶と過去の記憶との新たな組み合わせが生み出されていく。人類の進化に大きなメリットをもたらした。「フェイスブック」の着想、「蒸気機関車」の発明、「元素周期」の発見にもレム睡眠が一役買ったのではと言われている。
  3.幼児は夢で「世界」を理解する
 乳幼児は非常に多くの夢を見る。未知の世界に生まれたばかりの彼らは、生命を理解し、危険を認識し、他者の行動を正しく解釈し、自分の個性を伸ばしていくために、可能な限り創造的でなくてはならない。子どもたちが個性を伸ばし、周囲の環境を理解する上で、レム睡眠が役立つ。
 e.眠って「感情脳」を整える
  1.レム睡眠に「ストレス」を処理してもらう
 レム睡眠のおかげで私たちは、自分の感情と上手く付き合い、それによって精神的なバランスを維持できる。就寝前にはストレスを感じていたことがレム睡眠の間に処理されるため、朝には心が安定した状態で目を覚ませるようになる。レム睡眠が、感情に結びついた記憶のトゲを丸め、覚醒時に経験した感情を和らげる。
 睡眠をとったグループでは、深いな写真を見た時に、扁桃体の活動は低下し、ストレスマネージメントや衝動抑制を司る前頭葉の活動が活発になっている。

C.睡眠不足
 睡眠不足がもたらす影響は、一人一人のパフォーマンスを低下させるだけではなく、経済全体にも悪影響を与える。
 肥満、2型糖尿病、心血管疾患、脳の老化、認知機能の低下、慢性疼痛などは、睡眠不足の悪影響の一部。
 a.「睡眠よりSNS」が学力を奪う
 夜間の睡眠が不足する生徒たちは、授業中の集中力に欠け、知識を吸収する能力も低く、学習内容の長期記憶への定着も旗色が悪かった。この傾向は女子において特に顕著。学力試験の不合格者数を見ると、寝不足の女子は適切な睡眠週間の女子よりも2倍、睡眠が平日・週末とも7時間未満の女子では5倍も多い。
 b.「生産性」「感情」全てめちゃくちゃになる
 睡眠不足は、集中力や創造性の欠如、衝動的な反応、記憶力の低下を招くから、学校や仕事でのパフォーマンスが低下する。加えて、状況を把握し、適切なタイミングに適切な判断を下すのが困難になる。
 アメリカ・アリゾナ大学医学部の研究で、睡眠の時間と質の不足は、仕事上の成果であれ家事であれ、つねに生産性の低下を伴うことが証明された。感情面でも不安を感じやすくなり、衝動的で短気になり、傷つきやすくなる。
 c.アミロイドβの蓄積
 情報を呼び出し、処理し、保存する神経細胞間の内部コミュニケーション活動は、脳内に多量の残留物、例えばタンパク質の一つ「アミロイドβ」を残す。睡眠中に「グリア細胞」が脳内に溜まった老廃物をを洗浄し、「脳細胞」をフレッシュにする。一晩の寝不足で、海馬(アルツハイマー病の初期段階で特に損傷を受けやすい脳の領域)と視床のアミロイドβ量が5%増加する。
 人が眠気を感じるのはアミロイドβの蓄積が原因であり、脳からアミロイドβが「洗い流される」と、再び睡眠から解放される。
 d.睡眠不足と肥満
 一晩の睡眠時間が7時間未満の人は、7~8時間の人に比べ、肥満となるリスクが50%上昇する。睡眠が不十分だと、体内で食欲ホルモンが多く分泌され、満腹ホルモンの分泌が減少する。食欲を抑制する領域の活動が低下している。
 石器時代は、食料が簡単に手に入らず規則正しく食事を摂るのが当たり前でなかった時代、エネルギーを蓄えられるのは進化にとって利点だった。私たちの体はエネルギーを消費するより蓄えるように設計されている。
 日中は体温が高いため、食事から得られるエネルギーの大半は熱生産活動を維持するために使われる。睡眠中に休息をとる準備として私たちの体は体温を下げる。夕方や夜間は食事が熱に変換される量が最も少ない時間帯。そのため、夕食時には、エネルギーを必要としない。したがって、就寝の直前にしっかりとした食事を摂ったり、夜遅くにたっぷり間食したりすると、摂取したエネルギーはそのまま脂肪貯蔵庫に送られてしまう。寝不足の後の体は、より多くのエネルギーを蓄えようとする。

D.睡眠とは
 24時間にある「2つ」の世界。覚醒と睡眠。覚醒中に長時間働き続けてきた脳が、睡眠中なら休憩をとることができる。安定した睡眠・覚醒リズム、それに睡眠がもたらす休息に注意を払うことは、健康な生活への最初の、そして重要な一歩。
 自分のことなのに「思い通り」にならない、自分自身をコントロールできなくなる時間。 睡眠こそが、私たちに健やかで活力に満ちた生活をプレゼントしてくれる最良の友。
 a.眠ってしかできないことが山ほどある
  1.体のあらゆるところを「再生」する
 夜の休息中、体内では「メラトニン」というホルモンが大量に分泌される。メラトニンは誤ってプログラムされた細胞を探し当てる働きがあり、特定のがんリスクの低減に寄与する。
  2.脳は日中の情報を整理し、「ゴミ」を排出する
 脳波、重要だと思われる情報を全て保存する。また、取るに足らない情報は、清掃プロセスを遂行し、ハードディスクから整理・削除する。
 睡眠を十分に取らないと、脳内では廃棄物が大量にたまり、ダメージを受けやすくなり、脳の老化が早まる。重要な神経細胞の繋がりが損なわれ、記憶障害や最悪の場合は認知症の発症を引き起こしかねない。
 b.睡眠の4つの異なるステージ
 浅い眠り・深い眠り、どちらも必要。4つの異なるステージが夜の間に何度も繰り返される。
  1.第1ステージ 覚醒から睡眠へ
  浅い眠りの前半。4つのうち最も短く、睡眠全体の5%。
  入眠すると体の緊張が緩むため、体がピクッとする(ジャーキングと呼ばれる現象)。
平衡感覚システムは、脳の他の領域とは違い、睡眠モードに切り替えられないため、最後まで緊張を元の状態に戻そうとする。それが入眠時の筋肉の痙攣としてとして現れる。
  2.第2ステージ  貴重な「睡眠紡錘波」が出る
  睡眠全体の50~60%を占める。
 「睡眠紡錘波」と「Kコンプレックス」という2種類の脳の活動が特徴的。
   【睡眠紡錘波】
   ①視床から大脳皮質へと送られる非常に速くリズミカルな脳波。
 あらゆる感覚情報(嗅覚を除く)は、「意識の扉」とも形容される視床を経由して大脳皮質へ到達し、そこで分析、分類される。
   ②睡眠紡錘波が「外の世界」を閉ざす
 睡眠紡錘波が多いほど、まとまった睡眠がとれる。睡眠紡錘波の出現が少ない人は睡眠中に目が覚めやすく、睡眠の質も低い。男性よりも女性のほうに睡眠紡錘波が多く現れる。
 睡眠紡錘波のもう一つの大事な役割は、途中で覚醒することなく睡眠を維持できるように働き、脳に十分な時間と休息を与えて、記憶の強化に専念できるようにすること。
   ③睡眠紡錘波が多く発生すると、運動能力の発達が促される。
 高齢者はたいていの場合、若い世代よりも睡眠紡錘波が少ない。新たな刺激にさらされる機会が少なくなることも原因ではないかと考えられている。「使う鍬は錆びない」
  参考に 「ホワイトノイズ」で子どもの眠気を誘う
 ホワイトノイズとは、子どもに聞かせても害のない、掃除機やドライヤーの音のような一定した雑音(ノイズ)。子どもだけではなく、大人の心も安定させる。
 安全に守られていた子宮内で9ヶ月ずっと聞いていた血液の流れの音を思い出すというのが通説。それに加え、規則正しい音が、脳の注意を惹き覚醒へ引き戻す「周囲の他の音」の影響を和らげると考えられる。
   【Kコンプレックス】
  ①上下に大きく揺れる波形が特徴的なゆっくりとした脳波で眠りが続く
  ②外部からの刺激から睡眠が妨げられないように働く。
  例えば、横で寝ているパートナーがいびきをかき始めると、「Kコンプレックス」が大脳皮質に「この音には反応しなくていい、眠り続けて」とメッセージを伝える。
 3.第3ステージ  石のように眠り、「回復力」MAX
 深い眠り、脳と体が深い休息状態に浸っている段階。夜の前半に生じる。上下に大きく振れる、ゆっくりとした脳波が見られる。この脳波の特徴から「徐波睡眠」とも呼ばれる。
 このステージの途中で起こされると、頭がもうろうとしているような感じ、脳が再び完全に目覚めるまで15分ほどかかる。「睡眠惰性」「睡眠酩酊」と呼ばれる。
脳波が1~2ヘルツとなる最も深い段階は、おもに覚醒時に目立って活発な脳の領域、特に、集中したり、意思決定したり、ストレスを克服したり、新しいことを学んだりする際に絶えず働き続ける前頭葉で起きる。
  ①組織は修復、再生されていく
 「コルチゾール(ストレスホルモン)」が減り、「ソマトロビン(成長ホルモン)」が増える。血圧や心拍数も覚醒時より低下し、心血管系に休息の時間が訪れる。
  ②神経細胞の「繋がり」が整理される
 視床が大脳皮質を外界からの刺激から遮断するから、深い眠りに入れる。大脳皮質、視床、海馬の間の相互に完璧に調和のとれたコミュニケーションは、長期記憶の構築の重要な前提条件となる。
 新たに形成された神経細胞の接合(シナプス)のうち、余分な繋がりだと分類されたものは除去される。それにより、覚醒時にまた新しく物事を学び、処理するために必要な容量を確保できる。
  ③「睡眠負債」は覚醒時間が長いほど溜まる
 深く眠るには、精神的にも身体的にも活動的であること。朝のうちに太陽の光をたっぷり浴びた人は、その夜に質の高い睡眠を享受できることが研究でも明らかになっている。別の研究では、一晩の睡眠時間が少ないほど、翌晩の深い睡眠の量が増えることが報告されている。
 9時間以上睡眠を取っている人が7~9時間睡眠の人よりも若くして死亡する主な原因には、深い眠りが十分でない状態が長く続くことにあると推察される。
 高齢者、特に男性は一般的に眠りが浅い傾向が見られる。年配の人は既に経験や情報を集め、定着させることができているため、深い睡眠をそれほど必要としないのかもしれない。
  4.第4ステージ 「レム睡眠(急速眼球運動)」と呼ばれる
 深い睡眠は、夜の始めに長く、次第に短くなっていく。レム睡眠は夜が深まるにつれて長くなっていく。閉じられたまぶたの下で眼球が活発に動く。外見から人が夢を見ていることが分かる。夢を見ている間に脳はゆっくりと、起きて現実に戻る準備をする。目を覚ます直前に特に多く夢を見るのはこのため。
  ①「思い出すもの」がランダムに選ばれる
 レム睡眠の間、脳は覚醒時と同じように活発に働いている。しかし覚醒時やノンレム睡眠時とは異なり、海馬はレム睡眠の間、どの記憶内容を活性化させるかの指揮権を持たない。レム睡眠中の記憶内容の選択は、むしろ偶然に支配される。感情を呼び起こしたものや覚醒時に完全に処理されなかったものが活性化される。
  ②夢の内容に随意筋は反応できない。
 私たちの筋肉がレム睡眠中に麻痺したような状態に置かれるのは、幸運としか言いようがない。レム睡眠中、随意筋は神経刺激を受けないので、夢の内容に反応できない。そのため、夢で見ていることが物理的に実行に移されなることはほとんどない。
 ところが、いわゆるレム睡眠行動障害に悩む人はレム睡眠中に随意筋が遮断されず、夢の内容に合わせて体が動いてしまう。当然、危険を伴う。

E.睡眠時間
 a.平均睡眠時間
 ポーラル・エレクトロのウェアラブル心拍計とスマートウォッチの世界中のユーザーの睡眠データを比較すると、日本の男女の平均睡眠時間は一晩あたり約6時間35分。国際平均と比べて約45分短い。休息を大事にするフィンランドと比較するとほぼ1時間の差。
 b.7~9時間眠る人は「有病率」が最も低い
 ティーンエイジャーでは少なくとも8時間、学童期では9時間、幼児の場合は約11時間の睡眠を取る場合に有病率が最低となった。研究結果はあくまで集団単位のもの。個人レベルではそれぞれ違いがあり、睡眠の質こそが脳機能と免疫システムの円滑な働きに重要。
 2018年の春、『睡眠研究ジャーナル』に睡眠不足を補うスウェーデンの研究論文が発表された。平日の睡眠時間が短いが、週末に不足分を補えた人は、推奨されている睡眠時間を確保している人と比較して、死亡リスクの上昇は見られなかった。
 c.「眠りすぎ」もよくない
 睡眠が9時間より多い人は、7~8時間の睡眠を取っている人に比べ、寿命が短いことが、複数の研究で確認されている。長く眠る人は、質の悪い睡眠を補うために追加的な睡眠時間を必要としている事が解明されている。頻繁に目が覚めてしまう。その原因の一つには、「睡眠時無呼吸症候群」があげられ、体と脳にとって大きなストレスとなる。睡眠においては、量より質のほうが大切。遺伝的体質で、睡眠時間が長い人もいる。全てのロングスリーパーがリスクグループに分類されるわけではない。

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