名誉院長ブログ のぼるくんの世界

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露の身ながら

2008年12月25日(木)


露の身ながら往復書簡
いのちへの対話
多田富雄 免疫学者
    2001年 5月、脳梗塞で倒れ声を失い右半身不随となる
    抑制T細胞を発見   
柳澤桂子 遺伝学者
        T遺伝子の研究
        1969年原因不明の難病
集英社
2004年4月発行
四六判 269頁
1,470円(税込み)
 障害者一年目と、病床三〇年の往復書簡である。不自由な体でワープロを打ちながら書かれた一字一句に感動を覚える。気持ちの整理が付いて、次第に自分のことから、違った立場から生命科学を学んだもの同士でお互いに意見を述べあうようになり、生物学の解説を超えて、現代の科学、人間の生死や文明についての深い哲学的洞察が見られるようになる。このエネルギーはどこから来るのだろうか。

1.この新しく生まれたものに賭けることにした(多田)
 もし機能が回復するとしたら、単なる回復ではありません。それは新たに獲得するものです。新しい声は前の私の声ではありますまい。新たに一歩が踏み出せるなら、それは失われた私の脚を借りて何ものかが歩き始めるのです。もし万が一、私の右手が動いて何ものかをつかんだならば、それは私ではない新しい人間が掴んだはずなのです。もとの私は回復不能ですが、新しい生命が体のあちこちで生まれつつあるのを私は楽しんでいます。昔の私の半身の神経支配が死んで、新しい人の半身が生まれるのだと思えば、障害者も楽しいです。私は、気が遠くなるほどゆっくり起こる、新しい機能の獲得の過程をみてやろうと思いました。リハビリは、創造的な治療だと気づいて、今の私にとって苦しくもつらくもありません。
2.過去の実績だけで評価する日本のやり方では、いい仕事は生まれません(多田)
 自分の過去の成果ばかりを口にし、未来の夢を語ることが少なくなりました。特許をとるための競争をしています。これまで何がなされたかを評価するより、これから何をしたいかに重きを置く科学政策が必要です。このままでは、実績がなければ研究費のとれない日本を捨てて、これからどんなことをしたいかを評価するアメリカへ人が流れていきます。あまりに実績主義に陥りますと、次の科学を生み出す創造力は生まれません。免疫学は新しい発想で新原理を発見しなくては、これからのしたたかな敵に対処できません。
3.クローンの怖さ(柳澤)
 まだ動物でもうまくいかないことを人間でおこなうという、その一事だけでもはっきり反対する理由になると思います。科学者が黙っていて、もし万一クローンベビーが生まれてしまったら、その子にどうやって償いをすればよいのでしょう。
 私たちはまだ、なぜ有性生殖があるのかというほんとうの理由を知りません。けれども、ほとんどの高等生物に有性生殖があるということは、それが生物の存続に重要な意味を持つからだと思います。減数分裂を通過せずにつくるのがクローンベビーです。
4.ゲノムは人権そのもの(多田)
 減数分裂と受精によって生まれる人間の個別性という価値を無視することは、人間そのものを否定することになります。ゲノムも人権も、両方とも普遍性と多様性に特徴づけられています。人権を発見したことだけは、数少ない人間の進歩の例なのです。人権という価値まで否定されるのですから、なんでも最終的に自己が責任をとりさえすればいいというわがままは通用しません。
 ますます科学者は自分たちのやっていることの帰結に責任を持たなければなりません。クローンを作ることが、人間の未来に暗い影を落とすことは確かです。なぜなら、こうして人間の尊厳や人権がたやすく侵される風潮が、既成事実として定着してしまった先には、自分のために他人の生命までを利用するというのが許されてしまうからです。私が脳死移植に問題を感じたのは、他人の継続している生命を犠牲にしてまでも、自分が生きるために利用しようとするというやり方は危険だと思ったからです。
5.死生観(柳澤)
 定年間近の医学部の教授にその人の死生観を尋ねたアンケートがありました。驚いたことに、誰も自分の死について考えたことがないということです。まして生について考えるいとまなどあるはずもありません。こういう人たちに末期ガンの患者を託してよいかと疑問に思いました。
6.遺伝子の発現に合わせた教育が人類を平和に導く(多田)
 小学校の時からゆとりの教育、ものを考えさせる教育、創造力を高める教育などといっています。初等教育ではそんなことはいらないと思います。創造力が発展するのは、思春期からです。その頃新しい遺伝子が現れるのです。しかし、受験勉強が忙しくなり、創造力なんか無視されるのが日本の中等教育です。詰め込まなくてはならない時期はもっと幼いときにあります。
 教育の最終の目的は、「引き出す」ことです。人間の可能性の遺伝子が発現するのを、正しい時期に、正しい形で引き出すことが教育ではないかと思います。ゲノムの中には、人間の無限の可能性が秘められています。それを発見し引き出すのが、初等教育です。大切なことは、遺伝子が目覚めたときに、それを解き放つ機会が与えられることです。引き出すためには、それを上手に発現させる条件を作る必要があります。それがいわゆる「読み書き算盤」に相当する基本的な学力だと思います。

2006年4月8日 朝日新聞 「私の視点」
◆診療報酬改定
リハビリ中止は死の宣告
多田富雄
東京大名誉教授
 私は脳梗塞の後遣症で、重度の右半身まひに言語障害、嚥下障害などで物も満足には食べられない。もう4年になるが、リハビリを続け一たお陰で、何とか左手だけでパソコンを打ち、人間らしい文筆生活を送っている。
 ところがこの3月末、突然医師から今回の診療報酬改定で、医療保険の対象としては 一部の疾患を除いて障害者のリハビリが発症後180日を上限として、実施できなくなっ たと宣言された。私は当然リハビリを受けこることができないことになる。
 私の場合は、もう急性期のように目立った回復は望めないが、これ以上機能低下を起こせは、動けなくなってしまう。昨年、別な病気で3週間ほどリハビリを休んだら、以前は50mは歩けたのに、立ち上がることすら難しくなった。身体機能はリハビリをちょっと怠ると瞬く間に低下することを思い知らされた。これ以上低下すれは、寝たきり老人になるほかはない。その先はお定まりの、衰弱死だ。
 私はり.ハビリを早期に再開したので、今も少しずつ運動機能は回復している。ところが、今回の改訂である。私と同様に180日を過ぎた慢性期、維持期の患者でもリヘビリに精を出している患者は少なくない。それ以上機能が低下しないよう、不自由な体に鞭打って苦しい訓練に汗を流しているのだ。そういう人がリヘビリを拒否されたらすぐに廃人になることは、火を見るより明らかである。今回の改定は、「障害が180日で回復しなかったら死ね」というのも同じことである。実際の現場で、障害者の訓練をしている理学療法士さんも「何人が命を落とすか」と3月25日の本紙・声欄(東京本社)に書いてある。約8割の患者がリハビリをうけられなくなるという。リハビリ外来が崩壊する危機があるのだ。
 私はその病院で言語療法を受けている。こちらはもっと深刻だ。構音障害が運動まひより回復が遅いことは医師なら誰でも知っている。1年たって、やっと少し声が出るようになる。もし180日で打ち切られれば一生話せなくなってしまう。口蓋裂の子供などにはもっと残酷である。この子らを半年で放り出すのは、一生しゃべるなというようなものだ。言語障害者のグルーブ指導などできなくなる。
 身体機能の.維持は、寝たきり老人を防ぎ、医療費を抑制する予防医学にもなっている。医療費の抑制を目的とするなら逆行した措置である。それとも、障害者の権利を削って医療費を稼ぐというなら、障害者のためのスペースを商業用施設に流用した東横インよりも悪質である。
 何よりも、リハビリに対す考え方が間違っている。リハビリは単なる機能回復ではない。社会復帰を含めた、人間の尊厳の同復である。話すことも、直立歩行も基本的人権に属する。それを奪う改定は、人間の尊厳を踏みにじることになる。そのことに気づいて欲しい。
 今回の改定によって、何人の患者が社会から脱落し、尊厳を失い、命を落とすことになるか。そして、一番弱い障害者に「死ね」といわんばかりの制度を作る国が、どうして「福祉国家」と言えるのであろうか?
34年生まれ。医学博士(免疫学)。「声明の意味論」「独酌余滴」」など著書多数

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