のぼるくんの世界

のぼる君の歯科知識

スウェーデンはなぜ強いのか

2012年08月08日(水)


国家と企業の戦略を探る
北岡孝義著
PHP新書
2010年8月3日発行
700円
 スウェーデンは不思議な国だ。税金の高い国だと言われているのに、国民からの反発の声は少ない。それどころか、国民の幸福感は日本よりもはるかに高い。福祉が行き届けば、国民はやる気を起こしにくいはずなのに、スウェーデンの国民は勤勉であり、労働生産性は日本よりはるかに高い。
 この本を読むと、日本には理念とビジョンが必要であり、国と国民の信頼関係を築かなければならないと改めて考えさせられる。また、医療における「情報の非対称性」を克服するために、情報公開を徹底したい。そして、歯科医院として社会的責任も果たしていきたいと思う。

1.無形の社会資本
 日本人はスウェーデンから、信頼という無形の社会資本、そして、その信頼がどのように形成されているかを学ぶべきである。
第一に、スウェーデンの「国家の家」のような国家理念が必要である。
第二に、国民の信頼を勝ち得る政治システムの改革が必要である。
第三に、政治に対する国民の意識を組織的に高める工夫が必要である。
 政府の重要な活動は、市場経済にふさわしい経済人の育成と、制度と政府への信頼の形成である。これらは、市場経済を支える重要な無形の社会的インフラである。
2.「国民の家」の理念
 戦後の1960年代の、高度成長期における、女性就業の促進が契機となり、「伝統的な家族」が大きく変容し、スウェーデン社会は不安定化する。それに対して社会民主党政権が打った政策が、「国民の家」の実行である。「国民の家」は戦前からの社会民主党の党是であり、階級社会に対する概念であり、国民がともに助け合って生きていく共生の社会である。
 「国民の家」の理念の下で、こどもの養育の責任は、個々の家族から国に移り、国民と政府の関係は、米国や英国のような「契約」ではなく「相互信頼」がベースになった。
3.スウェーデンの福祉
 スウェーデンは、明確に福祉を国是としている国なのである。福祉の考え方は、慈善目的の“施し”から均しく国民の権利であるとの認識へと変わった。人は自由と平等の基本的権利を有している。基本的権利を守るのが国の役割である。福祉は、その権利を守る国の具体的行為として位置づけられる。
 スウェーデンの福祉は、育児、教育、医療、老人介護などは、原則として、個人の負担ではなく、国の負担であるとの理念に基づいている。医療費は、20歳以下は原則無料である。20歳を超えた一般の国民が支払う医療費は、1年間に上限が約1万2千円に定められている。教育費も、原則、大学、大学院まで無料だ。託児所の無料化もある。
 スウェーデンの政府は、中央政府と、ラスティング(日本の都道府県)、コミューン(日本の市町村)と呼ばれる地方政府に分けられる。住民と最も身近に接するコミューンが学校教育、児童福祉、障害者福祉、高齢者福祉を担当している。ラスティグは、医療、中央政府は年金、失業保険などの社会保障を担当している。中央政府、ラスティング、コミューンの役割分担が明確で重複しない。
4.スウェーデンの年金改革
 年金制度の破綻は、「国民の家」の綻びである。国民に生活の安心を与えるためには、制度の持続可能性を最優先に改革を行った。たとえ国民にあらたな負担を強いることになったとしても、新制度が持続可能な制度であることを国民が認めれば、制度に対する信頼が生まれる。月15万円の年金が12万円になったとしても、将来とも確実に年金が得られるなら、そこに安心が生まれる。将来の生活が悪くなるから不安が生まれるのではなく、将来どうなるか分からないから不安が生まれるのである。
 スウェーデンの年金改革に特徴的なことは、生活の安心は、十分な年金額によってではなく、制度の持続可能性によって得られるとの考えに基づいている点である。国民すべてに均しく潤沢な社会保障を与えるという考えから、国民の将来の生活に安心を与えるという考えに、福祉政策のあり方を変更した。
 スウェーデンは、国が負担する基礎年金部分を廃止し、原則、所得比例方式に一元化した。政府は年金制度運営の主役から脇役にまわったのである。ただし、所得比例部分の年金では生活できない低所得者に対しては、社会保険の観点から、最低保障部分に関与する。さらに、自動的収支均衡メカニズムの導入によって、年金運営に困難が生じても、そのことから政府の財政が悪化するという因果連鎖を完全に断ち切っている。基礎年金を廃止しても、その他の老人医療、保険、福祉サービスが充実しているので、高齢者の生活の安心感はある。
5.情報の非対称性
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 今日の先進諸国の政府は様々なレベルで民間の経済活動に規制を加え、市場に介入している。しかし、市場の機能がうまく働かない分野がある。その代表が教育と医療である。この分野では、売り手と買い手の間に「情報の非対称性」が存在する。例えば、医療サービスは、供給者である医者や病院は、自らが施している医療サービスの質を熟知しているが、需要者である患者にはよく分からない。こうした分野に市場の機能を持ち込めば、質の悪い医者や病院がはびこり、良心的な医者は市場から排除されてしまう。これが、有名な「レモンの原理」と呼ばれる現象である。また、医者や病院に利益第一とする運営を許せば、小児科や産婦人科の縮小、地域医療の衰退が起こる現実を、われわれは目にしている。スウェーデンでは、ほとんどの学校や病院・診療所は国営・公営であることがその証左だ。
レモンの原理
kotobank.jp/word/%E3%83%AC%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%90%86
6.スウェーデンは市場原理主義の国
 スウェーデンを代表する自動車会社ボルボやサーブが危機に陥ったとき、スウェーデン政府は回復見込みのない企業に多額の税金を投入することはせず、市場にその解決を委ねた。しかし、バブル崩壊による金融危機の経験をもとに、速やかに金融機関への資本注入は行い、信用不安の広がりを食い止めた。
 もともと市場は万能ではない。すべての分野を市場の機能に委ねる考え方は、真の市場主義ではない。政府の介入と市場の機能をうまくバランスさせることこそが重要である。スウェーデン政府にとって、市場は主義ではなく、あくまで手段に過ぎない。
 市場の機能がうまく働かない分野には、国が徹底して介入する。例えば、教育や医療サービスの分野では、市場の機能を使わない。原則として、学校や病院は国立・公立で、政府が運営している。
 反面、市場の機能を活用すべき所では徹底して活用する。たとえば、労働力の低生産部門から高生産部門への移動のために、雇用の流動化を促進する。政府は企業のリストラを容認する。その代わりに、失業のセイフティネットはほぼ万全だ。
7.スウェーデンの国会議員
 政治家が国民のために働く制度的仕組みができあがっている。国民と政治家の間に「情報の非対称性」が存在する状況であっても、政治制度をうまく設計・運用すれば、政治家に国民の利益にかなうような政治をさせることができる。その政治設計の一つが、政治の透明性と情報公開、説明責任の徹底である。
 国会議員の国費による活動経費にはすべて領収証が求められ、それに関して誰もが確認できるようになっている。国費による国会議員の個人秘書は認められていない。興味深いのは、スウェーデンの国会議員の多くは、議員活動を行うとともに、もともとの本業を続けている点だ。政治家が実社会から遊離せず、政治屋になることを防ぐ効果を持つものである。国会議員は職業ではなく、一種の社会奉仕であるとの認識が定着している。
 スウェーデンは完全な一院制の比例代表制なので、選挙は個人ではなく政党ベースで行われる。スウェーデンの選挙は、マニフェストの中身について、徹底して国民と討議する。その中で、国民と政治家との間に「相互信頼」が形成される。国民の政治への参加意識は高く、4年に1度の国政選挙は、投票率が常に80パーセントを超えている。国民の政府への信頼は高く、政権が任期途中で退陣することはまずない。国の重要な問題については、直接国民が決める国民投票制を採用している。
8.スウェーデンの企業
 国民の意識の変化を受け、スウェーデン企業も変わる。国民一人ひとりの個性を尊重する商品展開を行い、低価格と多様性のバランスをはかりながら、すべての国民を顧客とする。また、国民は、スウェーデン企業に社会的責任を求めた。社会的責任とは、厳格な品質管理と生産工程の監視、企業の説明責任と透明性、被雇用者の労働環境の整備、地球環境に対する配慮などである。
①H&M
 H&Mのファッション・コンセプトは、すべての顧客の個性を満足させる豊富な商品展開を目指すこと。H&Mの企業戦略のもとでは、決して一部の金持ち層のみに受け入れられるようなセレブ志向の商品展開は行わない。すべての人に受け入れられることが彼らの目標なのである。
 H&Mは商品の品質の良さを重視する。H&Mがいう品質とは、高い素材のものを使って高級仕様の商品をつくることではない。H&Mが強調する品質をクオリティと呼ぶ。クオリティは、商品の安全性を徹底させ、顧客に安心を提供することである。厳しい品質管理と正しい生産工程の構築のみならず、広くは環境の配慮する。安全性を確保するために化学物質について厳格な制限を定め、様々な安全テストが行われている。排水や廃棄物が正しく処理されているかどうかも確認される。
 また、労働者の権利が守られているかどうかも重要である。コスト削減のしわ寄せが決して働く人にいかないように配慮している。労働者に余裕を持って働いてもらう環境作りも心がけている。
②イケア
 平等、個性の尊重、共生などの価値を経営の基本においている。創業者イングヴァル・カンプラードは、「イケアは家族」だと言う。国民である顧客、従業員、関連企業の人たちすべての幸せを考えて、イケアの経営者は経営にあたらなければならない。ここに創業者の理念がある。そして、競争・効率・株主至上主義の米国的企業経営を痛烈に批判していることでも有名である。
 イケア製品の特徴は、デザイン性、機能性、そして安さにある。使いやすさはデザイン性よりも優先される。収納に関しても、イケアの商品に、重ねられないものは存在しない。そして、デザインの多様性こそが、イケアのセールス・ポイントである。また、イケアの製品の不良品率は2パーセント以下である。品質保証も手厚く、家具製品のなかには25年保障のものまである。
 イケアの活動は、社会的責任の履行であると同時に、イケアの商品の競争力を高める活動であると位置づけられている。2002年にはイケア鉄道を設立して、独自の路線で製品を運搬している。これは、コスト削減だけではなく、排ガスの削減、渋滞の緩和など、環境に配慮したものだ。環境対策として、家具に含まれるホルムアルデヒドの放出量の抑制も徹底している。
9.税金と社会保険料
 所得税については、収入に関係なく約30パーセントの地方税が取られる。国税は、年収が29万8600クローナ(約390万円)まではかからないが、それを超えると、45万500クローナ(590万円)までは20パーセント、それ以上だと25パーセントということになる。さらに、消費税(厳密には付加価値税)が25パーセントである(もっと低い税率の商品もある)。
 社会保険には、年金、医療保険、失業保険、介護保険などがある。それらの保険料は個人と企業が負担する。スウェーデンの場合、個人負担が給与などの7パーセント、企業負担が給与支払総額の28.6パーセントである。残りが国の負担となる。個人よりも企業の割合が高い。企業に求められる役割が、日本や米国と異なっているからだ。企業活動で得た利益は基本的に従業員や株主に還元すべきであるとの考え方がある。社会保険の企業負担が大きいのはそのためだ。逆に、法人税など企業課税は少ない。税金は企業レベルではなく、個人レベルで課すべきだということだ。

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