国際法
2021年04月03日(土)
大沼保昭著
2018年12月10日発行
ちくま新書
1100円
国際法の大家が、病床で書き上げた渾身の遺稿
幕末以来日本にとって重要な出来事にほぼ例外なく国際法が関わっている。先人たちは条約改正、日清・日露戦争、サンフランシスコ条約による講話と独立の回復など、こうした重大事に直面して必死に国際法を学び活用してそうした重大事を乗り切ってきた。これに反して国際法を軽視し、その活用を怠った第2次世界大戦では日本は、約7000万の人口のうち300万以上の犠牲者を出し、国家滅亡の危機に瀕した。
21世紀はこれまで支配的だった欧米中心のリベラルな国際秩序が、超大国化しつつある中国、各種テロ集団、利己的的な行動に走る地域大国などから様々な形で揺さぶられ、破られ、蹂躙される「国際法の冬の時代」となると考えられる。
「善きことはカタツムリの速さでしか進まない。しかし、たとえカタツムリの速さであれ、それは一歩一歩前に進んでいるのである(マハトマ・ガンディー)」
世界における日本の経済的地位と影響力が低下していくことが明らかな21世紀だからこそ、メディアも一般国民も経済力に代わる「知の力」である国際法を身につけ、国際社会の荒波を渡っていくべきである。
集団的自衛権、領土、元「慰安婦」の問題は国際法上の概念だが、それを日本では憲法学者や国際政治の専門家、外交評論家が論じている。そのため国際法学者から見ると、「ポイントが外れている」議論も少なくない。
1.国際法の働き
国際法は、利益、価値を異にし、対立する紛争当事国にとって、貴重な「共通のことば」である。紛争解決の基準を示し、紛争解決を促進し、共通理念の方向へと諸国の行動を収斂させるのに貢献する。諸国は国際法の個々の規則を破ることはあっても、国際法という制度そのものを破棄しようとはしない。国際法に訴えるということは非暴力的手段で問題を処理するという意味を相手に伝えることである。
国際裁判所には、最終的に権威を持って国際法の解釈を確定する役割がある。国際法の解説は著者の母国とのつながりを反映している。英国と米国は判例法の国であり、成文法典を前提に考える独仏などの「欧州大陸法」の国々とは異なっている。
2.条約
条約には様々な名称が付けられてきた。条約(日米安保条約など)の他、憲章(国連憲章など)、規約(国際人権規約など)、規定(ICJ規定など)、協定(沖縄返還協定など)宣言(日ソ共同宣言など)など様々な名称が用いられる。「憲章」や「規約」は重要な多国間条約に用いられることが多く、比較的軽い事柄を取り決める条約には「協定」という名称を伏すことが多い。共同宣言は法的拘束力を持つ条約とされないことが多いが、1956年の日ソ共同宣言のように法的拘束力を有する条約の場合もある。
条約は言語を異にする2国間で締結される場合、両国の言語を共に正文とすることが多い。例外的に当事国以外の言語が正文とされることもある。日韓基本関係条約が日韓英を正文とし、解釈に違いがある時は英語の正文によるとしたのはその一例。
1969年に締結された「条約法条約」は、国連憲章に体現された国際法の諸原則に違反する武力による威嚇・武力行使の結果締結された条約を無効とした。国連憲章で初めて規定されたのではなく、既に存在していた原則を国連憲章が体現したという趣旨。それゆえ、国連憲章以前に結ばれた条約が無効となることもある。この条文を日本政府が「体現する」ではなく、「規定する」と訳しているのは不適当である。
①条約の解釈
法の解釈にあたって行為時を基準とすべきか、その後の規範意識の変化を考慮に入れるべきかという問題は、法の二大目的の調整に関わる難しい問題。
現代の国際社会で有力になりつつあるのが「発展的解釈」。これは、条約締結後の規範意識の変化に従って条約を解釈し、紛争が生じた時点における人々の規範意識を重視する立場。欧州人権裁判所はこうした判決を下す傾向が強い。
これに対して、日本の裁判所は行為時点を基準として条約を解釈する傾向が強く、その点が、発展的解釈をとる傾向が強い韓国との間で大きな問題を生んでいる。とくに、条約締結時には個人の請求権を保証するとは考えられていなかった戦争法関係の条約など、戦争捕虜や元「慰安婦」等が補償を請求できる「個人請求権」の根拠と考えるべきかなど、戦争被害者の人権保障の分野において重大な論点となっている。
1995年から元「慰安婦」の方々に総理のお詫びの手紙と共にアジア女性基金をお渡しした。日本国という「国家」を構成する国民の公的な償い金であつて、民間の私的なお金ではない。国際法上も国内法上も、「国民」と「民間人」は同じではない。にもかかわらず20年以上もの間、日本のテレビも新聞も、「アジア女性基金という日本の民間団体が民間の償い金を被害者にお渡ししてきた」と報じ続け、政府も言い方を正そうとしなかった。メディアと政府の行為は、「日本は元『慰安婦』への償いにあたって、民間からの拠金で済ませ、国家として何の償いもしなかった」という謬見を全世界に広め、定着させてしまった。
②日中共同声明
1972年に日中共同声明によって中国との国交回復が果たされた。日本側は田中角栄首相と大平正芳外相、中国側は毛沢東・共産党主席と周恩来首相の傑出した指導力によって実現したこの声明は、国際法上も日本の国内法上も条約ではない。与党内にも親台湾勢力が強く、日中国交正常化への抵抗が強かった日本では、政治力学上日中の合意を国会承認条約とすることは困難だった。日中両政府の合意が「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」とされた所以である。
とはいえ、この声明は「戦争状態の終結と日中国交の正常化」という、日中間の戦争の講和条約という意味を持ち、具体的な規定も講和条約が規定すべき内容を多く含んでいる。
日中共同声明は激しく議論され、最終的には条約ではないとされた。日中共同声明第5項で中国は日本に対する戦争賠償を放棄している。共同声明が条約でないとすると、中国による賠償放棄は中国を法的に拘束するものではない。
3.柔軟な国籍法による異民族の社会的統合の促進が日本の多民族社会に役立つ
現在の日本は、両親のどちらかが日本国民なら子どもも日本国民となる両系血統主義をとっている。これを親が外国人であっても子どもには生来の日本国籍を付与する「二世代出生主義」に変えることは十分検討されてよい。また、法令の「日本人」・「国民」規定を「住民」と読み替えて解釈することも民族的少数者の社会統合を促進する。
国籍の取得は出生による生来取得と後天的取得に大別される。生来取得は出生児の親の国籍を基準とする血統主義と出生地を基準とする生地主義に大別される。血統主義は独仏、日韓など欧州大陸とアジアに多く、生地主義は米国、ブラジルなど、移民を受け入れてきたアメリカ大陸の諸国に多い。ほとんどの国は生地主義、血統主義のいずれかを原則とするにせよ、他方を補完的に採用している。
日本は比較的厳格な血統主義をとっている。そのため、親のいずれかが日本国民でない限り、祖父母、曾祖父母の代から日本社会の住民であっても生来の日本国籍を取得できない。例えば、在日韓国人の多くは日本生まれで、日本語を母語とする日本社会の住民なのに日本国民ではなく、参政権など国民の権利もない。これは世界に例を見ない異様なあり方であり、是正すべき物である。
①第2次世界大戦後、英仏の植民地支配下にあった人々やドイツのオーストリア併合でドイツ国民とされたオーストリア人は国籍選択の自由が認められた。しかし、日本政府はそうした世界の趨勢に背を向け、韓国・朝鮮、台湾の出身者とその子孫が保持していた日本国籍を一律に剥奪する形で敗戦と植民地の独立に伴う国籍問題を「解決」してしまった。今でも単一民族神話に凝り固まった日本の政府と司法府が態度を変えることはない。
②1980年代に西欧諸国は多くの移民労働者を受け入れ、本格的な多民族社会への道を歩み始めていた。日本は途上国からの移住希望者を「実習研修生」など、実態と異なる一時居住許可者のカテゴリーに押し込むことにより、日本社会の多民族化を先送りしてきた。
参考に 日本は生物学上は明らかに多民族国家、中国や韓国は単一民族国家
論点10 日本は移民・難民をもっと受け入れるべきか
kojima-dental-office.net/blog/20210203-14589#more-14589
4.人権
「人権」はしばしば他の価値や利益を無効化する「聖なることば」として機能する。しかし、こうした味方は日本を含む先進国のものである。
人権の普遍性を想定して世界中の国々に広めようという考えは誤りであり、人権は各国の文化文明・宗教的伝統と特質に従って独自に選択するやり方で実現すべきものである。
1990年代に社会規律が保たれている「優等生」の国、シンガポールのリー・クアンユー首相が「人権の特殊性・相対性」を主張。この主張はそれまでナイーブに人権の普遍性を信奉していた欧米の政府関係者や知識人に大きな衝撃を与えた。日本政府は欧米先進国や韓国と歩調を合わせて普遍的主義的人権観を主張した。
1993年に採択されたウィーン人権宣言は、相対主義的人権観も一定程度取り込みつつ、全体としては人権の普遍性をうたいあげるという、価値観・人権観が大きく異なる諸国が合意できる人権観を体現したものとなった。
5.集団的自衛権
自衛権は国際法上の制度であり、あくまで武力行使の禁止という国際法の基本原則の例外と位置づけられる。日本国憲法には、9条にも平和主義をうたう前文にも自衛権は規定されていない。集団的自衛権は1945年の国連憲章制定時に規定された新奇な概念。
9条の解釈や改正を論ずるうえで自衛権を論ずることは許されるが、国際法上の自衛権に関わる理論と諸国の実行を十分に検討しなければ、国際社会には通用しない。国際社会に通用しない議論は独善であり、国を誤らせる。
1931年の「満州事変」の時、日本の政府と軍部は関東軍の行動を自衛権の行使だと正当化した。メディアも、国際社会の自衛権解釈から目を背け、日本国内にのみ通用する自衛権論を主張した。こうした歴史の教訓を忘れてはならない。
6.固有の領土
日本政府が長年主張している「固有の領土」論も、国際法学者から見ると困ったものである。
日本政府が、対外交渉との関係で「北方領土」、尖閣諸島、竹島などを「固有の領土」と性格づけることにはそれなりの理由があった。しかし、メディアや一般市民が「北方領土」、尖閣諸島、竹島を「固有の領土」といった用語・論法で考え、論ずべきことにはならない。問題の解決という観点から見ると、国民全体が「固有の領土」という誤った観念・発想に染まってしまうことは、日本政府が相手国の政府と外交交渉による問題解決を模索する際、不必要に日本政府の手を縛り、妥協を困難にし、問題の解決を阻害してしまう可能性が高い。
メディアはさらに、2012年の日本による尖閣諸島の「国有化」を語り続け、日本政府もこれを正そうとしない。日本政府は尖閣諸島所有者からの購入であって、国有化ではない。国際法上、「国有化」は私的な購入とははっきり区別される権力行為。「国有化」となると、国が尖閣諸島を購入したという私的な行為に、日本政府による権力行為という異なる意味を付与することになる。「日本の国家権力による尖閣諸島の収用」といった権力的でネガティブなメッセージを送ってしまい、日本の国際的なイメージを傷つけ、日本国民の利益を損なう。
7.領海
日本は、宗谷海峡など5海峡を「特定海峡」に指定し、敢えてその領海幅を3海里に留め、海峡内に公海部分を残している。これらの海峡を法的に可能な12海里とすれば、核装備艦も日本の領域内を自由に航行できなくなり、非核3原則が維持できなくなってしまう。
密約
www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=1221
8.国家
国家は、自国民が自国の領域主権が及ばない空間(公海、公空等)にいる場合にも、国籍を媒介として自国民を保護する。しかし、自国民が他国の領域内にいる場合は、その国の意思に反して自国民を逮捕し、あるいは裁判判決を執行することは許されない。
1895年に清朝が日清戦争に敗れ、それまで最も忠実な朝貢国だった朝鮮が国際法上「独立自主」の国家であることを認めた。それまでの中国は、一連の対欧州列強との戦争に敗れながら華夷思想に固執し、欧州中心の国際体系にの世界化に対する最大の抵抗者だった。
革命政権によって旧来のものと完全に異なる体制に変更されたとしても、その国は国際法上同一の国家であり続ける。革命後の国家は革命前の政府が締結した条約に拘束され、革命前の国家が持っていた債権や債務は同一の権利義務として維持され、革命後の国家がこれを一方的に拒否することはできない。
政府首脳や官僚が国家機関として、自己と国家を同一視する「我が国」ということは理解できる。しかし、そうした立場から離れた認識を目指すべき学者やジャーナリストが、日本という国家を指すのに「我が国」というのは疑問である。
9.米国法の域外適用と国際法
自由競争経済を信奉する米国は、競争制限的な行為が自国内に効果を及ぼす場合には、自国の競争法を在外行為者に適用できるという効果理論に基づいて国外企業の活動にも独禁法や輸出管理法の規制をおよぼすようになった。国際的に活動する多くの企業が米国法の域外適用により厳しく規制されるようになった。20世紀末頃から、西欧諸国、日本も、さらに21世紀には中印など途上国の大国も効果理論に基づいて自国法を域外適用するようになってきた。
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