生物多様性とはなにか
2010年09月06日(月)
井田徹治著
岩波新書
720円
2010年6月18日発行
第6の大絶滅、生命史上最大の危機を迎えている。これまでの過去5回と質的に異なり、人間の活動が原因である。また、絶滅後に新たな種が生み出されてきた現場だった湿地や熱帯雨林も、今回は破壊が急速に進んでいる。
「生物多様性のホットスポット」を取材してきた環境問題を専門とする記者が、問題点とこれからの糸口を紹介している。ぜひ、この機会に当たり前が当たり前でなくなっていくことに気づき、考え行動したい。
アサリやハマグリをよく見てみると、同一の種であっても、どれ一つとして同じ模様のものがない。これは、どれ一つとして同じ遺伝子の個体はないことの現れである。自然界で個体数が減少したり生息地が縮小したりすると近親交配が起こりやすくなり、遺伝的な多様性が失われる。すると、病気や環境の変化に適応する能力が低くなり、絶滅する危険性が高くなるといわれている。
1.生命史上5回の大絶滅
最初の大絶滅は4億4千万年前に発生し、生物の85%が絶滅した。当時栄えていた三葉虫やイカやタコに似た頭足類などが大きな影響を受けた。3億6千5百万年前には、生息していた生物の75%が姿を消した。多くの海の魚が絶滅した。2億4千5百万年前の絶滅は地球史上、最大規模のものだった。海の生物の95%以上絶滅し、昆虫の「科」の3分の2,脊椎動物の「科」の70%がいなくなった。2億1千5百万年前の絶滅は、1500万年という比較的長い時間をかけて続き、生物の75%が姿を消した。減少した生物の「科」の数が大絶滅の発生前に戻るまでには1億年以上の時間を要している。6500万年前には、恐竜が突如として絶滅した。生物の70%超がいなくなった。それ以降、地球上の生物種は増え続けてきた。大陸移動によって多様化した環境に適応して生物が進化したためだ。
2.破れてわかる命のネットワーク
中国で1955年頃、実った穀物を食べるとして、1年間に11億羽以上ものスズメが捕獲された。その結果起こったことは、農作物の虫害の増加であった。スズメの駆除は農作物の増収どころか、全国的な大減収の原因となった。
シジュウカラという小鳥が食べる虫の数をドイツの研究者が試算したところ、1年間に12万5千匹になるという。植物を食べる虫の数を一定のレベルに保ち、虫害をコントロールする役割を果たしている。
3.生態系サービス
アメリカ国内で栽培されている農作物種のほぼ三分の一が、ミツバチなどの昆虫の授粉活動に生産を依存しているとそれる。中でも、アーモンドは、ほとんどをミツバチの授粉に頼っている。
2006年秋頃からアメリカ国内で突然、セイヨウミツバチが大量に姿を消すという事態が発生した。当然カルフォルニアのアーモンド農家などは大被害を受け、大きな社会問題となった。ミツバチの消失は、授粉という「自然の恵み」と、それを支える地球上の生物多様性が、人類にとっていかに大切かを教えてくれた。「自然の恵み」のことを、科学者は「生態系サービス」と名付けた。
ほぼ一種類のミツバチにだけ授粉の多くを頼ってきたことが一因だった。もし、多様な自然のハチを授粉に利用する術を人間が身に付けていれば、一つの種類のハチが減っても、今回のように大きな影響は受けなかったはずである。
農場での殺虫剤の使用を減らし、周辺にハチが巣を作れるような環境を整備して、天然のハチによる授粉という「自然の恵み」を増大させれば、多少の収穫量の減少はあっても、経済的にはプラスになる。また、天然のハチと違って病気などの影響を受けやすい飼育されたミツバチに頼るというリスクも小さくすることが可能だという。
4.生態系サービスの価値
2002年9月に、珊瑚礁や湿地、森林などが人間にもたらす生態系サービスの価値と、それらを破壊して得られる短期的な利益を比較した研究結果を、アメリカの科学誌「サイエンス」に発表した。その結果、マングローブから30年間で得られる利益は、養殖場にした場合の約3.6倍に上るなど、全てのケースで、自然を破壊しない方が利益が大きいことが判明した。このような生態系サービスの経済的な価値がきちんと評価されていないことが、各地で生態系の破壊が進んでいる原因となっている。
5.自然資本
サービスを供給してくれる森林や海、湿地などの生態系や生物多様性は、自然資本と名付ける。スタンフォード大学のグレッチェン・ディリー博士は、自然資本が地球規模で枯渇し始めているのにもかかわらず、「人間は金融資本や社会資本などを扱うのは得意だが、自然という資本について心配する人はほとんどいないのが現状だ。自然資本を駄目にしたら、いくらになるかを価格で示すことが重要だ」と述べている。
だが、生態系から得られる短期的な利益は非常に大きいので、生態系の破壊は依然として急速に進み、生物多様性の損失には歯止めが掛かっていない。生態系を搾取する形の行為は、次世代の人々が生態系から得られるはずの恩恵を、現代の人々が奪っているものだとも言える。
6.生態系の負債
海の生態系という自然資本が生み出す生物の一部を食べ物として利用している。これは、たとえていえば、自然資本という銀行に預けた預金からの「利子」である。利子だけを使って生活していれば、自然資本が傷つけられることなく、人間は水産物を末永く利用することができる。もし、「利子」の分を越えて魚を捕れば、銀行に預けた元本は徐々に減り、生み出される利子も少なくなってくる。
熱帯雨林などの広大な森林、海に住む植物性プランクトンも沿岸に発達する湿地の植物やマングローブ、浅い海の藻場などもかなりの量の二酸化炭素を吸収し、蓄えていることがわかってきた。人間が地下から掘り出した大量の化石燃料を燃やすことによって、自然の生態系が吸収できる量を超えた二酸化炭素が放出されている。
地球が本来持っている生産力を超え、原資を食いつぶす形で、人類が消費を拡大し続けているということに他ならない。人間の暮らしは「生態系の負債」を積み重ねる借金生活のようなものだ。
7.レッドリスト
世界の絶滅危惧種に関する、最も包括的で権威ある分析とされているのが、国際自然保護連合による評価だ。7500人の科学者が参加する「種の保存委員会」がある。120の専門家グループに分かれて調査研究を行い、数年間隔で「レッドリスト」と呼ばれる絶滅危惧種のリストを発表している。
2008年10月に発表されたレッドリストで評価された動植物の数は、44838種と過去最高だった。それでも確認されている種の数180万種に比べたらごく僅かでしかない。このうち、「絶滅」と「野生絶滅」の数は合わせて869種、そのうち動物が754種、植物が115種だった。絶滅のおそれがあると評価された種は16928種で、評価対象の38%に上った。
絶滅危惧種の内訳を見ると、鳥類は1222種で、名前が付けられている種のうちの12%、これに対し両生類は、確認されている種のうちのほぼ30%に絶滅のおそれがあるとされ、世界の両生類は危機的な状況にある。哺乳類の状況も深刻で、評価した5487種のうちほぼ20%に当たる1141種に絶滅のおそれがあることがわかった。
8.世界のホットスポット
生物多様性は地球上に一様に分布しているわけではなく、特に豊かな場所が存在する。「人間が優先的に生物多様性保全の努力を傾けるべき場所を特定しよう」と考えた。
2000年に25カ所のホットスポットが選定された。自生する植物種の0.5%以上が固有種であるか、1500種以上の固有種が自生していること、かつ、もともとあった植生のすくなくとも70%が既に失われてしまったことがその条件であった。
34カ所のホットスポット(2005年)の面積を合わせても、地表面積の2.3%に過ぎない。一方これらのホットスポットには絶滅が最も危惧されている哺乳類、鳥類、両生類の75%が生息しており、また、全ての維管束植物の50%と陸上脊椎動物の42%が、これらのホットスポットにのみ生息している。
9.アグロフォレストリー
森林を大規模に伐採し、その後に単一の作物を大量に植えるモノカルチャーのプランテーションは、1970年代に広がった。しかし、ブラジルのカカオのように、一度病中害に襲われると被害が甚大で、持続的な経営が困難になる。もともと森の中に暮らしていた昆虫などもいなくなり、授粉や害虫のコントロールといった生態系サービスも失われる。
アグロフォレストリー(農林複合経営)は、森林が持つ多彩な生態系サービスを活用し、生物多様性を保全しつつ、森林の中で様々な産物を育てて地域の発展につなげる手法として多くの研究者の注目を集めるようになってきた。
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