「他者」の起源
2019年09月25日(水)
2019.9.25.
ハーバード連続講義録
トニ・モリスン著
解説 森元あんり 訳者 荒このみ
東洋経済新報社
20019年7月22日発行
920円
トニ・モリスンは、1993年にノーベル文学賞を授与された最初のアフリカン・アメリカンの作家。2016年春、ハーヴァード大学で「帰属の文学」について行った連続講演の原稿を元にした単行本。アメリカ合衆国とはいかなる社会であるか、書籍文字を通して、またさまざまな遭遇を通して「他者」とは何かを問い、その関係性を分析し、アメリカ社会の理解を深めようとしている。トニ・モリスンの発想と主張を抜きにして、今日のアメリカ社会を理解することはできない。アメリカ社会における「アフリカ」について知ることこそ、今日のアメリカ社会を知ることに繋がる。
アメリカの黒人という特異点を設定することにより、それぞれの読者に自分では開くことのできない窓を開ける働きをしてくれる。その窓を通して読者は自分を取り巻く現実とは違う世界に目を向けることができるようになる。
1.「アメリカの黒人」とは
「黒人」はアメリカだけに存在する。彼らは「アフリカ系アメリカ人」とも呼ばれるが、アフリカに住むアフリカ人は、それぞれガーナ人であり、ナイジェリア人であり、ケニア人である。唯一の例外は南アフリカ共和国に住む人。
「アメリカの黒人」は、アメリカ合衆国の中で奴隷制度をくぐってきた黒人であり、アフリカの黒人たちと同じ土俵に立っていない。また、西インド諸島で奴隷になった先祖を持ち、のちにアメリカ合衆国へ移民してきた黒人とも明らかな断絶がある。
オバマ大統領の父親は黒人だったが、アフリカ大陸に生まれ育ったケニア人。アメリカ合衆国の元奴隷を先祖にもたないという点で、一般のアフリカン・アメリカンとは、決定的に違っていた。だからこそ白人社会も黒い肌のオバマを受け入れやすかった。オバマ夫人ミシュルはアフリカン・アメリカン。
「一滴の血」、アメリカ合衆国では黒人の血が一滴でも入っていれば、黒人というカテゴリーに入れられてきた。すなわち、白人の血が入っている人で、一見、白人にしか見えない人びとも。
2.人種差別主義者
トニ・モリスンの「人は、差別主義者に生まれるのではなく、差別主義者になるのである」と、ポーヴォワールの「人は、女に生まれるのではなく、女になるのだ」、この類比には並行的でないところもある。女に生まれることと女になることとの間にはかなり強い繋がりがあるが、生まれたばかりの子どもには、差別主義者になるような身体的・生物学的な根拠はどこにもない。
3.自己と他者
人がもって生まれた「種」としての自然な共感は、成長の過程でどこかに線を引かれて分化を始める。その線の向こう側に集められたのが「他者」で、その他者を合わせ鏡にして見えてくるものが「自己」である。
われわれは、人としての自我をもつ存在となった時点で、特定の常識や価値観を持つようになる。どこかに属し、誰かと繋がっていなければ自分の存在意義を確認することもできない。
他者の存在によって、自分が初めて鮮明に意識される。文学の虚構を通して擬似的に他者の視線をもつことができ、その他者の視線を通して自分を見つめ直すことができる。
共通の「他者」がいなくなると、今度は自分たちの内部に新たな「他者」が見えるようになる。
4.他者化
ヨーロッパ・旧世界という祖国を捨て、白人が新世界へ渡って来た。東欧や南欧からの移民たちも、自分が白人であることを意識させられた。黒人も最初からアメリカ建設に従事していた。けれども支配者だけがアメリカ人であり、他の者は非アメリカ人と認識されていた。
奴隷所有者には他者化が、奴隷が「異なる種」であることが、自分は正常だと確認するために必要だった。人間に属する者と絶対的に「非・人間」である者とを区別せねばならなかった。
歴史学者のネル・ペインダーは、「人種とは考え方であり事実ではない」と主張している。1960年代に入っても、ユダヤ系アメリカ人でさえホテルの予約が取りにくかった。日本ではアメリカへ移民していった日本人を日系人と呼ぶ。彼らはアメリカでは日本人と呼ばれ、アメリカ生まれの二世でアメリカ市民権を持つものですら、やはり「日本人」。
5.「ジム・クロウ法」黒人差別の法律
異人種間の結婚の禁止、公共交通機関での乗車の権利、待合室や水飲み場の白黒分離、公立学校への黒人の入学拒否など、日常的な様々な場面で黒人を除外し、差別する。
奴隷解放令が出てから100年後の1964年に成立した公民権法により是正された。「アメリカの黒人」に白人と同様の市民の権利が認められた。しかし、今でも区別されている。アフリカン・アメリカンと呼ばれ、アメリカ人にはなっていない。
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