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福田衣里子衆議院議員

2010年02月27日(土)


福田衣里子9第36回定期総会 記念講演
 演題  「C型肝炎訴訟に係わって感じたこと、
    再び同じ悲劇を繰りかえさないために」
 講師   福田衣里子衆議院議員
   (薬害肝炎訴訟原告、衆議院厚生労働委員)
日時  2010年2月27日(土)19:00~20:50
会場  金沢都ホテル
     記念講演は地下セミナーホール(300人)
主催  石川県保険医協会
後援  石川県、金沢市、石川県医師会、石川県歯科医師会、石川県看護協会、
    石川県薬剤師会、石川県社会保障推進協議会、医師・福祉問題研究会
参加費  無料(申し込みが必要)申込方法をご覧ください
*できるだけ公共交通機関をご利用ください。

あなたの最愛の人が、ある日C型肝炎だと告げられる。
いつ? どこで? 
本人も家族も知らないところで、ウイルスは静かに感染し、
そして広がっていく。
血液製剤を通して生み出された感染の悲劇は、
肝臓癌の恐怖を抱えながら、長く苦しい戦いを患者さんたちに強いる。
この問題は過去のものではありません。
今私たちの目の前にある危機なのです。
この国の何が問題なのか? 
再び同じ悲劇を繰り返さないために共に考えませんか。
                   
メモ
 講演は一口の水も含まず、90分間原稿を見ることなく切々と語られた。
 小さな頃から活発な少女は、大学1年時に休学して3ヶ月間のヨーロッパ一人旅へ。帰国後、生後まもなく使用された止血剤によるC型肝炎であることを知らされ、人生が一変する。つらいインターフェロン治療を諦めずに前向きに受け、3年後完治する。
 それでも、偶然参加した講演会をきっかけに、治療を受けられない、肝炎であることも知らない多くの人々のために、そして多くの人に事実を知ってもらうために原告団の一員となった。実名の公表が自分だけが治った罪悪感を解き放ち、心の回復をもたらした。成れなかった人の分まで、できる立場の人ができることをするという一念で取り組む姿勢に心を打たれる。しかし、アメリカで発売禁止になった事実を知りながら、その血液製剤を日本へ輸出した製薬会社(その当時の責任者)、日本での使用を許可した厚労省官僚(誰が許可したのかが明確でないシステム)に憤りを感じる。
 講演後の懇親会でも彼女の信念に感動する。著書2冊を購入する。自分も人として、歯科医師として精一杯生きようと思った。

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It`s now or never
kojima-dental-office.net/blog/20100303-1377#more-1377

福田衣里子3

プロフィール
福田衣里子
 1980年長崎生まれ。出生時の血液製剤クリスマシンの投与によるC型肝炎への感染が2001年に受けた検査で判明。2004年、実名を公表し、薬害肝炎九州訴訟の原告となる。2度にわたるインターフェロンの治療によって、ウイルスは陰性となり、肝炎は完治した。2008年には民主党から第45回衆議院議員選挙への出馬打診を受け、長崎二区から出馬を決意する。翌年の選挙で初当選。10月26日に招集された第173回臨時国会にて「肝炎対策基本法案」の成立に尽力。
www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/173/pdf/t051730071730.pdf#search='肝炎対策基本法案

○● 申込方法●○
次のいずれかの方法でお申込みください。
①裏面の申込書に必要事項を記入の上、Fax送信
②必要事項を明記した電子メールを下のアドレス宛てに送信
③電話による申込み

※参加申込書には以下を記載してください。
■医療機関名
■会員名
■電話番号
■参加人数

石川県保険医協会
〒920-0902 金沢市尾張町2-8-23太陽生命金沢ビル8階
TEL 076-222-5373 FAX 076-231-5156 Email iskw_ono@doc-net.or.jp

全国保険医新聞  2010年3月25日
北から南から
[石川協会通信]
福田衣里子さんを迎えて
市民公開講演を開く

 2月27日(土)、石川協会第36回総会記念事業として市民公開講演を開催した。当会では、「人権と医療」をテーマにした勉強会を長年開いてきた経緯もあり、今回は、薬害について多くの人に知ってもらいたいとの趣旨で、薬害肝炎訴訟原告であり「肝炎対策基本法案」成立に尽力されてきた、福田衣里子衆院議員を講師に招いた。
市民や医療関係者ら約170人の参加があり大盛況となった。講演会に出席した小島登石川協会理事が、講演内容と感想を寄せた一文を紹介する。

「小さな頃から活発な少女は、大学1年時に休学して3カ月間のヨーロッパ一人旅へ。帰国後、生後まもなく使用された止血剤によるC型肝炎であることを知らされ、人生が一変する。辛いインターフェロン治療で死を意識したこともあるが、3年後完治する。
 それでも、偶然参加した講演会をきっかけに、完治後も原告団の一員となって闘った。原告になれなかった人の分まで、できる立場の人ができることをするという一念で取り組む姿勢に心を打たれた。
 それにしても、アメリカで発売禁止になった事実を知りながら、その血液製剤を日本へ輸出した製薬会社(当時の責任者)、日本での使用を許可した厚労省官僚(誰が許可したのかが明確でないシステム)に憤りを感じる。自分も人として、歯科医師として精一杯生きようと思った。」

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