のぼるくんの世界

のぼる君の歯科知識

生物と無生物のあいだ

2020年09月14日(月)


生物と無生物のあいだ福岡伸一著
 センス・オブ・ワンダーを捜して
kojima-dental-office.net/blog/20111208-1185
講談社現代新書
880円
2007年5月20日発行
 ウイルス その生態と進化(1973年6月28日発行)
kojima-dental-office.net/blog/20201009-14315
 大学の研究室にける日米の比較や同業者による論文審査・ピア・レビュー(査読)に付随する不正、生命の定義の変遷、研究における直観とかひらめきではなく、発想力や実験の質感の大切さ、準備された心があって初めてX線写真を読影できることなどが興味深い。米国のシステムは、教授、準教授、講師などの職階はあるが、職階間に支配-被支配関係はない。大学と研究者の関係は、貸しビルとテナントの関係。
 定義する時、属性を挙げて対象を記述することは比較的たやすい。しかし、本質を明示的に記述することは難しい。著者の福岡伸一は、ウイルスを生物であるとは定義していない。シェーンハイマーの発見した生命の動的状態を拡張して、「生命とは動的平衡にある流れである」とした。
 動的平衡 福岡伸一、西田哲学を読む
kojima-dental-office.net/blog/20180814-10323#more-10323
 生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される。それは生命がその秩序を維持するための唯一の方法であった。タンパク質の形が体現している相補性にある。生命は、その内部に張り巡らされた形の相補性によって支えられており、その相補性によって、絶え間のない流れの中で動的な平衡状態を保ちえている。システム内部に不可避的に蓄積するエントロピーに抗するには、先回りしてそれを壊し排出するしかない。
 動的平衡は、異常タンパク質を取り除き、新しい部品に素早く入れ替えることを保障する。しかし、この仕組みは万全ではない。ある種の異常では、廃物の蓄積速度が、それをくみ出す速度を上回り、危機的な状態に追い込む。その典型例が、アルツハイマー病や狂牛病・ヤコブ病に代表されるプリオン病。脳の内部に蓄積する。

1.ウイルスの発見
 ①ウイルスの存在が知られていなかった時代
 創成期の20世紀初頭の23年間過ごしたロックフェラー大学のキャンパスに、野口英世の名を記憶するものはない。彼の業績、すなわち梅毒、ポリオ、狂犬病、黄熱病の研究成果は当時こそ称賛を受けた。「顕微鏡下にうごめいていた微生物を細いピペットで吸い取り」健康な動物に接種すると人為的に病気を起こすことに成功した。しかし、その微生物が病原体の証明にはならなかった。病巣から取り出した液体の中に、彼が使っていた顕微鏡の視野の中に実像を結ぶことはない、当時まだ存在が知られていなかったウイルスがいた。

 ②タバコのモザイク病
 病気になった葉やそのすりつぶした抽出液を顕微鏡で調べても、そこに特別な微生物を認めることができなかった。1890年代に、ロシアの研究者ディミトリ・イワノフスキーは病原体の大きさを調べた。素焼きの陶板を使って、モザイク病にかかった葉の抽出液を濾過してみた。染み出てきた濾過液にもタバコモザイク病を引き起こす力が残っていた。大腸菌よりずっと小さい細菌を想定した。
 オランダのマルティスス・ペイエリンクは、再検討して、濾過性の病原体としての“生気を持った感染性の液体”が存在すると主張。これが細菌とは異なる微小な感染粒子の存在を初めて提言したもの、ウイルスの発見。陶板に開いている穴は、単細胞生物の1/5から1/10以下。

 ③ウイルスは生物か?
 ウイルスを「見る」こができるようになったのは、光学顕微鏡よりも10倍から100倍もの倍率を実現する電子顕微鏡が開発された1930年以降。
 ウイルスは、優れた幾何学的な美しさを持っていた。同じ種類のウイルスはまったく同じ形をしていた。生物ではなく限りなく物質に近い存在だから、大小や個性といった偏差がない。
 ウイルスは、栄養を摂取することがない。呼吸もしない。二酸化炭素を出すことも老廃物を排泄することもない。つまり一切の代謝を行っていない
 ウイルスは、純粋な状態で特殊な条件で濃縮すると「結晶化」することができる。この点でも、鉱物に似たまぎれもない物質である。
 ウイルスをして単なる物質から一線を画している唯一の、最大の特性は、自らを増やせるということ。ウイルスは自己複製能力を持つ。ウイルスは単独では何もできず、細胞に寄生することによってのみ複製する。ウイルスのメカニカルな粒子を宿主となる細胞の表面に付着させる。その接着点から細胞の内部に向かって自身のDNAを注入する。宿主細胞は、その外来DNAを自分の一部だと勘違いして複製を行う。その情報をもとに次々とウイルスが生産される。そして、細胞膜を破壊して一斉に外へ飛び出す。
 ウイルス粒子単体は、無機的で、硬質の機械的オブジェに過ぎず、そこに生命の律動はない。ウイルスを生物とするか無生物とするか長らく論争の的だった。未だに決着していない。

2.遺伝子
 ①気づき
 1930年代、肺炎にかかって多数の人が死んでいた。治療法も分かっていなかった。肺炎双球菌は肺炎の病原体だった。大別すると、強い病原性を持つS型と病原性を持たないR型。S型からはS型の菌が、R型からはR型の菌が分裂によって増える。つまり、菌の性質は遺伝する。
 イギリスの研究者グリフィスは奇妙なことに気づいたが、どんな作用が起きたかを解明できなかった。加熱殺菌した病原性のあるS型の菌を実験動物に注射しても肺炎は起きない。病原性のないR型の菌をそのまま実験動物に注射しても肺炎は起こらない。しかし、死んでいるS型の菌と生きているR型の菌を混ぜて実験動物に注射すると、肺炎が起こり、動物の体内から生きているS型の菌が発見された。

 ②DNA=遺伝子
 当時の常識は、遺伝子は特殊なタンパク質であるに違いないだったが、オズワルド・エイブリーは、遺伝子の本体はDNAだと世界で最初に気づいた。S型菌をすりつぶして殺し、菌体内の化学物質を取り出した。それをR型菌に混ぜると、その一部はR型菌の菌体内部に取り込まれ、R型菌はS型菌に変化し、肺炎を引き起こすようになった。
 菌の性質を変える物質を遺伝子とは呼ばず形質転換物質と呼んだ。その化学物質は、S型菌体に含まれていた酸性物質、核酸、すなわちDNAだった。つまり、DNAは生命の形質を転換する働きがある

 ・「ふるまい」の相関性
 S型菌から取り出した、ガラス棒にからまりついた白い糸状のものは、確かにDNAである。しかし、純粋なDNAではない。DNAに付着している様々なタンパク質や膜成分が一緒に存在している。生物試料には微量の混入物がつきまとう。これがコンタミネーション。純化のジレンマは、純化プロセスと試料の作用との間に同じ「ふるまい」方が成り立つことを証明すればよい。純化を進めて、DNAの含有量を高めた試料を使うと、形質転換作用がそれに応じて増強されれば、DNAの純度と形質転換作用とが相関的にふるまっていることになる。
 試料をタンパク質分解酵素で処理しても形質転換作用は残ったが、DNA分解酵素によって形質転換作用は消失した。

 ・エイブリーがもたらした20世紀最大の発見
 DNAにはその配列の中に、生命の形質を転換させるほどの情報が書き込まれている。タンパク質は紐状の高分子であり、その紐には数珠玉が連なっている。数珠玉はアミノ酸と呼ばれる化学物質。タンパク質の紐を構成するアミノ酸は20種類もある。
 核酸(DNA)  遺伝情報の担い手 4種のヌクレオチド(A、C、G、T)
 タンパク質    生命活動の担い手  20種のアミノ酸

  ③シャルガフの法則
 コロンビア大学・生化学研究室の研究者、アーウィン・シャルガフは、文字の出現パターンに気づいていたが、何を意味するのかが分からなかった。動物、植物、微生物、どのような起源のDNAであっても、DNAの一部分であっても、その構成を分析してみると、AとT、CとGの含有量は等しい。

 ④X線によるDNA結晶の解析
 ロザリンド・フランクリンの専門分野はX線結晶学。ロンドンのキングズカレッジでDNA自体の構造を解く活動。
 DNAには水分含量の差によって「A型」「B型」2種類の形態が存在することを明らかにし、それを区別して結晶化する技法を編みだした。さらにそれぞれの微少なDNA結晶にX線を照射し、美しい散乱パターンの写真撮影にも成功していた。数学的解析を一人で進め、気がつかなかったがすぐそばまで迫っていた。
 DNA結晶を撮影したフランクリンのX線写真は、後になって見事なデータとの評価を受けることになる。

 ⑤DNAが二重ラセン構造
 ・準備された心、理論負荷
 データの最終的なアウトプットは常に言葉として現れる。その言葉を作り出すものが理論負荷性というフィルター。
 X線結晶構造解析について最も「準備された心、理論負荷」を持っていたと思われるのは、物理学出身で、すでにタンパク質X線データ解析の経験もあったフランシス・クリック。第二次世界大戦後、ケンブリッジ大学キャンベンディッシュ研究所で、馬のヘモグロビンの構造の解析をしていた。
 クリックは、論文価値審査機構の委員である彼の指導教官から入手した、フランクリンのDNAに関するデータを覗き見していた。その報告書の「DNAの結晶構造はC2空間群である」の記述にピンと来た。データはたちどころに「2本のDNA鎖は、反対方向を向き合いながら互いに絡まり合っている」と解釈された。
 C2空間群とは、2つの構造単位が互いに逆方向をとって点対称的に配置された時成立する。ヘモグロビンの結晶構造もC2空間群をとっているという理論の負荷があった。

 ・二重ラセン構造の発見
 文字の出現パターンのパズルを最初に解いたのが、ワトソンとクリック。1953年、イギリス・ケンブリッジ大学にいたジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックは、DNAは必ずAとT、CとGという対応ルールに従う対構造をとって存在し、二重ラセン構造をしていることを発表し、世界を驚かせた。
 この対構造が自己複製機構を内包していることにも気づいていた。DNAは、互いに他を写した対構造をしている。この対補性は、部分的な修復だけではなく、DNAが自ら全体を複製する機構をも担保している。二重ラセンがほどけると、センス鎖とアンチセンス鎖に分かれる。それぞれを鋳型にして新しい鎖を合成すれば、ツー・ペアのDNA二重ラセンが誕生する。ここに、「生命とは、自己複製を行うシステムである」との定義が生まれる。
 ・ノーベル医学生理学賞
 DNAラセン構造が明らかにされてから10年後、1962年にこの発見を成し遂げた3人、ジェームズ・ワトソン、フランシス・クリック、そしてモーリス・ウイルキンズがノーベル医学生理学賞を授与された。マックス・ペルーツもタンパク質の構造解析への貢献を認められ化学賞が与えられた。
 最も重要な寄与をなしたはずのロザリンド・フランクリンは、自身のデータが彼らの発見に決定的な役割を果たしたことさえも生涯きづかぬまま、この年の4年前、1958年にがんに冒されて37歳でこの世を去っていた。ピア・レビューの途上にある、未発表データを含む報告書が、本人のまったくあずかり知らないうちに、ひそかにライバル研究者の手に入り、それが鍵となって世紀の大発見に繋がった。

3.生命とは何か(1944年)
 ジェームズ・ワトソン、フランシス・クリック、そしてモーリス・ウイルキンズ、3人とも、自分たちが生命の謎を探求しようと思ったきっかけは、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーの著書「生命とは何か(1944年)」である。物理学は今後、最も複雑で不可思議な現象の解明に向かうべきである。それは生命である。生命には、これまで物理学が知っていた統計学的な法則とはまったく別の原理が存在している。まだ知らない新しい「仕掛け」があり、それも分かってみれば物理学的な原理に従うものであるはずだ。生命現象は神秘ではなく、物理と化学の言葉だけで説明しうるはずである。

 ①原子と生物の大きさ
 物理法則は全体を平均した時にのみ得られる近似的なものに過ぎない。生命現象に参加する粒子の数増えれば増えるほど、誤差率は急激に低下させうる。したがって、原子に対して生物は圧倒的に大きな存在である必要がある。
 ②エントロピー増大の法則
 エントロピーとは、乱雑さ(ランダム)を表す尺度。物質の拡散が均一な状態(エントロピー最大の方向へ動き)に達して終わる。これをエントロピー増大の法則と呼ぶ。生きている生命は、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいていく傾向があり、死を迎える。全ての物理現象に押し寄せるエントロピー(乱暴さ)増大の法則に抗して、秩序を維持しうることが生命の特性である。しかし、シュレーディンガーはメカニズムを示せなかった。
 生物は食べることでエントロピー増大に抗する力を生み出している。生物は、その消化プロセスにおいて、タンパク質、炭水化物、有機高分子に含まれているはずの秩序をことごとく分解し、そこに含まれる情報をむざむざ捨ててから吸収している。
 エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことである。秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。つまり流れこそが、生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っている。

4.生命の動的状態
 1930年代後半にルドルフ・シェーンハイマーは、「身体構成成分の動的な状態」と呼んだ。生体高分子も低分子も代謝物質もともに変化して止まない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。
 DNAの発見者であるエイブリーも、その構造を解き明かしたワトソンとクリック、そしてフランクリンも意識していなかったDNAの動的な姿をルドルフ・シェーンハイマーだけが感得することができた。
 脂肪組織は余分のエネルギーを貯蔵する倉庫であると見なされていた。脂肪組織は驚くべき速さで、その中のを入れ替えながら、見かけ上溜めている風を装っている。全ての原子は生命体の中を流れ、通り抜けている。
 饑餓による生命の危険は、エネルギー不足のファクターよりもタンパク質欠乏によるファクターのほうが大きい。エネルギーは体脂肪として貯蓄でき、ある程度の饑餓に備えうるが、タンパク質は溜めることができない。
 脳細胞の内部では常に分子と原子の交換がある。脳細胞のDNAを構成する原子は、むしろ増殖する細胞のDNAよりも高い頻度で、常に部分的な分解と修復がなされている。
 シェーンハイマーの実験
 普通の餌で育てられた成熟した実験ネズミに重窒素で標識されたロイシンというアミノ酸を含む餌が3日間与えられた。もう大きくなる必要がないから、全て尿中に出現すると予想したが、尿中に排出されたのは約1/3弱だった。ほとんどのアミノ酸は、身体を構成するタンパク質の中に取り込まれていた。ネズミを構成していた身体のタンパク質は、たった3日間のうちに、食事由来のアミノ酸の約半数によってガラリと置き換えられたということである。
 さらに、投与されたロイシンだけではなく、他のアミノ酸、グリシンにもチロシンにもグルタミン酸にも重窒素は含まれていた。体内に取り込まれたアミノ酸は、さらに細かく分解されて、あらためて再分配され、各アミノ酸を再構成していた。絶え間なく分解されて入れ替わっているのは分子レベルということになる。

5.PCR、ポリメラーゼ・チュイン・リアクション(ポリメラーゼ連鎖反応)
 円滑なDNA複製を勧める仕組みを、人間が人工的に模倣することは不可能であった。多くの場合、特別な大腸菌の力を借りて、その内部でDNAを増やしてもらっていた。
 分子生物学に革命が起こった。大腸菌の力を借りことなく、ごちゃ混ぜのDNAの中から、任意の遺伝子を試験管の中で自由自在に複製することを可能にした。シータス社の研究チームが開発した。キャリー・B・マリスがPCRの発明者。マリスはPCR利権からはずされたのでいまだにシータス社を恨んでいる。
 当時の科学者なら誰でも知っていたが、ほんの先を見たのはマリスだけだった。
  ・生命の本質が自己複製能にあること、
  ・DNAが相補的な2本の鎖から成り立っていること、
  ・それが互いに他を鋳型として複製されること
  ・プライマーと呼ばれる短いDNAがその複製を開始すること
  ・プライマーはたやすく人工合成できること
 PCRマシンは、温度を上げたり下げたりするだけの装置に過ぎない。複製したいDNAが入ったチューブを短時間100℃近くにまで加熱する。すると、AとT、CとGを対合させていた結合が切れて、DNAはセンス鎖とアンチセンス鎖に分かれる(加熱しただけでは、DNAの鎖自体は切れない)。この後チューブは一気に50℃程度まで冷やされる。そこからまた徐々に72℃まで加熱される。
 チューブの中には、ポリメラーゼと呼ばれる酵素と、複製したいDNAに比べて圧倒的に大量に入れられたプライマー(10~20文字の短い合成一本鎖DNA)そして十分な量のA、T、C、G4文字のヌクレオチドが予め入れられている。
 プライマー1は、増幅したい特定の遺伝子の端の部分のアンチセンス鎖に相補的に対合する配列を持つように合成されている。50℃まで下げられると、プライマー1は自分とマッチングする相補的な配列を探す。もし、対合が成立すればそこに落ち着き、DNAの合成反応を開始できる。プライマー2は、プライマー1が結合した部分のちょうど反対側の端の配列に対合するような10文字からなっていて、先ほどとは逆に、センス鎖に対合するように配列されている。つまり、プライマー1から開始される合成反応と、プライマー2から開始される合成反応とは、千文字の配列を互いに挟み込むように向かい合いながらも、それぞれ別の鎖を合成するように仕組まれている。プライマー1とプライマー2が強調して働く場所は、この千文字配列を挟んだ部分でしかあり得ないから、この場所だけが連鎖反応的に増幅される。合成反応は1分程度で終わる。これが完了すると千文字配列を含む新しい二本鎖DNAは二倍に増える。同じサイクルが繰り返される。2時間足らずで10億倍を突破する。

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