ペットは人間をどう見ているのか
2018年01月08日(月)
イヌは?ネコは?小鳥は?
支倉槇人著
2010年4月5日発行
技術評論社
1580円
1.人間と動物の関係の始まり
古くは、人間と動物は対立するか無関係かのどちらかの関係でしかなかった。こうした関係に大きな変化をもたらしたのがイヌだった。イヌが数万年前から人間と暮らしていたのに対し、ネコと人間の歴史はわずか数千年。東アジアのオオカミを祖先とするイヌは、最初に家畜化された動物。ネコ(イエネコ)は、全てアフリカのリビアヤマネコを祖先としている。
オオカミは、とても社会性の高い動物で、群れの中に明確な順位があり、リーダーによって統率され、仲間や家族、なかでも母子の絆が特に強い。こうしたイヌとの接触によって「協力」という新しい関係が生まれ、「共同生活」という概念が芽生えた。
オオカミの群れの中で特に人になれやすい個体が人間の集団と接するようになった。「シグナルを読み取る能力の高さ」が、数万年前にイヌとオオカミを分ける鍵になったのではないかと考えられている。人に育てられたからではなく、進化の過程で身につけた能力である。社会認知能力を生まれつき持っている。
イヌは、人間と暮らしていく間に「人間の意に沿えるように」特性をさらに磨いた。人間の側にも変化があった。人間が視界を失って無防備になる真夜中も、イヌはそのするどい嗅覚や聴覚、暗視の能力で見張りをしてくれた。イヌがもたらしてくれたのは安眠である。守りの礼として食べ物を与えたりしたことで、両者の絆がさらに深まり、安心感や信頼感はさらに強まっていく。イヌによってもたらされた安心感が人間の遺伝子に刻まれ、「動物の中には、人間に安らぎや平穏をもたらしてくれる物もいる」という反応を生じさせた。
日本では、旧石器時代から縄文時代にかけて、南方、北方、朝鮮半島などから異なる文化や人種的特徴を持った人々とともにイヌがやってきた。ネコが日本にやってきたのは奈良時代。朝鮮や中国から仏教の経典を船で運ぶ際、ネズミの被害を避けるために教典の巻物とともに乗せてきた。
2.イヌ、ネコ、小鳥の五感
夜間の活動に適応した哺乳類は、聴覚や嗅覚を発達させ、色を識別する能力を犠牲にする形で暗視能力を上げ、動体視力を高めた。イヌやネコも、かすかな明かりの下でも見える目を持つことと、動く物を素早く見つけられる目を選択した。
鳥は色の識別能力も解像度も動体視力も暗視能力も全てを残したが、あごの骨と咀嚼力と、表情を作る顔の筋肉を手放した。重い骨と筋肉を捨て、くちばしを採用することでコンパクト化できたことで、眼球と脳を大きくすることができた。
ピントを合わせられる最短距離は、イヌが33センチから1メートル、ネコが20~25センチ、人間が7~10センチ、小鳥は1センチ。イヌは人間がかがんで顔を近づけると、その表情がかえって分からなくなり、自然によく見える位置に下がる。
①色覚
人間が、赤・緑・青の3原色で世界を見ている。イヌやネコは2原色(緑と青、赤が見えない)、鳥たちは4原色で見ている。人間には見えない紫外線領域までも見ることができる。蝶は紫外線に感受性を持った錘状体を含めて5種類もの錘状体を持っている。
人間が赤を見分けられるのは、進化の過程で一度失った赤に感度を持った錘状体の代わりに、緑に感度を持つ錘状体の一部を赤に変化させたことで、改めて赤を見る能力を獲得したため。哺乳類の中では、霊長類のグループだけが赤の錘状体を持ち、フルカラーの色覚を持っている。しかし、人間には雌雄同色に見えている鳥の多くを、紫外線まで見える鳥たちは、ちゃんと雌雄違った色で見えているようだ。
参考に
視細胞
杆状体 明るさに対するレセプター
多くあれば少ない光でも物が見える 夜目が効く
錘状体 色を見分ける役割
一定量の明かりがないと反応しない。暗くなると色が分からなくなる
②暗視能力
もともと夜行性であったイヌやネコは、その祖先の時代に、色を見分ける錘状体を一つ捨てて、さらに残った錘状体を可能な限り減らして、代わりに明暗を感じる杆状体を増やすことで暗視能力を高めた。このため、イヌは人間が視力を維持できる明るさの3分の1から4分の1、ネコは7分の1から8分の1まで物を見ることができる。
3.動物から見た自身と人間の位置づけ
①イヌの場合
自身をイヌと自覚していて、人間という別種の生き物と混成群れを作って暮らしていると認識している。自分を人間と思うことはない。だが、幼児期に他のイヌと十分な接触がなく、必要な刷り込みが行われなかった場合、自分がイヌなのか人間なのか、認識の境界が甘くなってしまうこともあるようだ。やめさせようとして求まらない人間に対するマウンティングは、その心がイヌとしてちゃんと成長できなかった一つの証拠とされている。
イヌは、スキンシップがしっかり行われた子ほど、しつけのしやすい個体に育つ。遊びを通して、強く噛んだら痛くてケガをすることや、人間と一緒に過ごすことの楽しさを実感していく。2~3ヶ月目までのふれあいが重要な意味を持ってくる。
②ネコの場合
ネコには、「自分はネコである」という自覚がある。人間に対して母ネコという意識を持ち続ける。ネコにしてみれば、普段は放っといてもらいながら、たまに遊んでくれたり、好きな時に甘えることができる、いつもと同じような変化のない日々が過ごせれればいい。無駄にエネルギーを使いたくない生き物。
ネコは、ペットとしての歴史が浅いことから、肉体的に大きく変化したと言える部分はあまり多くない。しかし、精神面で様々な変化があった。単独生活者であるネコが人間と暮らせるようになったこと、狭い空間で複数が暮らせるようになったことは、ネコにとって大きな変化といえる。また、人間とよりよい関係を保つため、大人になったネコに小猫のように舞える「幼児性」を残したことも大きい。もっともそれは家の中だけのことで、いったん外に出ればネコは即座に野生に戻り、小猫の面影など微塵もなくなる。ネコは人間とのくらしを通して、こうした二面性をも身につけた。
4.動物たちの感情
鳴き声、歩き方、目、口、耳、しっぽ、羽毛や体毛に様々な感情が表れてくる。
・触れるな、近寄るなという「拒絶」や「怒り」は、
顔つきや目の表情、逆立つ体毛や羽毛に表れる
・本当は恐くてたまらないのに、それを悟られないように「威嚇」するとき、
羽毛や体毛を膨らませて身体を大きく見せたり、身体を左右に揺らして見せたりする。
口を大きく開けて唸り声や叫び声を上げたり、目をカッと見開いてにらんだりする。
・弱気になった時や、逃げられない場所で恐い物に出会ってしまった時などに、
肩をすくめるようにして身を縮め、視線をそらす。
「もう攻撃しないでください」というお願いポーズ
・ネコはゴロゴロと喉を鳴らして満足や安心感は伝えるものの、
身体全体を使って派手にうれしさを表現する様子はあまり見られない
・イヌは走り回ったり、飼い主に飛びついてみたり、ダイナミックにうれしさを表現する
・甘えたい気もするが怖い。逃げ出したいが興味もある。心の中に「葛藤」がある時、
動物は本心を隠して、一見普通に見せる
・本人の意思とは関係なく、感情や葛藤する心が出てしまう所は、耳としっぽ。
・ネコは無駄に鳴くことはない。
要求がある時と「嫌」という気持ちや不満を表明する時に鳴く。
目的に合わせて声音を使い分ける。
①ネコの気持ち
単独生活者であるネコは、イヌと違って孤独でいることに不安を感じたり、寂しいとも思わない。逆にひとりでいるとリラックスし、心も落ち着いてくる。ネコにリーダーという概念はなく、協調とか協力という意識も希薄。嫌なことは我慢しない。人間と暮らすようになり、人間を母として慕うようになったことで、ネコはさらに「甘え上手」という資質も身につけた。
寝そべってあくびをするのはリラックスの証。さらに腹部まで見せて寝転がるのは、相手に「信頼と友好」を示すポーズ。だが、「友好的な気持ち」=「自分を触ってもいい」ではない。
帰宅した時、鳴きながら迎えてくれるネコは、イヌのような「お帰りなさい」ではない、「お腹が空いた」「食べるものちょうだい」と主張していることが多い。
叱られてネコは目をそらす。それは、いい悪いは別として、自分のほうが弱いことを認めた証拠。ネコの辞書に「反省」という文字はない。
ゆれる尾は、「怖いけど関心もある」など、ネコが心理的な「葛藤状態」にあることを示している。大きくしっぽが膨らんでいたら、恐怖を感じている証。服従の意思や完敗の気持ちを示す時、しっぽを下げて、後ろ足の間に挟み込むように丸める。尾をまっすぐ上げて近づいてくるネコは、親愛の情を抱いている。
②イヌの気持ち
しつけによって、いつでもわがままを聞いてもらえるわけではないことを学んだイヌは、我慢することを覚える。
腹部をさらすのは、「降参しますから攻撃しないでください」という「受動的服従」のサイン、または「あなたを完全に信頼しています」という愛情のサイン。前者の身体は緊張、後者の身体はリラックス。 一緒に暮らしているイヌが人間の顔を舐めに来るのは、親愛の情と「能動的服従」を示す。
強く叱られた時に、大きなあくびを繰り返すのは、感じたストレスを軽減させている。
吠えるということ
・好きな人への挨拶
・群れや家族を守りたい気持ち
・怖い気持ちもあるが威嚇する
・ひとりぼっちで寂しい
正直なしっぽ
・うれしさを感じたイヌはしっぽを振っている
・尾を下げた「伏せ」は、「おとなしく従います」
・しっぽが左右に揺れている「伏せ」は、置かれた状況とは別のことを考えている
5.親離れしない動物たち
自然界では、一定の週齢に達すると親は子を突き放す。人間のもとで暮らすイヌやネコや小鳥の場合は、親離れしない、させてもらえない。子ネコは、本当は親と離れたくないと思っている。そんなネコにとって「いつまでも子どものままでいて欲しい」と願う人間の思惑は、まさに願ったり叶ったり、大歓迎。両者の思惑は一致する。それゆえ、大人になったイヌも、ネコも、育ててくれた人間に対して「親」という感覚を持ち続ける。死ぬまで甘え続ける。
もともとその動物が持っていた生物学的な資質と人間が求める物の間に折り合いをつけられる点を見つけて、無理のないルールを教えることが大事。ただし、何をしていけないかは、ムラのない行動で、「親」としてハッキリ伝える。
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