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脳の誕生

2018年01月20日(土)


img988発生・発達・進化の謎を解く
著者 大隈典子 東北大学大学院医学系研究科教授
    東京医科歯科大学歯学部卒業、専門は脊椎動物の神経発生
発行 筑摩書房
本体価格 860円
発行 2017年12月10日
 福岡伸一 阿川佐和子著  センス・オブ・ワンダーを捜して
kojima-dental-office.net/blog/20111208-1185#more-1185

1.脳の中の細胞たち
  身体全体の細胞数は約37兆個、脳の中に約800億から1000億の神経細胞(ニューロン)が存在する。大脳には興奮性ニューロンが約8割、抑制性ニューロンが約2割。2割の抑制性ニューロンが8割の興奮性ニューロンを支配している。脳の中にはニューロン以外にグリア系の細胞(神経膠細胞)があり、ニューロンと同程度の数。霊長類の中でも特にヒトにおいて、グリア系の細胞が増え、その形が複雑化している。
 
2.グリア系の細胞
 アストロサイト(星状膠細胞)、オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)、ミクログロリア(小膠細胞)の3種。近年、OPC(オリゴデンドロサイトの前駆細胞)も。
 ニューロンを助けるアストロサイト。ニューロンの活動に合わせて、アストロサイトは血管拡張分子を産生して放出し、ニューロンの生存や機能に必要な栄養素を供給する。余分な神経伝達物質を吸収し、ニューロンの働き過ぎも調整する。

3.非対称的な分裂
 発生の初期には、神経幹細胞が分裂して同じ神経幹細胞が生まれる。これを「対象分裂」と呼ぶ。放射性グリアという形をした神経前駆細胞の段階になると、1個は神経前駆細胞、もう一個はニューロンになるという「非対称な」分裂が行われるようになる。
 「非対称的な分裂」によって、神経前駆細胞からニューロンが生まれつつ、神経前駆細胞自身も維持されるので、永遠にニューロンを産生し続けられる。ニューロンになった細胞は、もう分裂はできない。
 神経前駆細胞は、ニューロンを産生するだけでなく、ニューロンが基底膜側へ移動するための足場にもなっている。

4.ニューロンの移動
 ニューロンは最終的に配置される所から離れた所で産生され、場合によっては長い距離を移動する。最初から必要な所に作れば良さそうなものだが、異なる性質を持ったニューロンを誘導するためには、異なる区画において異なる誘導因子に曝す必要がある。大脳皮質の中で、この細胞は興奮性、隣の細胞は抑制性、・・・という具合に作るのは困難。そこで、発生の過程では、それぞれ別の工場で部品が作られてから、最終的なデザインに従って最適な場所に配置されるという作戦が取られている。
 新しく生まれたニューロンは、先に生まれたニューロンを追い越して、さらに表層に移動する。

5.ニューロンの生存競争
 標的と正しく結合ができて神経活動を行うニューロンは生き残るが、それができなかったニューロンは死んで排除されていく。その量は、脳の領域によって20%から80%にも上る。生体は予め必要な量以上のニューロンを産生することによって、バックアップを用意している。ニューロンが生きるための栄養的な因子が供給されている。
 生後2年くらいの間に多数のシナプスが形成され、それが4歳から6歳となる間に刈り込まれていく。本当に必要なシナプスだけが残されていく。ちなみに自閉症児ではシナプスの刈り込みが悪いことによって、混線状態が生じているのではないかとも推測されている。また、統合失調症の患者では、青年期以降にシナプス数が減少する、アルツハイマー病の患者の場合は、加齢期に急激にシナプス数が減少する。

6.脳の成熟
 MRI検査の結果、脳は領域毎に成熟の仕方が異なることが分かった。比較的成熟が早いのは脳の後ろ側、つまり視覚野。成熟が遅いのは脳の前側面、特に右側。前頭葉の中でも、成熟は後ろから前に進む。すなわち、運動の制御に関する領域の成熟が早いのに対し、意思決定などに関わる前頭前野が最も遅く、その変化は21歳まで続く。いずれにしろ、「人の脳は3歳までに出来上がる」という「3歳児神話」は、事実ではない。脳の成熟の仕方には、男女差があり、一般的には女性のほうが早い。
 脳の生後発達について普遍的なことは、一つは、系統的に古い脳のほうがより早く成熟し、前頭葉のように進化の過程で後から発達した脳の領域はゆっくり成熟する。もう一つは、脳の成熟は、子どもの認知機能や精神機能の発達に伴って進行する。赤ちゃんは首が据わる前から、動くものを目で追いかける。視覚の発達が早いことを意味する。逆に、前頭葉の発達が遅いことは、思春期の子どもたちの価値判断や意思決定が大人並みになるには、かなり時間がかかることを意味する。

7.顎の誕生
 顎の骨は、中胚葉からではなく、もともとは神経管形成時に「神経堤」から離脱して体の中を移動する神経堤細胞から作られる。
 咽頭の部分では、神経堤細胞はもともと水中で酸素を取り込むための「鰓」を作るのに動員された。この鰓の中で最も身体の前側に位置する「第1鰓弓」がより大きく、しっかりした硬組織を形成するように変形したのが「顎」。もちろん、顎を動かす筋肉も発達し、それをうまく制御する神経系も伴って進化した。
 「眼の誕生」がカンブリア紀の進化の大きな駆動力になったが、脊椎動物の場合には「顎の誕生」がキーポイントであった。

8.視覚の発達
 脊椎動物では4種類のオプシン遺伝子が存在する。ところが、哺乳類になって一旦、その数が減った。夜行性であったことによる環境への適応。この一旦失われたオプシン遺伝子が、サルになってまた増えた。赤オプシンを作る遺伝子が生じた。赤オプシンのタンパク質は、赤色から橙色にかけての色に反応する特徴がある。これは、サルが赤く熟れた食べ頃の果実を見分けるのに都合がよかった。つまり、赤オプシン遺伝子の進化は食物摂取と関係していて、赤オプシンを持つことが生存競争の上で適応的であった。
 動物の色覚
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9.後天的な学習
 哺乳類の中でも霊長類には、明確な社会的秩序がある。集団の中でより上位になるための競争があることによって、さらに神経機能が発達した。社会集団のサイズが大きいほど、大脳新皮質の割合が大きい。大きな脳を持った哺乳類は生き残り、小さな脳を持った種は死に絶えやすい。新たな環境において柔軟に適応するためには、大きな脳が有利に働いた。
 後天的な学習によって、生存に適した対応方法を身につける。この方がより多様な環境に適応可能である。学習を成り立たせる基礎である「記憶」という脳内プロセスでは、新たなシナプス結合が強化される。チンパンジーで見られる「模倣する」という特徴は、ヒトが進化する上でも重要であった。模倣が可能であったが故に、我々は言葉を獲得できた。

10.脳とアブラの関係
 脳を構成する成分のうち最も多いのは脂質。脂質の約55%は、タンパク質の約40%より多い。脳の中でも白質に脂質は多い。白質は灰白質に比べてコレステロールが2倍、糖脂質が6倍程度多い。
 細胞は内側も外側も「水っぽい」が、細胞膜がリン脂質の二重膜として、つまりアブラで隔てられている。コレステロールのような硬い脂質が多く含まれると、膜は硬くなり、DHAやARAなどの高度不飽和脂肪酸が多いと柔らかくなる。冷たい水温の中で生活する魚にはDHAが多い方が柔らかさを保つことができ、一方、恒温動物の肉にコレステロールが多いことは、柔らかすぎないという意味で理にかなっている。

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