のぼるくんの世界

のぼる君の歯科知識

稲森和夫、かく語りき

2023年06月04日(日)


述 稲森和夫
2021年7月26日発行
日経BP
1600円
 本書は、1970年代から2010年代の半世紀に、「日経ビジネス」「日経トップリーダー」で掲載した稲森和夫氏のインタビュー・独自記事を編集したものである。
 1959年に京セラを創業し、1代で1兆円企業に育て上げた。それだけではなく、1984年には第二電電(現KDDI)を設立。2010年には、経営破綻した日本航空の会長に就任し、再建に手腕を振るった。加えて、1983年には若手経営者のための経営塾「盛和塾」を立ち上げ、毎月のように例会を開催。1984年には私財を投じて稲森財団を設立。科学技術・思想・芸術分野の功労者を毎年顕彰する「京都賞」を始める。
 2020年の新型コロナウイルスによって、日本は再び大きな転換点を迎える。加えて、人口減少時代に突入した。これまでの常識は全く通用しない。私たちが求めているのは、小手先の処方箋ではなく、人としてどう生きていけばいいのかという根源的なもの。時系列に整理した稲森氏の言葉を読み進めると、必要なものが見えてくる。
A.稲森経営
 「稲森経営」は二本柱で構成する。
 1.アメーバ経営
 アメーバのように伸縮自在な5~10人程度の小集団を社内に作り、独立採算性によって競り合う。社員みんなが生き甲斐とか働きがいを感じられるように、みんなが経営に責任を持ち、関心を持つことを目指して始めた。入社数年目の若い社員でも経営感覚を持って、「売り上げ最大、経費最小」を目指すようになる。「時間あたり付加価値」は、労働時間を増やさずに売り上げを伸ばす、あるいは、売り上げが上がらなければ労働時間を減らすという経営指標。
 2.アメーバ経営の土台となる「フィロソフィ」ィ経営
 「利己より、利他の精神」「正しい判断をする」「誰にも負けない努力を」といった人間の基本的な生き方。なかなか理解されにくかった。稲森氏は、内から突き上げる利己との戦いをずっと重ねている。
 経営者の思いを社員が共有し、経営者と社員が深い信頼関係を築けなければ、面倒な数値管理を押しつけられていると社員は感じ、組織が疲弊する。経営者個人の禁欲的な人間性を経営の核に据えることで、計数管理と理念共有を調和させ、一見矛盾するかのように見える2つの命題を両立させた。
B.欧米流資本主義との違い
 1.成果主義
 バブル崩壊で日本企業は、米国型の実力主義に傾く風潮に対し、稲森氏は「個人主義は企業をダメにし、社員を不幸にしてしまう」と警鐘を鳴らした。経済、政治、官僚の堕落に揺れる日本で、「人としてどうあるべきか」と倫理観を強く問うてきた。
 欧米の経営スタイルは、貪欲さをエンジンにして利益を極限まで追求していくことを善とする。経営者はトップダウンで、従業員に「これだけの成果を出せばこれだけの報酬を上げよう」と伝えるだけでいい。金銭的なインセンティブがあるから、やれと言われればやる。根底に成果主義があるから、精神的な支えなくても経営ができる。効率は非常にいいかもしれないが、働きがいとか、生き甲斐をなくす恐れが強い。
 だが、日本はそれほど思いきったことができていない。「それは必ずしも善ではない」と疑念を持つ良識ある人たちが少なからずいる。成果主義のように物で釣ることなくマネジメントするには、心理的な手法しかない。小さい組織にすることによって参画意識を持たせる。「私がやっているから業績がいい」と1万何千人いる社員がそう思う雰囲気を作っている。社員の知恵と力を結集できるのが大事。
 私が成果主義を取り入れない理由は、会社はみんなを幸せにさせるべき場所だから。いい業績を出した人や部門は、そうでないところを助けて引き上げる。そういう信頼関係と哲学があれば、何も成果主義を採用しなくても、みんな気持ちよく働いてくれる。
 成果主義では、利益を出した部門や個人は厚遇され、そうでないと冷遇される。喜ぶ社員と不満を持つ人間がいる。会社が一丸とならなくてはならないのに、社内で調和が取れなくなってしまう。喜んでいる社員も赤字転落して給料やボーナスが一気に減るかもしれない。会社が「ぶつぶつ社員」の集合になる。成果主義の限界。
 2.株主貢献ではなく、安定性
 資本主義社会では企業は株主の所有物と言われている。投資家は昨今、投機的な見方をしがち。以前は会社の収益性を見る場合、PER(株価収益率)が多く用いられたが、最近はROE(株主資本利益率)等で評価する傾向がある。ROEとは、自己資本に対していくらの利益が出たかを尺度にする考え方。現預金を減らして、自己資本を少なくすれば株主の利回りが大きくなる。企業の永続性より瞬間的に良くすること、内部留保を少なくして、ぎりぎりまで投資に回し、資本を最大限有効に使うことを求める。それでは、スリムになりすぎて、危機には耐えられない。次への備えもできない。現預金をたくさん抱え込んでいる会社は、株主に対して良くない。
 当社は、第一に株主貢献ではなく、従業員の物心両面の幸せを実現し、社会への貢献を果たすことを目的に掲げている。株主のために従業員が苦しんでいたのでは、長い目で見て長続きしないわけで、本末転倒。安定性は何物にも替え難い重要なファクター。経営安定のため、現金、内部留保を重視する「キャッシュフロー経営」をうたっている。それで評価が悪くても構わない。
 不況をチャンスに変えるためには、平時から備えを怠らない堅実な経営を心掛けるべき。景気の良い時にきちんと貯蓄し、景気の悪い時に投資を行う。このような経営を実践するには、現金の「蓄え」が潤沢でないとできない。中国には「屋根は晴れた日に作る」ということわざがある。災難という雨が降りかかってきてからでは遅い。どんな不況にも耐えることができ、新しい手を打てるかどうかが重要。
 【企業価値】
 企業価値が株式の時価総額であるとの考え方を問い直す必要がある。企業の価値は、人々から必要とされていることが第一条件であり、社会に貢献することが企業価値の源泉。株価と経営は、全く別次元。時価総額を大きくしていくことが、企業経営ではない。
C.企業経営
1.「適者生存」というルール
 企業間の競争は、「弱肉強食」ではなく、「適者生存」。滅びる企業は競争相手に負けたのではなく、日々刻々と変わっている環境にうまく適応できなかっただけ。適者になるためには、必死に努力しなければならない。今の規模でいいと思った瞬間に成長はなくなる。
 ① 住友の家訓「利を求むるに道あり」
 この精神を失い、儲けるために手段を選ばなかったから、バブルが起きて、経済界に腐敗が起こっている。松下幸之助の言葉「お客さんに奉仕した結果、利益が得られるのであって、それは自分が社会に貢献した手柄と思っていい」と同じ。
 人間として正しい生き方、すなわち社会的ルールにのっとれば、社会が容認し、企業は存続できる。企業エゴを出しては、社会から容認されない。
 弱肉強食だが、一番ベースのところには、自由競争、資本主義を支える倫理観がある。それを無視して、「自由競争だ、資本主義だ、金の論理だ」になったので、会社も危うくなり、社会も変になった。
 自然界は自由競争。必死に生きているヤツの横で、努力が足りなくて潰れるのもある。それは仕方がない、自然の摂理。それまで助けようとするから、社会的にはおかしくなってしまう。30年スパンで見れば、悪がうまくいっているはずがない。
 ②利益率
 スーパーの平和堂、利益率が3%を超えている。大手のイトーヨーカ堂やイオンでもスーパー部門の利益率はせいぜい1%。業界全体がその程度の利益率を前提にして経営しているから、いつまでたっても利益率は高くならない。平和堂は経営理念を現場に浸透させることで、高い収益率を誇っている。経営トップ以下、お客さんに支持されるよう必死に努力してきたことが、数字となって出てくる。
 哲学なき企業は去るのみ。10%の利益率があれば、不況で売上高が30%減っても、赤字にならなくて済む。日本では大半の企業が数%の低い利益率で生き延びているので、景気が低迷すれば赤字に転落する。京セラの高収益体質は、競争相手をなぎ倒して身につけたものではなく、お客様に信頼され、支持されてきた証拠であり、生き延びようと必死に努力した結果である。
2.企業経営者
 ①リーダーの「人間性」
 経営者になったら、もう個人ではない。一緒に働いてくれる従業員が一人でもいるなら、会社経営はあなた個人のことではなくなる。会社は、一族の財産ではなく、従業員みんなが幸せになるためにある。立派な経営をして従業員が安心して働ける状態にしていく使命感が経営者には必要。さらに、この使命感を信念にまで高めることが大切。リーダーは、素晴らしい人間性を持ち、強いリーダーシップで引っ張りながら、みんなの意見を聞いて意見をまとめていく。
 闘争心、不撓不屈の精神がない人は経営者になってはいけない、社員を不幸にするだけ。リーダーになる人は、無私の心を持ち、いつでも自分をゼロにできる人間。組織のため自ら犠牲になる人物。自分が一番大事と思っている人はリーダーになってはいけない。
 日本では法学部、経済学部を出た人間が官僚や政治家になったり、偉くなっていく。それに比べてイギリスでは、歴史学を勉強した人がエリートになっていく。
 ②「足を知る」という謙虚さ
 自分の才能、能力を私物化してはならない。自分の犠牲で会社を守っていくという精神構造を持っている人でなければ、会社というものは維持できないと思う。自分の才能は、世のため人のため社会のために使う。昨今の企業経営者は、自信が慢心に変わり有頂天になっていく。やっていいことと、悪いことの見境もつかなくなり、ついに不正に手を染めて自滅していく。エゴに走った経営者が会社を潰し晩節を汚す。
 若くして成功しても、一人の努力の結果ではなく、多くの人の助けがあってこその成功。そのことに心から感謝する。謙虚さを持つことが成功を持続させる条件だと思う。
 ベーシックな倫理観、道徳観を教わる機会がどんどん少なくなっているから、足を知ることを忘れ、心のブレーキを踏めなくなってしまった。「足を知る」という謙虚さを見失ってしまった。
 自分の心の中に、良心という自分と、エゴという自分を同居させていることを認識する必要がある。ピュアな真我と、卑しい自我が同居し、せめぎ合っているのが人間の心。だからこそ、経営者は一介の個人のエゴに負けては困る。
 人間の心は、きれいな、美しい利他の心の上に、エゴが覆い被さっている。それを除去するための努力をしないと、利他の心が出てこない。欲望がなければ、人類は生きていけない。欲望は必要なものだが、過剰にならないように心の中で整理する。
3.今の日本企業の低迷ぶり
 ①理念の差が企業の存続に大事
 日本を代表する大企業が、成功体験に酔って天狗になり、原点を忘れて放漫経営を始めた。バブルに至って、奈落の底へ落ちて自信を喪失した。経営トップが自分の会社の強さ弱さを分析し、理念を改めて構築し直すこと。自信を取り戻せないなら社長を交代する。まだ幹も根も腐っていない。自信のある人にバトンを渡しさえすれば、企業は立派に立ち直る。
 ②リーダーの強い意志の欠落
 日本でものづくりが駄目になったように見えるのは、リーダーがおかしくなったから。その証拠に韓国のサムスンやLGは、日本企業を定年になった技術者をたくさん採用している。ものづくりの現場は全く質が落ちていない。ただ、それをマネジメントするリーダーが苦労していない、ものづくりを分かっていないエリート集団。現場で汗水垂らし、立派なものを作ってきた連中の意見も聞かず、ないがしろにしていては、経営はできない。
 ③JAl再建
 1990年代後半の金融危機を経て、多くの伝統的な大企業が業績を落とし、2000年代にかけて日本企業が米国型の資本主義に傾き、株主重視の時価総額経営が幅を利かせた。しかし、稲森氏はそれに与せず、リーマンショックで再び多くの企業が沈む中、確固たる評価を得る。その集大成がJALの再建。
 JALはいわゆるピラミッド型の官僚組織のような企業だった。一握りのエリートが全てを企画し、約5万人の社員に指示を出していた。幹部からは人間味を感じられず、非常に冷たいエリート官僚のような感じ。これでは会社経営がうまくいくはずがない。
 JAL再建に際しても、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という企業理念を掲げた。社員が幸せでなければ、社会の公器としての役目を果たせるわけがない。まず幹部40~50人に考え方を変えてもらわないといけない。リーダーの役割は現場の人の心を変えること。
 「経済環境が良くない」と思うことが、自分の会社を停滞させている原因。景気は良かったり悪かったりするのが普通であって、今が特別悪いわけではない。中小企業で言えば、いつどんなときも決して良い環境というのはなかった。
4.買収法
 企業は人がいて企業。人に価値があるのであって、人が事業をやって利益を作り出している。働いて利益を上げている。その瞬間的な、動的な一瞬間に価値がある。
 静的に見て価値があるわけではない。買収先の役員、社員が精一杯頑張って今の業績を上げているわけだから、それを今後とも続けられるという前提があって始めて価値が維持できる。
 過去だけでなくて、今生きているものを生きた値段で買ったら、自分が働きがいを感じるモチベートをマネージできるかどうか、厳しく問うべき。
D.素人だから新技術を生み出す
 技術開発は、基礎的なことは知っていなければならないが、中途半端に分かってき始めると、いろんなことを考えているうちに、ネガティブなことがいっぱい出てきて、やれるわけがないと思うようになる。専門家ではない素人の方が、純粋に願望を持ちうる。
 技術開発をする場合、未来の一点に向かって自己開発能力が進行形で高まっていくと捉える。その時点までに開発能力がどのくらい向上するかを予測、予見することが開発の第一歩と見ている。そういう思考ができないと、現在持っている技術力と頭脳だけで、できない、無理ということになる。どういうことをやったら可能になるかを社員にも考えてもらう。
 自己開発能力が進行形で高まっていく思考を素直に受け入れられるパーソナリティが重要。採用でも頭とか技術ではなく人柄を重視する。意志よりも純粋で素直な人柄が大切。
E.心を静めることは人生にとって大事なこと
 座禅には危険なこともある。下手な座禅や瞑想をすると、精神錯乱や厳格、幻聴が起こったりする。本人が悟ったといっても、幻覚、幻聴の世界で、悟ったと思っているだけということになる。それを仏教用語では「魔界」と言う。私が狙っているのは、理性でもって自分をコントロールして、本能の露出をなるべく理性で抑えて、できれば晩年、自分の人生を全うしたいと思う。

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