名誉院長ブログ のぼるくんの世界

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臓器たちは語り合う

2019年08月29日(木)


臓器たちは語り合う人体 神秘の巨大ネットワーク
 丸山優二著
 NHKスペシャル「人体」取材班
www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20171001
NHK出版新書
2019年5月10日発行
900円

 本書は、NHKスペシャル「人体 神秘の巨大ネットワーク」シリーズで放送された内容をおさらいしつつ、さらに掘り下げたもの。
 これまで人体は「脳」が全身を支配し、その他の臓器はそれに従っていると思われていた。全身に張り巡らされた感覚神経で情報を集め、運動神経で脳からの指令を伝えて体を動かしている。そして、ホルモンは、脳の指令を伝える役目を担い、「体内の特別な場所だけが出す」ものだと考えられていた。しかし今では、体中のあらゆる場所がホルモンのような物質を出していることが分かってきた臓器同士は脳を介さず連携し、そのネットワークが人体を機能させている、という考え方に大きくシフトしている。
 神経は全ての臓器に繋がっているわけではない。血管も直接全ての細胞に繋がっているわけではないが、メッセージ物質は組織に滲み出し、ほぼ全ての細胞に行き渡るようになっている。神経系は固定電話回線のようなもの。家や職場に繋がっているが、個人には繋がらない。一方の血管は、インターネット。スマホやパソコンを通して、一人ひとりに繋がる。
 メッセージ物質は、もともとある科学用語ではなく、番組が説明のために作った言葉であり、医師や科学者には通じない。ホルモン、サイトカイン、神経伝達物質など、体内ネットワークの中で、臓器から臓器へ、細胞から細胞へと情報を伝えている物質の総称。「指令」というより自分の状態の「つぶやき」。この数十年間、科学の進歩によって数千種類にも及ぶメッセージ物質が見つかり、今も発見は続いている。
 他の人の臓器であっても、体内では臓器同士の会話がちゃんと行われる。会話に使われるメッセージ物質は、全ての人で共通。臓器移植すると拒絶反応が起きると言われるが、攻撃するのは外敵と勘違いした免疫細胞だけで、他の臓器たちは、新しく来てくれた仲間を分け隔てなく迎え入れる。人種が違っても、体内の臓器たちは仲良くできる。
 研究成果が浸透していくのには時間がかかる。全ての教科書が書き換えられるまでのタイムラグは、数十年スケール。最先端の研究は、教科書を疑うことから始まる。科学者たちは、自分のストーリーに当てはまる都合の良い結果だけを書き、都合の悪い結果は隠してしまう。そうしないと論文が通らない。本来なら、「都合の悪い結果」も科学の進歩にとっては重要なこと。論文に書かれたストーリーの周囲に、おびただしい「わけのわからなかったこと」が隠れている。いわば「見えない泥」にまみれた論文。体内のネットワークは複雑だから、論文のストーリーが正しくても、周辺の実験で逆の結果が出ることは、十分あり得る。だから、泥まみれの論文の「泥」にも誇りを持って欲しい。その泥は、まだ誰も知らない生命の神秘に触れる証し。失敗した実験や原因のわからなかった結果が多くの人に共有されていくなら、科学の発展はさらに加速する。

1.心臓
  ①「ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)」の発見
 1980年代、「ホルモンというのは内分泌組織の、内分泌細胞からしか分泌されない」という常識があった。ホルモンの分泌器官は、細胞の中にホルモンを蓄える「小胞」と呼ばれる袋のようなものをたくさん持っている。「心房細胞」にもこうした小胞が多数あることが電子顕微鏡による観察で分かっていた。しかし、ホルモンの研究者の中でも本気で取り組もうとするヒトは少なかった。
 1984年に、大阪府にある国立循環器病研究センター 寒川賢治所長が、心臓が出すメッセージ物質「ANP」を発見・特定し、「人体はネットワークである」というパラダイムシフトのきっかけをつくった。脳を司令塔とするホルモンとは全く別の系統で、「心臓がホルモンを出している」という事実は医学界に大きな衝撃を与えた。
 心臓が出したANPは、尿が作る臓器である「腎臓」が受け取り、尿の量を増やす。体の中を循環する血液の量には変動があり、多すぎるとポンプである心臓には負荷がかかりすぎる。そこで心臓は、ANPをメッセージとして発信して腎臓に知らせ、体内の水分を尿として排出してもらう。血液量が減ると、血圧も下がる。すると、心臓は楽になる。つまり、心臓がANPを出すのは「疲れた時」。負荷がかかった時ほど心臓はANPを大量に放出する。心臓と腎臓が連携することで、体を正常な状態に保っている。

  ②がんとANP
 国立循環器病研究センター 野尻崇ペプチド創薬研究室長が、ANPの新たな効果「がんの転移を予防する」を発見。ANPを投与した患者にがんの転移や再発が少ないように感じていた。そこで、データを整理してみると、手術から2年後の無再発生存率が、ANPを投与しない患者では75%だったのに対し、ANPを投与した場合は91%だった。つまり、再発せず元気でいられる人の割合が、ANPを使うと大幅にアップしていた。心臓を助けようとANPを投与した、どちらかといえば条件の悪い方の患者なのに、生存率が高かった。
 ANPは血管の内皮細胞でも受け取られ、「血管を拡げろ」という指令となるメッセージ物質と考えられていたが、もう一つ、「血管の内側の壁をツルツルな状態に、きれいにする」という働きもあった。どちらも心臓を助けることに繋がる。この仕組みが、「肺ガンの転移の抑制効果」にも繋がった。がん手術後には、少数ながらがん細胞が血液中に泳ぎだし、全身を回る。これらは数日で死滅するため通常は問題にならない。しかし、血管が傷んでささくれたところがあると、ガン細胞はそこから血管の外へ出て、周囲の組織に侵入、転移を果たす。そこで、手術の前後にANPを投与して血管の内側をきれいにしておくと、ガン細胞が血管から出られなくなり、転移を防ぐことになったと考えられる。
 【なぜ血管の内側を「常に」きれいにしておかないのか】
「ささくれにも役割がある」
 血管内皮細胞は、わざわざフックのようなものを出している。血管内をパトロールしている白血球が血管の内壁にとりつくために必要なもの。血管内皮細胞はその時の状況に合わせてフックを出したり引っ込めたりと調節している。心臓が疲れた時に出すANPを受け取った時には、いったんフックを引っ込めて血管の内側をツルツルにして、心臓を助けてあげる。

2.腎臓
  ①腎臓が出すメッセージ物質「エポ」の働き
 人間は、酸素が薄い高地に行くと、体内の酸素が不足するため、運動能力が落ちてしまう。しかし、数日も経つと体が適応し始め、数週間後には平地と変わらない動きができるようになる。平地に戻ると、いつも以上の能力を発揮できる。高地トレーニングは腎臓を鍛えている。
 酸素が薄いと、肺で血液に取り込まれる酸素の量が減る。すると、血液中の酸素が減ったことを腎臓が検知し、「エポ」というメッセージ物質を大量に出す。エポを受け取るのは、骨髄で、赤血球の増産を始める。つまり、腎臓は、全身に酸素が行き渡る状態に引き戻す、非常に重要な仕事をしている。脳からの指令を受けてやっているわけではない。腎臓と骨髄が連携して独自の判断でやっている。
 それ続くと、骨髄では次第に鉄が不足する。そこで、赤芽球は、「鉄が欲しい」というメッセージ物質「エリスロフェリン」出す。これを受け取るのは「肝臓」。肝臓は蓄えていた鉄を放出する。さらに、「鉄は十分」というメッセージ物質「ヘプシジン」の放出量を減らす。すると、「腸」からの鉄分吸収量が増え、赤血球の増産に使われた鉄を補充することができる。肝臓が腸からの吸収量を日常的にコントロールしている。
 ある場所で何かが起こると、その影響は全体に広がっていく。それによって人体が適切な状態に保たれる。これが神秘の巨大ネットワークの真の姿。

  ②腎臓が出すもう一つのメッセージ物質、「レニン」
 腎臓は血圧も調整している。レニンの働きは、心臓が出すANPとは逆で、全身の血管に働きかけて収縮させ、血圧を上げる。ダイレクトに血管に働きかけているわけではない。血液中で、他の臓器が出す物質と反応を繰り返し、最終的なメッセージに変化する。

  ③腎臓は「血液の管理者」
 腎臓は、エポやレニンを使って全身によく語りかけると同時に、他の臓器からのメッセージを数多く受け取る、よく聞く臓器でもある。腎臓は糸球体で血液から毎日180リットルの原尿を作る。水分のおよそ99%が再吸収され、最終的な尿になるのは2リットルほど。一旦全ての成分を血液の外に出し、必要なものだけを戻している。全身からのメッセージ物質に応える形で、再吸収の量を変化させ、血液のあらゆる成分(ナトリウム、カリウム、カルシウム、リン、マグネシウムなど)を正常範囲に保っている。腎臓の目的はゴミ(尿)を出すことではなく、部屋(血液)をきれいにすること。腎臓は尿を作る臓器ではなく、血液を管理する臓器。そのため、腎臓は、二つ合わせても300~500グラムほどの小さな臓器だが、心臓から出た血液の4分の1ほどが腎臓に送られている。その量は、脳や肝臓といった巨大な臓器とほぼ同じ。
 腎臓病が悪化すると、こうした調節機能が低下してしまうので、食べる量を自分で調節しなければならない。いくつもの成分に制限がかかり、食べられるものの種類も量も減ってしまうから、患者さんにとってはつらい食事制限となる。健康な人が一つ一つの成分の量など気にせず、毎日、食事を楽しむことができるのは、腎臓のおかげ。

  ④腎臓は体内のネットワークの「要」
 「多臓器不全」は腎臓がその引き金となっている。腎臓がやられてしまうと、その影響が体中の全ての臓器に波及していくことになる。健康長寿社会に向けて、腎臓内科医の役割がますます重要になっていく。

  ⑤腎臓が寿命を決める
 動物は、体が大きいほど長生きする傾向がある。ネズミ3年、ウサギ10年、羊20年、ゾウ70年。この傾向から外れて長生きする動物たちもいる。30年ほど生きるコウモリ、そして人間。人間の寿命は、ゾウの70年を超えている。血液中のリンが少ないほど長生きする傾向が見られる。「高性能な腎臓を持つ」ことが、寿命を決める重要な因子。
 血液中のリン濃度の調節は、主に骨と腎臓が連携して行っている。骨が出すメッセージ物質「FGF23」は、体に必要なリンの量を伝える役目をしている。これを腎臓が受け取り、リンの排出量を決める。クロトー遺伝子は、腎臓で「FGF23の受容体」を作る遺伝子。自治医科大学 黒尾誠教授が発見した、謎の老化加速マウス。このマウスは、「クロトー遺伝子」が壊れたことで、腎臓が骨の声を聞くための「耳」を失ったような状態で、全身のリンの状況が分からないため、適切な調節ができなくなっていた。そのため、老化の加速が起きていた。

3.脂肪・筋肉
  ①レプチンは「食欲を抑える」メッセージ物質
 ロックフェラー大学 ジュフリー・フリードマン教授が、脂肪細胞が出すメッセージ物質「レプチン」を発見。論文発表は1994年。体重の調節機構を解明。それほど意識しなくても、ほぼ一定の体重を保つようにできている。その仕組みを明らかに。体重が増えると大量のレプチンが放出され、これを受け取った脳では食欲が抑制される。すると、食べる量が減るから脂肪も減る。脂肪が減れば、放出されるレプチンも減り、食欲がまた出る。驚くことは、「脂肪組織」が「脳」に指令すること。
 肥満の人は、脂肪組織からレプチンを大量に出し続けていて、その効果が出なくなっている。そこにレプチンを薬でプラスしても意味はない。レプチンが、体重のホメオスタシスを生み出している。その働きに反した生活習慣が続くと、破綻が起き、肥満になる。
  【「グレリン」という胃が出すメッセージ物質】
 「お腹が空いた」と知らせるメッセージ物質もある。久留米大学 児島将康教授と寒川賢治らのグループが発見した。グレリンは主に自律神経を介して脳に作用し、空腹感をもたらすと同時に、成長ホルモンの分泌を促す。脳が出すホルモンの指令系統に、胃が口出ししている。
 グリシンは主に胃の上部から出るため、最近では、がんの手術で胃を切除する際に、意図的に上部を残すことで、患者の食欲を維持し、回復を早くする工夫がされるようになってきている。

  ②メタボリック・シンドロームの理解
 アディポサイトカイン(脂肪の細胞間情報伝達物質)は、数百種類あり、中でも「炎症性サイトカイン」が注目されている。具体的には、「TNFα」や「インターロイキン」など。炎症性サイトカインが伝えるメッセージは、免疫細胞同士の警告信号のようなもの。肥満になると、脂肪細胞がこの危険信号をまき散らす。脂肪細胞が出した炎症性サイトカインを受け取った免疫細胞は、臨戦態勢にはいる。全身の免疫細胞が活性化されていく。ウイルスや細菌の感染がないにもかかわらず、全身の免疫が過剰に活性化している状態は、「慢性炎症」と呼ばれる。最新の研究で、動脈硬化、糖尿病、高血圧などは、慢性炎症をきっかけとしている可能性が指摘され始めている。
 メタボの本質が、脂肪細胞が出すメッセージ物質・アディポカインによって引き起こされる慢性炎症であること、その結果、さまざまな病気に派生していくことも見えてきた。

  ③健康のカギ 筋肉が出すメッセージ物質「マイオカイン」
 コペンハーゲン大学 ベンテ・ペダーセン教授が研究している筋肉が出すメッセージ物質「マイオカイン」。筋肉は体重の40パーセントを占める、人体最大の臓器。健康に役立つ何種類ものメッセージ物質を発信している。少し前までは、筋肉は体を動かすだけのもので、「臓器」というよりは「組織」と呼ばれることが多かった。
 筋肉からIL6(インターロイキン)6(TNFαと並ぶ炎症性サイトカインの代表格)をどっと出すことで、いったんTNFαの放出を抑え込み、すぐにIL6を止めて、慢性炎症の拡大を防いでいる可能性がある。
 筋肉が出すマイオカインが慢性炎症を抑制しており、病気を予防する方向に働くと期待されていることも分かった。メッセージ物質は、病気にする力も、病気を防ぐ力も持っている。常に病気にならないよう、「引き戻す力」が働いている。それでも尚、病気になってしまうという事は、復元力を超える力が働いてしまったということを意味する。

4.骨
  ①オステオカルシン
 オステオカルシンは、2007年にコロンビア大学 ジュラール・カールセンティ教授のグループの論文によって発表され、全身に及ぼす影響、特に糖尿病予防効果が注目された。膵臓や腸、肝臓、脂肪など、たくさんの臓器に働きかけて「インスリン」や「インクレチン」など、糖尿病の発症に影響する他のメッセージ物質の量を変化させる。
 また、最近の研究では、記憶力をアップする効果も期待されている。脳で記憶を司る「海馬」がオステオカルシンを受け取っていることが分かった。オステオシンを作れないマウスでは海馬が小さくなり、記憶力も低下する。さらに、筋力を保つ効果や、生殖能力を上げる効果も見つかった。オステオカルシンは「若さを保って」というメッセージとして働いている。

  ②オステオポンチン
 もう一つ、骨が出す注目のメッセージ物質は、「オステオポンチン」。これは、「免疫力をアップせよ」というメッセージとして働く。免疫細胞の数を増やす重要な効果がある一方で、「老化を加速する」という可能性を示す研究も多くある。骨は若さや老化のスピードに大きな影響を与えている。

  ③骨細胞が作り出すメッセージ物質「スクレロスチン」
 骨細胞は引退した細胞だと信じられていたが、むしろ全身の若さを保つために重要な役割を果たしていた。骨細胞が作り出すメッセージ物質「スクレロスチン」は、骨芽細胞に働きかけ、骨の形成にブレーキをかける役目を果たしている。骨細胞は、この物質によって骨の全体重をコントロールしている。スクレロスチンが過剰に出てしまうと、骨密度が急激に低下して骨粗鬆症になる。
 骨細胞は、硬い組織の中に張り巡らせた網の目で、衝撃を感じとるセンサーとして働いている。走ったり、跳んだりすると、骨には衝撃がかかり、歪みが生まれる。この歪みを骨細胞の網の目が検知し、スクレロスチンの放出量を変える。全身の若さを保つ骨の働きも、骨への刺激が多いほど活性化する傾向にある。

  ④メッセージ物質を利用する骨髄移植の新方法
 白血病は、骨髄の中で異常が起こり、血球をうまく作れなくなる病気。治療のための骨髄移植では、ドナーから正常な骨髄の一部をもらう。骨に何度も針を刺して吸い出す必要があるため、精神的肉体的な負担は小さいとは言えない。
 最近では、「末梢血幹細胞移植」。ドナーは「G-CSF」という白血球を増やす働きを持つメッセージ物質の注射を数日間にわたって受ける。すると、数日後、平常時は骨髄の中にいる「造血幹細胞」が大量に血液中に泳ぎ出てくる。これを成分献血の要領で取り出せばドナー側の提供は完了する。G-CSFの正式名称は、「顆粒球コロニー形成刺激因子」、顆粒球を増やすメッセージ物質。

  ⑤ニッチ
 ドナーの骨に針を刺して骨髄を吸い出した場合でも、受け取る患者側は、「骨の中」ではなく、「血管の中」に入れる。患者の血液中に入った造血幹細胞は、いつの間にか骨に入っていき、骨髄の中、本来いるべき場所に定着して、せっせと血球を作り始める。
 胎児の時、造血幹細胞は大動脈の周辺で生まれ、程なく肝臓に引っ越ししてきて、血液を作り続ける。そして、いよいよ出産が近づき、外に出るぞという頃になると、いそいそと骨の中に移動してくる。骨の中で、造血幹細胞を呼び寄せている細胞たちがいる。
 胎児の時、あるいは骨髄移植の際に、造血幹細胞が骨髄まで移動してくるのは、そこにニッチが存在するから。ニッチ、居心地がよい環境とは、「造血細胞が、造血細胞のままでいられる環境」。造血幹細胞は分裂を繰り返し増殖し、赤血球や白血球に分化していくが、分化せず造血細胞のままで残ってくれる細胞がいないと大変なことになる。骨の中の細胞たちが作るニッチに、造血細胞の分化を止めてくれる働きがある。ニッチは、「君は君のままでいて」というメッセージを出し続けていて、これを受け取った一部の造血幹細胞たちは分化せず、いつまでも造血幹細胞のままでいてくれる。

5.腸
  ①腸内細菌
 腸は、エイリアンである「腸内細菌」を養い、人体のネットワークに参加させている、特別な臓器。腸内細菌たちは、様々なメッセージ物質を出している。こうした物質は、腸から吸収されて血液中に入っていき、人体のあちこちで受け取られている。まるで人体の一部であるかのようにネットワークに参加している。そのため、腸内細菌全体を一つの「臓器」だと捉える科学者も増えている。

  ②アレルギーは、「免疫の暴走」から
 アレルギーは、花粉などの無害なものに免疫細胞が過剰に反応することで惹き起こされる。いわゆる「免疫の暴走」と呼ばれる状態。免疫細胞は、一旦火がつくと一気に燃え上がり暴走しやすい。それを「制御性T細胞」がヘルパーT細胞に働きかけて沈静化させる。制御性T細胞とヘルパーT細胞は兄弟のようなもので、どちらもナイーブT細胞から分化して生まれたもの。制御性T細胞に進む細胞が増えれば、免疫系全体が寛容な状態となり、アレルギーが起きにくくなると考えられている。
 腸は、全身の免疫細胞(白血球)の7割が集まる、「免疫の臓器」でもある。病原菌やウイルスに備えるために大量の免疫細胞が集まっている。理化学研究所の大野博司さんのグループは、マウスに食物繊維が多い食事をさせると、制御性T細胞が増えることを見つけ、その原因を探った。すると、ある種の腸内細菌が出す「酪酸」という物質がナイーブT細胞に働き、制御性T細胞への分化をしやすくさせていることが分かった。
 人間には消化が難しい「食物繊維」は、古くから腸内細菌のエサとなっていた。しかし、現代人の食生活では、食物繊維が激減しており、腸内細菌がエサ不足に陥っている。その一方で、細菌の増殖を妨げる抗生物質や合成保存料を口にする機会は格段に増えている。腸内細菌はこの激変についていけず、混乱状態にある。野菜が多い(=食物繊維が多い)食生活をすると、腸内細菌の多様性が上がり、元気な腸内フローラになる。

6.ネットワークと病気
  ①「クモの巣」のようなネットワーク
 人体のネットワークは、たくさんの繋がりがあって、複雑な網の目のようになっている。繋がりの一つひとつが、「引き戻す力」として働いていて、元の状態からズレても自然に元に戻るようにできている。これをイメージすると、伸縮性のある「クモの巣」のようなもの。一カ所だけで受け止めれば、糸が切れるほどの力であっても、クモの巣全体が形を変えて全体で受け止めればすぐに壊れることはない。しかし、重要な結節点、代替が利かないところがやられるとネットワーク全体が一気にダウンする。

  ②体重をコントロールするネットワーク
 食欲を制御しているのは、脂肪組織が出すレプチン。また、胃が出すグレリンも食欲に関係する。つまり、レプチンとグレリンは冗長性がある。ただし、レプチンは脂肪の蓄積に反応する長期的なもの。グレリンはもっと短期的な空腹感に関わるもの。他にも、腸が出すメッセージ物質「インクレチン」も食欲を抑える効果がある。また、噛むことによって脳内に出る物質「ヒスタミン」にも満腹感を増強して食欲を減らす働きがある。こうした何重もの仕組みで食欲が制御されている。さらに、腸内細菌が出す、「食事をしたよ」というメッセージの「短鎖脂肪酸」は、脂肪細胞に働きかけ、脂肪の蓄積を抑えると同時に、交感神経を活性化して代謝を上げ、エネルギーの消費を増やす。
 現代社会の人々は、肥満のままで日々何事もなく生活を続けている。ネットワーク全体が崩壊したわけではなく、少し別の形(肥満)に移行して形を保っている。「引き戻す力」は肥満を維持する。

  ③メタボリック・シンドローム再考
 インスリンは、全身の細胞に働きかけて「血液中の糖分を取り込め」という膵臓が出すメッセージ物質。正常に働けば、糖分が細胞内に移り、血糖値が下がる。つまり、ネットワークの中で「血糖値を引き戻す力」。
 インスリン抵抗性とは、インスリンを受け取っても、細胞が糖分をあまり取り込まなくなってしまう状態。つまり、インスリンが効かなくなる。要するに、クモの巣が「ビヨーンと伸び始める」。インスリン抵抗性は、糖尿病の入り口。血糖値が高めのため、膵臓はインスリンをさらに出し続けなければならない。しかし、インスリンがずっと出ていると、ますます効かなくなっていく。インスリン抵抗性を増幅する悪循環になっていく。でもネットワークはまだ壊れていない。
 膵臓が弱り、インスリンを出さなくなっていく。今までのように形を保つことができなくなり、全体が一気に大きく形を変える。ついに、糖尿病の発症。死の危険がある。薬としてインスリンを注射して、伸びきった糸の代わりに「引き戻す力」を発揮してもらう他ない。膵臓は重要な結節点となっていて、そこが壊れることで、ネットワーク全体の崩壊が起きる。

  ④病気とは人体のネットワークの変化である
 外部から力がかかった場合、しばらくの間はネットワーク全体で受け止めるため、何の変化もない。それが続くと、ネットワーク全体の形が少し変わるが、まだ大きな変化はない。目に見える形で現れたという時点で、軽く考えていい状態とは言えない。少々のことならネットワーク全体で吸収し、元の状態に引き戻してしまうはずなのに、それができなくなっていることを意味する。
 弱い部分かがあればそこから切れていく。引っ張っている場所が切れるわけではない。引っ張るが威力は一つとは限らない。大きな力で右に引っ張られているクモの巣をどこか一部だけ左に引っ張れば、そこが切れる。その時、「左に引いた」という原因だけを見ていると、全体としての病気の原因を見誤る可能性がある。実際には病気は単独で起きるのではなく、多くの不具合がオーバーラップして起きている。「糸が切れた場所だけ治す」治療は、根本的な解決になっていない。もともとの原因を解決しない限り、また同じ糸が切れたり、ネットワークの他の糸が切れたりするだけで、意味がない。
 たった一つの原因で病気になるほど、人体はヤワではない。生活習慣だけで病気になる人は、そうはいない。原因を探るのは将来のため。

7.脳
  ①血液脳関門
 血液脳関門研究の第一人者は、東北大学 寺嶋哲也教授。血液中を流れているメッセージ物質は、脳の神経組織の中に自由に入ることはできない。つまり、血液と脳の間には、メッセージ物質の通過を阻む関門がある。脳内に張り巡らされた血管の壁が、全体として関門の役目をしている。脳の血管には、他の臓器と大きく違う特徴がある。
 他の臓器では、穴だらけの血管。血管の壁を形作る細胞同士の結合が緩く、周りの組織に直接、血液中の物質がしみ出していくような構造になっている。栄養やメッセージ物質を効率よく届けるためには、その方が都合がよい。
 脳の血管は、他の臓器に比べて非常に緻密で、血管の壁を作っている細胞同士がピッタリとくっついた構造になっている。そのため、血液中を流れる物質は、血管から外に漏れ出ない。いわば穴のないホースが、血液を周囲の神経細胞から隔離している。もちろん、周囲の神経細胞は血液からの栄養を必要としているから、全ての物質をブロックしていない。血液脳関門は、単なる物理的な障壁ではない。血管の細胞たちは、血液中から必要なものを選び出して、神経細胞の入る領域へと積極的に入れる仕組みを持っている。インスリンなどの分子量が大きな物質も難なく通過することができる。
 ほとんどのメッセージ物質は血液関門によってブロックされ、脳の神経細胞には届かない。さすがは脳、やたらに他の臓器の言うことを聞いたりしない「孤高の存在」という感じ。

  ②「思考する」とは
 脳の神経ネットワークの中での情報伝達は、電気信号だけで行われるのではない。
脳の中で電気信号が使われるのは、あくまでも一つの神経細胞の中で信号を運ぶ時だけで、隣の細胞に信号を受け渡す際には、ほぼ必ず「物質」を使っている。
 最近の研究で、「一つの神経細胞は、1種類の神経伝達物質しか出さない」という考えは正しくないことが分かってきた。一つの神経細胞からは、複数の神経伝達物質が出ている。つまり、シナプスは単純な電気信号のリレーを行う場所ではなく、シナプスの隙間では、いくつもの神経伝達物質が飛び交い、神経細胞のネットワークは、様々なメッセージ物質を使って、複雑なコミュニケーションをしている。まさにそれは細胞同士の「会話」と呼ぶにふさわしいもの。脳という驚異的なネットワークが生み出す現象の複雑さは、まさに別次元のすさまじさがある。それを「思考」と呼び、そこに「意識」を見出す。
 シナプス間隙に不必要な物質が入れば、脳は大混乱。神経細胞がいる領域から不必要な物質を排除し、脳の思考を守っている仕組みが、血液脳関門。全身からのメッセージを意図的にブロックする仕組み。
 電気回路に支えられるコンピューターは、一つのインプットに対して常に同じアウトプットを返してくれる。しかし、脳はそうではない。細胞の末端、シナプスに蓄えられている神経伝達物質の量も、受け取る側の細胞の地謡も毎回違う。周囲に漂っているメッセージ物質の量も、一定ではなく変化している。細胞同士の会話には「全く同じこと」は二度と起きない。こうした脳の特性は、計算問題であれば「間違える」という困ったものだが、複雑な問題を考える時には、「別の回答を生み出せる、創造性、自由意志」と、肯定的に捉える。ちょっとした脳内の違いによって全く別の結論に行き着く可能性を持っている。脳は、集中している時よりも、ぼーっとしている時の方が、脳内の広い領域を繋ぐネットワークが活性化している。無意識に行われる細胞の会話にこそ、「ひらめき」の素が潜んでいる。

  ③脳の神経細胞は大人になった後でも日々新たに生まれる
 スウェーデンにあるカロリンスカ研究所 ヨーナス・フリゼン教授のグループが、1960年頃に盛んに行われた核実験の影響で大気中に増えた「炭素14」を使い、神経細胞が生まれた時期を特定し、「健康な大人の脳で神経細胞が新たに生まれていることを示した。90歳の人の海馬でも、新たな神経細胞が盛んに生まれている。
 脳とコンピュータにはもう一つ決定的な違いがある。脳では、回路を構成する細胞が、日々新たに生まれ、それらの細胞は記憶と深く関係している。人工的な記憶媒体は、できるだけ変化しないように設計されているが、脳は、記憶に関わる部分にわざわざ新たな部品を追加して、自ら変化していってしまう。私たちの記憶は常に変化する。そして必ず「忘れる」という現象も起きる。生きた細胞のコミュニケーションだから当たり前のこと。

8.生命誕生
  ①たった一つの受精卵に秘められた力
 ヒトの受精卵は、大きさわずか0.1ミリメートル。全ての人が0.1ミリメートルしかない受精卵から始まった。この細胞は誰かに教えてもらったり、指示されたりしなくても、自分だけで人体を作り上げていく力を持っている(母胎のサポートは必要)。最初の頃はどれも全く同じ。人体を作り上げる「魔法」のカギを握っているのは、「細胞同士の会話」。受精卵から分裂して数を増やした細胞たちは、互いにメッセージ物質を出し合って相談を始める。

  ②iPS細胞発見の意義
 発生学の研究は最近まで動物を中心に行われてきた。それが、ES細胞の登場によって、シャーレの上でヒトの細胞が分化する様子を見ることが可能になり、様々な実験もできるようになった。倫理的な議論がつきまとい、まだまだ制約があった。iPS細胞が登場し、研究の幅が広がった。基礎にも臨床にも貢献している。
 iPS細胞を使った研究は、毎日iPS細胞が育たないようにしている。ちょっとしたことで、何かの細胞に分化し始めてしまう。これを止めるには、メッセージ物質が必要。そして、分化させるために、またメッセージ物質を使う。1回だけではなく、段階を追って何度も与える。タイミングも重要。様々な細胞を導く手順(「プロトコール」と呼ばれる)が発見されている。iPS細胞を100%の確率で目的の細胞へ導くことは、ほぼできない。60~70パーセントを正しく導けるぐらいでもかなりの精度の良いプロトコールと言える。

  ③細胞のネットワークが人体を作る
 生命の誕生の現場では、細胞たちは驚くほど正確に分化していく。200種類以上の細胞が、整然と、同時進行で生まれていく。誰も全体をコントロールしていない。一つひとつの細胞たちが相談し、自分たちで作り上げていくからこそできる。どこかに人体を作り上げる司令塔がいるわけではない。細胞たちが語り合うネットワークによって、人体はできる。

  ④「肝臓オルガノイド」の誕生
 横浜市立大学 武部貴則教授が取り組んでいるのが、「オルガノイド」という研究分野。オルガノイドとは、iPS細胞やES細胞から作られた、いわば「ミニ臓器」。それぞれの臓器の「構造」や「機能」の一部を再現しているもの。臓器の機能を果たすために何種類かの細胞が組み合わさったり、細胞が臓器と同じ構造を持っていたりする。従来の研究では、1種類の細胞へ分化するように誘導するのが一般的だった。
 肝細胞の集団の中に、毛細血管の網の目ができているのを顕微鏡で見つける。ついに、わずか1ミリメートルほどのミニ肝臓の誕生。このミニ肝臓を、肝機能の落ちたマウスの体に埋め込むと、ミニ肝臓の中の血管網が、周囲の血管とひとりでに接続して血液が流れ始めた。現在、ヒトのiPS細胞からミニ肝臓を大量生産し、人間の治療へ進もうとしている。これが成功すれば、臓器移植に代わる全く新しい治療法。
 肝細胞と血管の細胞の2種類に加えて、「間葉系細胞」を加えた3種類の細胞を適切な割合で混ぜ合わせると、細胞たちは互いにコミュニケーションをとり合い正しい構造を自分たち手の力で作り上げることができた。発生の過程は、正しい道筋から少しぐらい外れてしまっても、細胞たちは互いにコミュニケーションし、引き戻し、カラクリを発動させる。これはカラクリがシンプルであるからこそ可能になる。

9.エクソソーム
  ①別次元の情報伝達手段
 エクソソームとは、たくさんのメッセージ物質が詰まったカプセルのようなもの。エクソソームは、全身のほとんどの細胞が出している。そのため、血液中に100兆個以上流れている。エクソソームの外側の膜は、細胞膜と同じ成分でできていて、他の細胞へ入り込むために必要となる、タンパク質の鍵も持っている。その中には、マスクロRNAと呼ばれるメッセージ物質が入っている。エクソソームとマイクロRNAがタッグを組むことで、多様な情報伝達が行えるという点が、他のメッセージ物質とは大きく異なる。
 これまでRNAは、「一つの細胞内でしか動けない」と考えられていた。細胞の外に出ると分解される。それをエクソソームというカプセルが守ってやることで、血液の流れに乗って遙か遠くの細胞まで出張して働けるようにした。例えば、乳ガンの細胞が出すエクソソームは、脳の血管に作用し、血液脳関門を破壊するメッセージとなる。脳は本来、血液脳関門に守られているため、がんが転移しにくいが、乳がんだけは、なぜか脳に転移しやすい。
 がん細胞が、エクソソームを出すことで周囲の血管を呼び寄せ、大量の酸素や栄養の新たな供給ルートも作らせる。

  ②がんと闘うために
 国立がん研究センター 落谷孝宏の研究。たった1滴の血液からでも複数のがんを特定できる、全く新しい検査方法。13種類ものがん(食道がん、肺がん、乳がん、胃がん、肝臓がん、膵臓がん、胆道がん、大腸がん、前立腺がん、膀胱がん、卵巣がん、肉腫、神経膠腫)を1回の検査で早期発見できることを目指す。エクソソームの中に含まれているマイクロRNAを分析することで、がんを特定する方法を開発。精度は95%以上。
 また、治療法も開発されつつある。がん細胞が出すエクソソームは、外側を包む膜に、正常な細胞とは違う特徴を持っている。この特徴がさらに目立つように「目印となる物質」をくっつけると、免疫細胞が、がん細胞から出たエクソソームを食べてくれる。転移の帽子などに大きな効果を発揮する可能性がある。

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