バッタを倒しにアフリカへ
2018年06月20日(水)
前野ウルド浩太郎著
光文社新書
2017年5月20日発行
920円
A.バッタの研究
1.バッタとイナゴ
幼虫には緑色や茶色、黄色がいる。カラーバリエーションはバッタの特殊能力のひとつで、彼らは自身が生活している背景の色に体色を似せることができる。緑の植物が多い所では緑色、枯れて茶色になった植物が多いところでは茶色になる。
バッタのうち、孤独相(普段見かけるおとなしいバッタ)の幼虫は、この「忍者の隠れ身の術」を見せるが、群生相(仲間の数が増えた時に出現する凶悪モード)は、ほぼすべての個体がおそろいで黄色と黒のまだら模様になる。
バッタは、混み合うと変身する特殊能力を秘めている。まばらに生息している低密度下で発育した個体は孤独相と呼ばれ、一般的な緑色をしたおとなしいバッタになり、お互いを避け合う。一方、高密度下で発育したものは、群れをなして活発に動き回り、成虫は黄色や黒の目立つバッタになる。これらは、群生相と呼ばれている。成虫になると、身体に対してが翅が長くなり、飛翔に適した形態になる。
長年にわたって、孤独相と群生相はそれぞれ別種のバッタだと考えられてきた。その後、1921年、ロシアの昆虫学者ウバロフ卿が、普段は孤独相のバッタが混み合うと群生相に変身することを突き止め、この現象は「相変異」と名付けられた。
相変異を示すものがバッタ、示さないものがイナゴと呼ばれる。日本では、オンブバッタやショウリョウバッタなどと呼ばれているが、厳密にはイナゴの仲間である。
2.バッタの逃げ方
このエリアには主に3種類の植物が生えているが、孤独相は3種類中1種類の植物にだけ潜んでいる。ところが、群生相はこだわりなどなくどの植物にも群がっている。近寄って観察しようとすると、大きく分けると2通りの逃げ方があることに気づく。群がっている植物が小さいと逃げだし、大きいと植物の中に逃げ込む。
冬場のバッタの活動パターンがようやく見えてきた。バッタが暗くなる前に大きな植物に移動する。夜間の天敵の大半は地上から襲いかかってくるので、地面ではなく高いところにいた方が逃れやすい。しかも、朝、太陽が昇り、真っ先に太陽光がさすのは高いところなので、バッタたちはいち早く日向ぼっこをして体温を上げることができる。さらにバッタは、体温が温まる前に天敵が襲ってきた時の用意もしていた。寒さで俊敏に動けなくても、落ちてしまえば重力が手助けをして垂直方向に素早く移動できる。すなわち、バッタは低温時の不活発で危険な時間帯を、植物を巧みに利用することで乗り切ってている。
砂漠ということで暑さにだけ注目していたが、寒さに対してもバッタは見事に適応していた。室内の飼育室でバッタがなぜかゲージの上に集まっていたのは、もしかしたら天敵から逃れようとしていたからではないか。
3.フィールドワークこそが重要
西アフリカ地域の防除費用は、普段なら3億円程度だが、大発生してから対応した場合は570億円に跳ね上がる。
バッタの防除に直結する成果は長年にわたり発表されていない。どこに着陸したがるのか解明できたら、人為的に群れをおびき寄せる技術を開発できるかも知れない。
着陸地点を見極める。人類史上始まって以来、何人たりとも解決することができなかった問題。群れを追いながら飛翔に関すること、エサに関することなど、目に映るすべてのデータを可能な限り連日に渡って収集する。無秩序に動いているように見えていた群れの活動に、うっすらと法則性が見えてきた。
バッタの群れは海岸沿いを飛翔し続けていた。夕方、日の光に赤みが増した頃、風向きが変わり、大群が進路を変え、低空飛行。
4.憧れのファーブル
憧れていた人を超えていくのは、憧れを抱いたものの使命。サバクトビバッタのことならファーブルにすら負けない自信がある。自慢できることがたった一つだとしても、憧れた人を一部分でも超えられるものができたことを、私は誇りに思う。
夢を追うのは代償が伴うので心臓に悪いけど、叶った時の喜びは病みつきになってしまう。夢を持つと、喜びや楽しみが増えて、気分よく努力ができる。
夢を周りに打ち明けると、思わぬ形で助けてもらえたりして流れがいい方向に向かっていく気がする。夢を叶える最大の秘訣は夢を語ることだったのか、今気づく。アフリカのバッタ研究の旅は楽しすぎた。憧れのファーブルに少しでも近づく夢のためにも。
B.モーリタニアで学んだこと
1.つらい時こそ下を向く
モーリタニアに来て最も幸運だったことの一つはババ所長に出会えたこと。「つらい時は自分よりも恵まれている人を見るな。みじめな思いをするだけ。つらい時こそ自分よりも恵まれていない人を見て、自分がいかに恵まれているかに感謝する。嫉妬は人を狂わす。おまえは無収入になっても何も心配することはない。研究所は引き続きサポートするし、私はおまえが必ず成功すると確信している。」つらい時は、涙がこぼれてもいいから、下を向き自分の幸せを噛みしめることにしよう。苦境こそ、本音を見極める絶好の機会になる。
2.ラマダン
3日間ではあるが、ラマダンをしてみた。すると、断食中は確かにつらいが、そこから解放された時、水を自由に飲めることがこんなにも幸せだったのかと思い知らされた。幸せのハードルが下がり、ほんの些細なことでも幸せを感じる体質になっていた。おかげで日常生活には幸せが詰まっていることに気づき、日々の暮らしが楽に感じられた。ラマダンは知恵の結晶ではなかろうか。日本に帰国し、半年も経つとせっかくの感性は失われていった。
3.物事を正確に伝える
バッタを1匹100ウギア(35円)で買い取るよと告げる。「生きたバッタに限る」と言ってなかった。普通は生かして持ってくるだろうと、自分の常識を相手に押しつけていた。特に異文化では、物事を正確に伝える必要がある。私の「普通」など、世界では所詮「例外」。富は争いを生み、争いは哀しみを生む。少額のお金を大量に準備し、その場で現物交換しなければスムーズに取引できないことを学んだ。
4.ビジネス誌「プレジデント」石井伸介氏との出会い
バッタ博士の『今週のひと工夫』という連載企画が立ち上がり、プレジデントオンラインで展開していくことになった。毎週1600文字ほどの記事に魂を込める。二人三脚の日々が始まった。私の原稿を「玉稿」とあがめ、宝物のごとく大切に扱ってくださった。原稿を磨く過程では、なぜこちらのほうがいいのか、なぜこの流れのほうがいいのか、すべて説明してくださった。初めてのバッタ研究者との仕事ということで、ご自身で細部まできちんと調べ、ウラをとり、読者のことを常に想定し、文章を磨きに磨く。仕事をすることの責任感とはなんたるものかを見せつけられた。
文章能力が向上していくのが分かり、一生ものの財産となった。市場最も贅沢な赤ペン先生。きめ細やかな心遣いとビジネスマナーも勉強させてもらえた。
5.人間相変異
環境に応じて、最適な適応戦略をとるバッタの相変異。私が研究者として生き延びるためには、私自身も相変異を発現し、たくさんの「人相」を持つことが活路を切り開くカギとなりそうだ。大勢の方々から研究を進める上でのかけがえのない武器を授けてもらった。自信に満ちあふれた確固たる無収入者へと変貌を遂げることができた。
応援してくれる人たちがいる一方で、私を「利用」使用とする人たちから連絡が来るようになっていた。たくさんの励ましよりも、たった一つの誹謗中傷の方が心に深く突き刺さる。倒れかけた自分を、ウルドに込めた思いが支え続けた。
C.モーリタニアの生活
1.モーリタニアの文化
そこに困っているものがいたら手を差し伸べ、見殺しにすることはない。自分がどんなに大変な目に遭っていても、自分より困っている人がいたら、自分のみを削ってでも助けようとする。モーリタニアの献身的な精神はいついかなる時でもぶれない。厳しい砂漠を生き抜くために、争い奪い合うのではなく、分け与え支え合う道を選んできた。
2.アフリカンタイム
アフリカでは待ち合わせ時刻はあくまでも目安で、待ち合わせ時間から1時間、ときに数時間遅れるのが普通。遅刻は怒られることではない。
3.テロリスト対策
日本人には、おきまりの時間におきまりの席でコーヒーを飲むといった常習癖がある。そのため、犯罪者にしてみれば犯行計画が立てやすい。安全対策のひとつとして、行動パターンを読まれないことが重要。
研究所の車をはじめ、政府関係の車のナンバープレートは黄色。政府の車を他国に乗り逃げする悪い輩がいるので、検問では政府関係車は一時停止が義務づけられている。
4.貴重な水
モーリタニアでは手づかみで料理を食べるから、人々は念入りに手を洗う。ご飯を手のひらの上で何度も軽く空中に放り投げて団子を作り、一口サイズにしてから食べる。歳を取るほど無駄な動きが省かれ、握る回数は減少傾向にある。
砂漠では水が貴重なので、手を洗うのにも一工夫。手洗い専用のジョウロとバケツをセットで使う。一筋の水で2,3人が同時に手を洗う。上下関係があり、下っ端は上の人が洗った汚れた水で手を洗うことになる。
5.スパゲッティの茹で方
日本とモーリタニアとでは、スパゲッティの茹で方が大きく異なる。麺類のコシをこよなく愛する日本人は、余熱で芯まで火が通ることを計算し、アルデンテ(髪の毛ほどの細さの芯が残るくらい)になるように茹で上げる。一方、モーリタニアでは、そんなことはお構いなしで30分は茹で続ける。おかげでスパゲッティはぶよぶよに水ぶくれし、コシなんてあったもんじゃない。街のレストランでも、スパゲッティをナイフで細かく切ってから、スプーンですくって食べるのが一般的。モーリタニア流は食べやすいし、消化によい。何より少量の乾燥面でも腹いっぱいになれる。
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