九州旅行
1971年03月31日(水)
1971年3月25~31日
初めての旅であった。高校を卒業し、大学も決まってどこかへ行こうと思い、暖かい九州へ行くことにした。修学旅行のなかった僕らは九州は初めてであった。同クラスの熊田茂雄、村中久それに山岸剛と僕の4人でいくことになった。富山大を受けた二人は試験の翌日からの出発に戸惑っていた。 3月25日夕方、1万円の旅が始まる。九州周遊切符を利用した。急行で15時間の九州は遠かった。汽車の中で4人はトランプをして時をつぶした。夜になり交代で寝たが、僕は狭い椅子ではどうしても寝られず、床で寝ることにした。しかし、往来が烈しくおちおち寝てもいられなかった。ご親切な人は「もしもし」と起こしてくれる。それに暖房が効きすぎていて暑くて寝られなかった。
3月26日朝早く九州の土を踏んだ。戸畑駅を出るとすぐに若戸大橋が見えた。橋桁が遠くまで見えた。橋を渡ろうと吊り橋の袂まで歩いていった。そこには料金所があり歩いて渡れないことが分かった。それでとぼとぼと引き返した。橋の中央まで来ると、エレベータがあり、橋の上へ出ることが出来た。風が非常に強かった。少し霞んでいたが見晴らしは良かった。
そして、電車で長崎へ。平和祈念像では、ものすごい豪雨に襲われ、パンツまでずぶ濡れになった。どこも寄らずに真っ直ぐ旅館に帰った。道は川となり、歩けず電車に飛び乗った。運転士は慣れたもので慌てる様子はなかった。旅館で着ていたものを干し、みんなこたつに入り浸りだった。
3月27日。洋服は一着しかなかったから、湿っていたが、体温で乾かそうと着て出かけた。グラバー邸からの眺めは素晴らしかった。異人館や大浦天主堂でも異国情緒を味わう。そして、フェリーで天草の島々を巡り、バスで熊本へ。
3月28日。熊本城では、村中と山岸の見学の長さに驚いた。僕と熊田が1階から5階までゆっくり展示品を見て、展望台で待ちくたびれて2階へ下りてくると、まだそこで一つ一つについて二人は語り合っていた。性格は人それぞれだ。次に水前寺公園へ。人工の庭というイメージが強い。木は四角く形を整えられているのが目に付いた。僕はやはり兼六園のような自然の美の方が好きだ。
そして、夕方阿蘇駅に着く。ユースホステル行きのバスは最終が出た後だった。歩いたら何時間かかるか分からないと言われ、慌てて近くのユースへ走った。やっと着いたが満員だと言われ、駅近くの旅館を紹介された。それでまた引き返して旅館まで走り続けた。
3月29日。阿蘇山へは途中までバスで行き、それから頂上まで一直線に登っていった。途中大きな岩や足場の悪いところもあった。ものすごい風もあり、トンネルで休みながら反対側の火口まで歩いた。雨あり風ありの旅である。次に、高崎山では、多くの猿が山から下りてきた。他の三人がえさを買い、隠し持っていた。猿たちがどう見つけたか、ポケットめがけて襲ってきた。みんな恐れてえさを投げ出した。
3月30日。13時間の船旅は長かった。始めのうちはトランプなどして暇をつぶしていた。雨も降っていて瀬戸内の美しい景色も見ることが出来ない。寝るにも飽きが来る。
観光船のため、九州周遊切符の他に割増料金がかかり、予定外の出費で手持ちも底をつき食べるものも我慢した。翌朝4人そろって無事金沢に帰ってきた。写真1枚
旅行行程
3月25日
金沢15:25発 急行ゆのくに4号 大阪19:23着
大阪19:48発 急行西海2号 戸畑6:04着
3月26日
戸畑7:35発 どんこ 博多8:55着
博多9:49発 急行雲仙3号 長崎13:19着
3月27日
長崎11:30発 九州横断観光バス 熊本18:50着
3月28日
熊本16:47発 急行火の山3号 阿蘇18:04着
3月29日
阿蘇13:07発 急行火の山2号 別府15:17着
3月30日
別府8:10発 観光船 神戸21:20着
神戸 歩き 元町 どんこ 大阪
大阪23:05発 立山4号
3月31日
金沢4:45着
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