絶滅の人類史
2018年11月10日(土)
なぜ「私たち」が生き延びたのか
更科功著
2018年1月10日発行
NHK出版
820円
ネアンデルタール人の脳はヒトの脳より大きい。1700ccを超えることさえ珍しくなかった。言語がないか未発達な時に、多くの物事を記憶するのに脳の容量を大きくしなければならなかったのかもしれない。
1万年ぐらい前までのホモ・サピエンスの脳は約1450cc。ちなみに現在のホモ・サピエンスは約1350cc。文字が発明されたおかげで、脳の外に情報を出すことができるようになり、脳の中に記憶しなければならない量が減ったのだろう。また、高度な言語が発達して、高度な社会を発展させることができた。
ネアンデルタール人の脳は前後に長いが、高さはなく、横に膨らんでいて、後ろに突き出していた。ヒトの脳は、球形に近くて、高さがあり、前の方が大きい。ネアンデルタール人の脳はこれまでの人類の脳の形に似ていて、ヒトの脳は人類の脳の伝統から外れた形をしている。ネアンデルタール人の脳は、以前の人類の脳と同じタイプだが、その性能が優れている。ネアンデルタール人の文化は、保守的で、長期間にわたってほとんど変化しなかった。ヒトの脳は、全体の性能は少し劣るが、タイプが新しくなっている。新しい石器を考え出すのは、ヒトの方が得意だった。
昔の地球には複数の人類がしばしば同時に生きていたが、約4万年前にネアンデルタール人が絶滅すると、私たちは独りぼっちになってしまった。1万年後、他の惑星に移住した集団は、別種の人類に進化しているかもしれない。
1.ネアンデルタール人とホモ・サピエンス
ネアンデルタール人は、寒さとホモ・サピエンスのために絶滅した。約30万年前に始まって、約4万年前に終わる。ホモ・サピエンスの、動き回るのが得意な細い体と、寒さに対する優れた工夫と、優れた狩猟技術は、ネアンデルタール人にないものだった。また、私たちの子供の数が、ネアンデルタール人の子供の数より多かった。ひとりの女性がたくさん子供を産めた可能性が高かった。
ネアンデルタール人は、槍を使って狩猟していた。10メートルほど近づかないと獲物に刺さらない。化石の中に大けがをしているものがかなりある。狩猟は、危険なものだった。一方、ホモ・サピエンスは約8万年前~7万年前にアフリカで投槍器を使っていた。食料を手に入れることに関して、ネアンデルタール人より有利だった。両者の狩猟技術は、大きな差があった。
ネアンデルタール人は、骨格が頑丈で、がっしりした体格だった。その大きな体を維持するために、基礎代謝量は、ホモ・サピエンスの1.2倍と見積もられている。動くのに使うエネルギーは、1.5倍と、燃費が悪かった。狩猟技術の劣るネアンデルタール人はいつもお腹を空かせていた。
2.人類とチンパンジー類の違い
人類はチンパンジー類と700万年前に分かれて、別々の進化の道を歩み始めた。人類の最古の化石は、サヘラントロプス・チャデンシスである。それから様々な特徴が進化して、現在のヒトになった。最初に進化した人類の特徴は2つ。直立二足歩行と犬歯の縮小。
集団生活の中で一夫一婦的なペアを作ったのは、人類が初めて。直立二足歩行も他の霊長類には見られない人類だけの特徴である。直立二足歩行が進化した理由としては、現在のところ食料運搬説が最も可能性が高い仮説。オスが、メスや子どものために食物を手で運ぶために、直立二足歩行を始めた。
四足歩行をする動物は、大後頭孔が頭蓋骨の後ろ側に開いている。四つん這いの姿勢でも、無理なく前を見ることができる。チンパンジーやゴリラの大後頭孔も、頭蓋骨の後ろ側に開いている。基本的には四足歩行。私たちヒトは四つん這いになると、大後頭孔が頭蓋骨の下側のほぼ中央に開いているから、顔が地面に向いてしまう。その体勢で前を見ようとすると、無理やり顔を上に起こさないといけない。こんな姿勢を長く続けていたら疲れてしまう。
チンパンジー類は牙という凶器を持ち続けたのに、なぜ人類は凶器を捨てたのだろうか。犬歯が小さくなった原因は、食性の変化も少し関係していたかもしれないが、おもにオス同士の闘いが穏やかになったためと考える。私たちヒトは類人猿と異なり、発情期がない。いつでも交尾できる。子どもが小さい授乳期でも交尾できる。雄と雌の割合が1対1に近くなっている。
3.私たちは本当に特別な存在なのか
ダーウィンが批判されたのは、「生物は進化する」の主張を人間に当てはめたから。人間とサルを連続的な存在と考えることに我慢ができなかった。「人類とチンパンジー類の共通祖先」はチンパンジーではない。
現在生きている私たちヒトは、25種以上いた人類の、最後の種。ヒトに最も近縁な生物から25番目まではすべて絶滅しているので、ヒトと26番目のチンパンジーとを比較すれば、圧倒的に違う。例えば、脳の大きさを考えてみよう。ヒトの脳の大きさは約1350ccである。チンパンジーの脳の大きさは390ccだ。3倍以上あるので圧倒的に大きいと言って良いだろう。
しかし、脳が大きくなり始めたのは人類の後半で、およそ250万年前。ホモ・エレクトゥス(1000cc)、ホモ・ハイデルゲンシス(1250cc)、ネアンデルタール人(1550cc)が生きていたら、ヒトの脳が圧倒的に大きいわけでもなくなつてしまう。
脳化指数でみると、人類がチンパンジー類から分かれた頃は、約2.1.そして、当時、最も高かった動物は、人類ではなく、約2.8のイルカだった。アウストラロピテクスの時代になっても脳化指数はほとんど変わらず、ホモ・エレクトゥスの時代にイルカを追い抜いた。地球で人類が最も高い脳化指数の動物になったのは、わずか150万年前のこと。それまでの数千万年間は、ずっとイルカだった。
*脳化指数というのは脳の重さを体重の4分の3乗で割って、定数を掛けたもの。
4.直立二足歩行が、どうして人類では進化したのだろうか
直立二足歩行には、走るのが遅いという致命的な欠点がある。そのため、人類以前の地球上では進化しなかった。しかし、手で物が運べるというという直立二足歩行の最初の利点が、一夫一婦に近い社会と結びついて、たまたま初期の人類で進化した。それは、地球上初めてのことだった。
それから450万年の時が流れ、人類は石器を使い始め、肉を頻繁に食べるようになった。すると、隠れていた直立二足歩行の利点が現れ始めた。それは、短距離走は苦手だが、長距離走は得意なこと。ヒトの直立二足歩行はチンパンジーの四足歩行の4分の1しかエネルギーを使わない。チンパンジーやゴリラには、マラソンを完走することは無理なのだ。
《直立二足歩行と二足歩行は違う》
二足歩行ならニワトリやカンガルーもしている。しかし、体幹を直立させて歩き、立ち止まれば頭が足の真上にくる動物は、ヒトしかいない。
5.人類の中でなぜヒトだけが生き残ったのか
進化において「優れたものが勝ち残る」と思ってしまう。でも、実際は「子どもを多く残した方が生き残る」。多く食べられた分だけ、たくさん産めばいい。草原に住む霊長類は、森林に住む霊長類よりも、多産の傾向がある。
現生のチンパンジーには、年子はいない。チンパンジーの授乳期間は4~5年と長く、その間は次の子供を作らない。子育てをするのは母親だけである。
ヒトの授乳期間は2~3年。授乳している間にも次の子を産むことができる。出産してから数ヶ月てもすれば、また妊娠できる状態になる。年子も珍しくない。ヒトは共同で子育てをする。父親はもちろん、祖父母やその他の親族が協力する。ヒトだけは、閉経して子供が産めなくなってからも長く生き続ける。祖母が子育てを手伝うことにより、子どもの生存率が高くなった。
6.道具の使用
チンパンジーは道具を使う。ゴリラは道具を使わない。オランウータンは枝を使って、硬い殻の中の実を取り出す。チンパンジーには、いくら教えても石器は作れない。道具の使用は、生まれつき持っているものではなく、成長していく途中で習得する。
約260万年前から使われ始めたオルドワン石器は、石と石を打ち付けて、砕いて作る石器。考古学者の見解では、最終的にできる石器の形をあまりイメージしていなかったらしい。石器の形は、原材料の形に大きく影響されたようだ。しかし、材料となる石選びには、高度な考えが必要だった。鋭利な刃を作るためには、細粒性の石が必要。
その後、約175万年前に現れたアシュール石器。主に使っていたのはホモ・エレクトゥス。最終的できる石器の形をイメージしていた。代表的なハンドアックスは涙滴型をしている。アシュール石器は素晴らしい働きをする。ほとんどすべての動物の皮を切り裂いて、肉を取り出すことができる。骨を削って、骨髄を取り出すことができる。アシュール石器を作るようになったので、人類は常習的に肉食をすることができるようになった。
7.人類から体毛がなくなった理由
ホモ・エレクトゥスが走ったとすれば、体温が上がる。汗をかいて、その汗を蒸発させることによって体温を下げる。しかし、体毛があると、その下に汗を出しても蒸発しないで、体温を下げられない。そのため、人類の体から毛がなくなった可能性がある。残念なことに証拠がない。多くの哺乳類は体毛が多いので、汗で体温調節をしない。
遺伝的な研究から、肌の色が黒くなったのが120万年前だと推定されたから、体毛がなくなった時期については、約120万年前という説がある。体毛がなくなると、紫外線を含んだ日差しが肌に直接当たる。紫外線から肌を守るためにメラニン色素が増えて肌が黒くなる。従って、肌が黒くなった時期は、体毛がなくなった時期に一致するというわけ。
8.仲間を助ける
ジョージアのドマニシ遺跡で約177万年前の人骨が産出、化石の中には、推定年齢が40歳という高齢の個体があった。歯は1本を残して他のすべての歯が抜けていた。歯槽の部分の骨が再生していることから、この個体は歯がないまま数年間生きていたことが分かった。誰かが硬い食物を石でたたきつぶしたり、柔らかい骨髄や脳を与えていたりして介護していたと考えられる。
また、ネアンデルタール人の遺跡から、大怪我をしたにもかかわらず、それが治っている骨がいくつも発見されているが、脚の骨を骨折した場合は、治った形跡がない。歩けなくなって住みかまで戻れなくなった場合は、置き去りにされてしまったのかもしれない。
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